ずっと閉じきったままであったのだろう大きな窓を開く。その瞬間、乾いた風が吹き込んできた。長い間部屋にこもっていた空気が解き放たれて、幾分か涼しくなったような気がするけれど、それでもまだ暑いことには変わりない。首筋に浮かんだ汗の粒がつーっと流れ落ちれいくのが分かる。

「悪いッスね。掃除手伝ってもらっちゃって」
「別にいいですよー、どうせ特にやることもなかったので」

今日は休日で、手持ち無沙汰にウロウロと学園内を散歩をしていたら、偶然にもラギー先輩と出くわしたのだ。あまりに暇を持て余していたので、何か手伝えることがないかと聞いたら、これから寮の空き部屋の掃除をするけど一緒に来るかと言われ、今に至るのである。

二つ返事で了承する私に、こんなことで喜ぶなんて変わり者だとラギー先輩には笑われてしまったけど、どんな予定だろうと好きな人と一緒に過ごせるのなら大喜びで、ありもしない尻尾を振り回したくなるのは当然だろう。

「こうやって空き部屋の掃除もやったりするんですね」
「そんな滅多にはやらないッスけど、たまに風くらい通してやんないと」

ここが最後の部屋だったので、ぐーっと身体を伸ばして、そのまま壁に寄り掛かるように座り込む。すると、ラギー先輩も隣に座ったので、ちょっとだけ彼のほうに近づいた。

「こう暑いとアイス食べたいですね」
「あー、いいッスね。あとで食べいくかー」
「やったー! 頑張って手伝ったのでラギー先輩のおごりですか!」
「嫌ッス。それに俺は手伝ってくれなんて言ってないッスから」

確かにそうだった。私はあくまでついてくるかと聞かれただけで、手伝い始めたのは自分の意志だった。
まあ、別に一緒にアイスを食べられるのなら、それくらいの出費は構わないのだけど。なんなら、ラギー先輩の分も買ったっていい。恋のときめきはプライスレス。
そんなことを考えながら、うんうんと頷いていると隣から笑い声が聞こえて顔を上げる。

「ホント、キミは見てて飽きないッスね」
「え?」
「よくもそう、ひとりでコロコロと表情を変えられるなって話」

心底愉快そうなラギー先輩の笑顔に、身体の体温が何度か上がってしまったんじゃないだろうか。窓から流れ込む風は相も変わらずうだるように暑いけれど、私の知っている暑さとはどこか違う。
いつの日か、この世界で過ごした初めての夏を思い出すとき、私はきっとこの瞬間のことを思い出すんだろう。
頭の中がぼうっとしているのは、部屋の暑さではなく、内側から込み上がる熱のせいで、気が付けば頭で考えるよりも先に言葉が零れだしていた。

「鈴でも、付けておきますか?」
「は?」
「私が動くたびにリンって鳴って、それにつられてラギー先輩が私を見つけに来てくれたら嬉しいなって」

自分でも何を言っているんだろうって思うけど、猫みたいに首に鈴を付けて歩いていると、その音につられてラギー先輩が探しに来てくれる、なんて光景を想像すると、なんだか無性に楽しくなってくる。

リンリンと私が歩くたびに鳴る音は、夏の風鈴みたいに澄み渡って、この大きな空と調和する。ああ、どうせならその音はラギー先輩の耳にだけ届けばいい。私とラギー先輩、ふたりだけの秘密の音色。それはきっと、とても素敵だ。

そんな魔法はかけられないのかとラギー先輩に尋ねようとすると、ぐしゃりと前髪のあたりを乱暴に撫でられる。

「いらないッスよ。そんなの付けなくても、その笑い声だけで鈴の音みたいなもんスから」

予想外の言葉に思わず、キョトンと彼の顔を見つめる。すると、ラギー先輩の顔までのぼせたように赤くなって、ふいっと顔をそらされてしまった。ラギー先輩の言葉とその表情を、もう一度頭の中で反芻すると、カーっと私の中から込み上げる熱がよりいっそう温度を上げる。

「ラギー先輩って、なんだかんだ結構私のこと好きですよね」

ああ、困った。こうしてラギー先輩といると、そのうち、私の融解点なんて簡単に突破してしまうに違いない。固体を保てなくなった私は、輪郭からどんどん溶けだしてしまう。そして最後は、私の中に残った小さな鈴が床に落ちてリンと、ひどく澄んだ音色で彼を好きだと奏でるのだろう。



この夏を閉じ込めて


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