「オイ、その目どうした?」

廊下でばったり会ったページワン様が、私の顔を見るなり驚いた顔をして足を止めた。

「あ、これですか? 最近ちょっと……」
「眠れてねェなら、医療班にでも診てもらえよ」
「寝れてはいるんですけど、ちょっと夢見が悪くて」

目の下にくっきりと刻まれた黒ずんだクマを撫でながら、恥じらうように笑えば、ページワン様はいっそう心配そうに眉根を寄せる。

「疲れてんなら、仕事減らすぞ」
「いや、全然そんなことはないんですよ! 実際、こんなに元気ですし!」

ぶんぶんと腕を振り回して元気さをアピールしても、ページワン様は怪訝そうに瞳を細めた。たぶん、無理をしていると疑われているのだろう。以前、本当に体調の悪い日に同じことを言って倒れたことがあったから。

「今回は本当なんですよ。そうだな、心配なら少しだけ話を聞いて貰えますか?」

別に聞かれたって問題はない話だけど、なんとなく周りに人がいないのを確認してからひとつずつ夢の話をしていく。

──最初は森で見つけた古い隧道だった。
遠い昔に何かの採掘で使われていた跡地だろうと思いながら足を踏み入れると、灯りのないそこは深い深い闇が立ち込めていた。何か明かりを持っていたかなと持ち物を探っていた時、ふと暗闇の中に光るものを見つけて近づいてみると、それは灰紫の宝石だった。こんな入口にまだ残っているものだな、と不思議に思いながら振り返ると入口はもうなくなっていて、そこには長い長い暗闇があるだけだった。そこで目が覚めた。

──次の日は立派な屋敷の前だった。
銅製の門を押し開けて中に入ると、埃をかぶったシャンデリアが鈍い明かりを灯した。今度は明るくてよかったなと思いながら広間を進み、階段を上ろうとした時、燭台の置かれたチェストの横に古い人形があることに気がついた。惹き付けられるように手を伸ばして、その人形を持ち上げると、深紅の宝石で作られた瞳と目が合った。そこで目が覚めた。

──その次の日は壊れかけた小屋の中だった。
屋根を強く打ち付ける雨の音が響いて鼓膜を揺らした。窓から差し込む光が、薄暗く小屋の中を照らしている。物置として使われていたのであろうか、据え付けられた棚には煩雑と様々なものが置かれていて、その中から漆塗りの小箱が目に留まった。その蓋には、見たこともない生き物の蒔絵が施されている。変な動物だなと思いながら蓋を開けると、そこには色とりどりの宝石が詰め込まれていた。その中から薄藍の宝石を手に取って、気がつくと口に含んでいた。味もしないそれを飲み込むと、胃を通り越して、どこか私の奥深くに吸い込まれて行った気がした。そこで目が覚めた。


「そんな感じの夢なんです」
「……夢の話なのに、よくそんなに覚えてんな」
「ああ、確かに。なんでだろう?」

いつもなら目が覚めると同時に曖昧に散ってしまう夢の記憶が、まざまざと鮮明に思い描けた。まるで本当に私の身に起きた出来事みたいに。
未だに鮮やかさを保つ夢の断片。不思議に思って首を傾げた私に、ページワン様は本当におかしかったらすぐに医療班のところに行けと念を押した。







▼▼▼








あれからしばらくが経った。相変わらず夢見は悪いものの体調に問題はない。
今日は普段は訪れないような国の端へと足を運んでいて、ふと足を止めた時に鬱蒼とした木々に囲まれた森があることに気がついた。未だにこんなに茂る森があるんだなと足を踏み入れてみれば、流れる川には随分と色の濃い魚が泳いでいた。

「──ちょっと」

突然かけられた声に驚いて振り返れば、まるで木々の一部と間違えそうなほど痩せ細り血色の悪い老婆が立っていて息を飲む。気配など微塵も感じなかった。腰に吊り下げた武器に手をあてながら警戒するも、老婆はじっと私の顔を見るばかりで何もする様子はない。

「あの……?」
「可哀想に、夢喰い様に見つかってしまったね」
「……夢喰い?」

ひどく嗄れた声は聞き取りにくく、ざらついて、なんとなく不安な気持ちにさせられる。老婆の口にした聞きなれない言葉を繰り返せば、老婆は深く頷いた。

「何かを強く願っただろう?」
「……願いなんて、そんなのいくらだって」
「あまりに強い願いは呪いだよ。どこまでも転がり、大きくなって、夢喰い様に食べられてしまう」

老婆は私の前に進み出て、枯れ木のような手を伸ばした。

「いいかい、決して最後まで夢を見続けてはいけないよ。夢の最後にはお前を夢喰い様が待っている」





▼▼▼








その日の晩、また夢を見た。
こうも毎晩続けば、これが夢であることになんの疑問も感じなくなっていた。今日は前にも見た事のある気がする洋館で、中に入るとそこには小川が流れていた。屋敷の中に川があるなんて、今回はいっそう変な夢だ。

ふと見ると、川岸には一艘の小船が停められている。導かれるようにそれに乗り込むと、船は自然と川を下って進み出した。屋敷だった場所はしだいに薄暗い隧道へと入っていく。これも前に見たことのある場所だ。

船はずいずいと奥へ奥へと進んでいく。櫂のないこの船を自分の意思で止める術はなく、ただ流れに身を任せてゆくしかない。
そのとき、進んできたそちら側から私の名前を呼ぶ声を響いた。決して間違えることのない愛しい声。それが何度も何度も必死に私を呼んでいる。

「……ああ、そうだ。私はこれが欲しかった」

前に倒れた時、暗闇に沈む意識の中で私を呼ぶページワン様の声を聞いた。それがまるで私を好きだと言っているような響きを持っていて、目が覚めてから、起きなければよかったと思ってしまった。
ページワン様の声が響く。名前の他にも何か言っているようだけど、それは靄がかかったように上手く聞き取れない。

──コトリ

小さな音がして船底を見ると、薄藍の宝石が転がっていた。一体どこから、と思っていると、またひとつ底に転がる。ひとつ、またひとつ。顔を上げると、それが頬を伝って、私の瞳から零れ落ちていることに気がついた。
ああ、そうか、これはあの時の夢で飲み込んだ宝石だ。身体の奥底に吸い込まれ、少しずつ内側から私を侵食していたのか。

ページワン様が私を呼ぶ声が響く。川の流れは止まることなく、櫂もないまま漕いで戻ることも出来ない。この川の行き着く先で、鉱物と化した私を夢喰い様が待っているのだろう。










幸福な夢の代償


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