空には真ん丸のお月様が大きく昇り、闇は淡く照らされる。ゆらりゆらりとススキが夜風に揺られるのに合わせるように、リリリッ、と鈴虫が歌う声が澄んだ闇夜に響き渡った。

「お月様が綺麗ですねぇ。お団子も美味しいし、付き合ってくださってありがとうございます」
「……まァ、これくらいならいつでも」

お月様から目を離して隣に座るページワン様の顔を覗きこむ。私と目が合ったことに驚いたのか、見開かれた瞳は、すぐにそっと逸らされてしまった。
だけど、その横顔がほんのりと朱に染まっているのがみえてしまって、思わずクスッと笑い超えが零れてしまう。
傍らに置いた月見団子を盛った皿をページワン様の方へと寄せながら、そっぽを向いたその顔をのぞき込む。

「知っていますか? この国の人間は月に多くの想いを託してきたんですよ」
「月に?」
「そう。例えばウサギがお餅をついていたり、天女がいたり、そんな様々な夢を見てきたんです」
「そりゃ随分と愉快な場所だな」

お団子をひとつ掴んだページワン様の指が口に運ばれる。ついそんな仕草を目で追ってしまう。

「美味しいですか?」
「あァ」
「ふふ、よかったです」

控えめに頷かれたページワン様から目を逸らして、再び空を仰ぐ。今宵の空には雲はなく、明るい満月とぼんやりとした月の暈だけが浮かんでいるだけだ。

だけれど本当は、その明かりに隠されているだけで幾億もの星も輝いてはいるのだろう。己を凌駕する大きする光の影で、ただ静かに燃え尽きるのを待ちながら。

「それから、愛の言葉も月に隠しているんですよ」
「……愛?」

思いがけない言葉を聞いたとばかりに此方を見たページワン様に、にこりと笑って返す。

「これ以上は内緒です」
「はァ? なんだよソレ……」
「あっ、狂死郎親分様に聞いたりしたら駄目ですからね!」

ワケが分からないと言いたげな瞳から逃げるように、そっと庭に降り立つ。草履がざりっと砂利を踏んで鈴虫の歌声を掻き消した。そのまま生簀に歩み寄れば、その水面にもまた少し歪な月がゆらりゆらりと浮かんでいる。

「ほら、見てください、ページワン様。この月もこんなに綺麗ですよ」

両手を広げてページワン様を呼んでみれば、呆れながらも立ち上がってくれる。それが嬉しくて、愛しくて、もう一度、月が綺麗、と呟いてみせる。ページワン様はそこに込めた意味など知る由もない。

明るすぎる月影に隠れる星のように、掻き消される愛の言葉。
伝わることない符牒を隠したまま、何度も何度も繰り返したなら、それはいつか解けることのない呪いになって、その身を守ってくれるだろうか。



月は夜を饒舌にする


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