「私、ピアスをあけようと思うんです」
「へえ」

座敷に座ってペラペラと本を捲りながら呟けば、こちらを一瞥することもないまま素っ気ない相槌が返ってくるだけだった。

「ページワン様に言ってるんですよ?」
「だから返事しただろ」
「彼女がピアスを開けるって言ってるのに反応が薄いと思いませんか!」
「じゃあ、なんて言って欲しいんだよ……」

もともと読む気は大してなかった本はその辺に投げ捨て、ページワン様の前に移動する。やっと手に持っていた手配書の束から顔を上げたページワン様は、ぐっと膝の上で拳を握りしめて正座をする私を見てあからさまに顔をしかめた。

「……止めて欲しかったです!」
「はァ? あけたいんだろ?」
「正直ピアスとかどうでもよくて、ページワン様に構ってもらいたかっただけっていうか」
「どうでもいいのかよ……」

膝を崩してそのまま畳の上に倒れ込む。鼻腔をくすぐるい草の香り。そのまま編み目を指でなぞっていると、長い溜め息が降ってきた。

「今、私のこと面倒くさいって思ったでしょう」
「思ってねェよ、面倒くせェな……あ」
「あー、もう拗ねました!ふーん!」

ページワン様から顔を背けて、頬を畳に押し付ける。私の頬にくっきりと畳の跡がついて誰かに笑われたらページワン様のせいだ。

「なんなんだよ……ほんと」
「ただ可愛いって言われたいんです」
「それはピアス開けてから言われに来いよ……」

その言葉にガバッと顔を上げる。

「あけたら言ってくれるんですか?」
「……多分な」
「それは言わないやつですよ!」

失敗したとでも言いたげな顔をしたページワン様の肩を掴んでグイグイと揺らしてやる。やめろよ、と眉間に皺を寄せたページワン様の手が私の頭を掴んだ。

「だいたい、それくらい言ったことあるだろ」
「言ったことがあると、言われたいは同義じゃないんです!そんないつのことかも忘れたような記憶だけで女の子は満足出来ないんです!」
「……だからって何もねェのに言えるかよ」
「狂死郎親分様は言ってくれます!」
「一緒にすんなよ……」

ふんっと胸を張って狂死郎親分様の名前を出してみるも特に効果はなく、むしろいい加減にしてくれとでもいうような呆れの色が濃くなる。そりゃ、私だって狂死郎親分様の言ってくれる「可愛い」が幼子に向けてのそれと同じ意味合いなものということくらい分かっているし、別に嫉妬をして欲しかったわけでもない。
ただ、もう少し、好きな人の目に映っていたかっただけなのに。

「もう、いいです」
「おい」

勝手に騒いで、勝手に拗ねて。我ながら面倒くさいとは思うものの急激に悲しくなっていく心は止められない。
私たちは仮にも恋人のはずで、だけど立場上どうしたって上司と部下という関係で過ごす時間の方が多くなる。

二人で並んで歩くよりも、ただその背中を追いかける時間の方が長くて、やっと聞けたと思った声は私ではない誰かに向けられることの方が多い。
今こうして向かい合っているのが一体いつぶりかなんて、ページワン様は考えたこともないに違いない。

そのまま立ち上がって部屋を出ようとすると、ふいに腕を掴まれた。無視するわけにもいかず振り返れば、思いがけないページワン様の表情に身体が固まる。どうせ、ここで私が出ていったら余計に面倒くさいことになるから仕方なく引き止めたのだとばかり思ったのに、なんで、そんな焦ったようか真剣な顔をしているのだろう。

「……似合ってた」
「え?」
「昨日、いつもと髪型違っただろ。髪飾りも前に都で買ったって見せに来たやつで……その、可愛かった」

みるみる頬を赤く染めて、気まずそうに視線を逸らされる。確かに昨日は少し髪型を変えていた。だけどページワン様と会ってはいなかったはずだ。すれ違った記憶さえない。
そんな私の心を見透かしたかのように、ちらり、とその瞳に私が映った。

「お前が思ってるより、ちゃんと見てんだよ」

その声を聞いた瞬間、身体が自然と動いてその胸へと飛び込んでいた。遠慮なく、全力で。うわっ、と声を上げて身体を仰け反らせながらも、きちんと受け止めて貰えたことに自然と頬がゆるむ。

「もう一回お願いします!」
「……うるせェ。何を言われようともう言わねェぞ」

そんなことを言いながらも抱きつく私の髪を撫でる手つきは優しい。身体いっぱいにページワン様の体温を感じて、包まれるその香りに心はただ満たされていく。



ぬくもりが届けばいい


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