人類が滅ぶ前にしておきたい事は何?と言われたら。
私は何がしたいだろうか。
そんな現実味のない事を考えてしまったのは、久しぶりに旅から帰ってきた彼が、唐突に現実味のない話をしてきたせいなのかも知れない。
「・・・久しぶりに顔を見れたかと思ったら、話の規模が大きすぎて理解が追いつかないんだけど」
「まっ、そうだろうな。・・・でも、嘘は言ってないぜ」
「・・・人類が消滅するかも知れない、ねぇ」
久しぶりに訪れた人物の話を聞きながら、私は用意した温かいお茶をそっと彼の前に置く。
目の前の黒衣の男──ユーリが言うには、この世界を守るために人類を消そうとしている存在がいるらしい。
その決戦に備えて、各々のやり残しが無いように、仲間と一時的に別れて過ごしているんだとか。まぁ、最悪の事態を迎えてしまう可能性を考えたら、後悔しないようにやりたいことを済ませておくのは当然のことだろう。
彼の場合、「負けるはずない」とか思いながら適当にふらついてそうなのにな、なんて考えてしまったけど、ちゃんと下町に顔を出してくれるのだから、彼なりになにか思うことがあるのかも知れない。
「私には規模が大きすぎてピンと来ないなぁ・・・あんな不気味な光景が広がってるのにね」
「大抵のやつはあれを見るだけで震え上がってるのに、そういう意味ではお前は大したもんだよ」
見上げれば嫌でも視界に飛び込んでくる
笑いながら言う私をみて、今度はユーリが苦笑する。
星喰みが現れた時は何事かと驚いたし、今だって全く怖くないわけではない。いつ何が起こるかわからないこんな状況で、怖がらない方が異常なのだ。ユーリが言いたいのもそういうことだろう。
だけど、彼が居てくれているおかげなのか、今の私は驚くほど落ち着いているし、恐怖心もだいぶ薄れている。彼が戻ってくるまでは、情けないくらい不安に潰されそうになっていたというのに。
大切な人が傍にいる心強さなのか、それとも、規模の大きすぎる話に感覚が麻痺してしまっただけなのか。
「それで、ユーリは何をして過ごすの?」
「んー、とりあえず下町のやつらの顔見とくかって考えたぐらいで、特に予定は無いな」
「・・・なら、明日は私に一日付き合ってもらっても良い?」
彼もなにか予定があるのだろうか、と思って確認をしてみたものの、特になにもないという返事が来たのでそのまま誘ってみる。何故、と言いたそうな表情をしていたが、理由を問い詰めたりせずに「良いよ」と言ってくれる優しさは、昔から変わらない。
留守の期間が長かったので、彼が次に帰ってきた時はわがままに付き合ってもらおうと考えていたところだった。大量の荷物を持ってもらったりとか、作ってもらいたい料理をコレでもかと作らせたりとか。そんな先に考えていたワガママの内容は、先ほど聞かされた話ですっかり書き換わってしまったけれど。
「やれやれ・・・、こいつは怒られっぱなしな用事になりそうだな」
「んー?怒られたいのならそれでも良いけど・・・もしもの時に怒られた記憶で終わっちゃうの、流石に嫌でしょ?」
「・・・」
「ユーリ達が止めてくれるって信じてる。・・・けど、保険を掛けておくくらい、しても良いかなって」
──もしも明日人類が滅ぶかも知れない、と言われたら。
世界が終わる前にしておきたいことはあるか?と言われたら、私は。
特別なことはなにもない一日を、見慣れた街で、大切な人の隣で過ごしたい。
ただそれだけで私は安心できるし、幸せで満たされる。
たとえ貧しい生活だとしても、日々追われるような生活をしていたとしても。
多くは望まなくとも、幸せはいつだって身近にあるものだと、私は知っている。
彼の向かいに腰掛けて、先ほどより少し温度の下がったお茶を一口飲んでから、私は言葉を続ける。
「久しぶりに、二人きりでのんびり過ごしたいだけだよ。カンタンでしょ?」
「・・・・・・、ん。りょーかい」
そっと伝えた私の要求に拍子抜けしたのか、ユーリは一瞬だけ目を丸くして、だけどすぐに目を細めて、優しい笑みを浮かべながら了承してくれた。
きっとそんなことでいいのか?って思っただろうけど、黙って受け入れてくれるから彼は本当に優しい。
自分では絶対に言わないし、認めようともしないけれど、彼は誰よりも厳しくて、誰よりも優しいんだ。少なくとも、私に対しては。
時間を期にせずゆっくり寝て、起きたら手軽にご飯を済ませて、ラピードとお散歩して、彼の好きなお菓子でも作って──。
私は明日の予定を頭の中で考えながら、用意したクッキーを一つ口の中に放り込んだ。
* * *
最終決戦の前。仲間達と別れて、下町の奴らの様子を見に戻った。
下町の奴らは心配するほどヤワじゃないのは分かってるから、正直そこまで心配はしていなかった。・・・ただ一人を除いて。
下町に来てみれば、空があんな状態になっていることを除けば、多少の不安の色が見える以外は何も変わっていない。その不安だって、お前がなんとかしてくれるんだろ?という気持ちがあるのか、そこまで色濃く出ることはなかった。みんなして俺を何だと思ってるんだか。(まぁ、もちろん何とかするわけに動いているわけだが)
慣れた下町を進んでいき、少し奥に入ったところにある彼女の家へと向かう。途中まではラピードもついてきたものの、下町のガキどもに呼ばれて連れて行かれてしまった。もしかしたらあいつは、あいつなりに思うことがあってそっちに行ったのかも知れないけど。
人通りから少し離れた場所にある彼女の家に着き、軽くノックをする。少し待っていると、ガチャリ、と扉が開くと同時に中から●●が顔を覗かせてきた。
「よっ」
「! ユーリ!帰ってきてたの?」
「ついさっき、な。なかなか戻ってこれなくて、悪かった」
驚いた声を上げながら出てくる●●に、着いたばかりだと説明した上で留守が長くなってしまったことを詫びる。俺の言葉に少しだけ困ったように笑いながら、責めることもなく家の中に招き入れてくれた。
初めて帝都から出ていった時も、その後に立ち寄った時も、いつもすぐ戻ると伝えていたのに、結局長引いてばかりで。いずれもちゃんと理由あってのものだが、不安そうに瞳を揺らす●●の姿が脳裏に焼き付いているせいで、どうしても罪悪感が拭いきれずにいる。
いっそ「遅かったじゃない!」と怒ってくれればまだいいのに、彼女は、●●は、いつだって責めるようなことはしなかった。時々いじけるような物言いをしてみせることはあるが、本気で言ってくることは一度もない。
決して怒られたいわけではない。だけど、何も言おうとしない●●になんとも言えない不安というか、焦りというか、そういったものが混ざりあったような、上手く言葉にできない感情が湧き上がってくる。
懐かしく感じる彼女の家の中に入り、テーブルの椅子に腰掛ければ●●は飲み物を用意しにキッチンへ向かっていった。
彼女らしい小物や置いてあったり、小綺麗にしているこの家は、いわゆる女の子っぽいお家というやつだろう。
下町から出なかったことはその感覚が正直わからなかったが、世界を旅して、色々なものを見てきた今なら多少わかる気がする。
用意をし進めながら旅のことを聞いてくる●●に、要所をかいつまんで旅の話を聞かせる。どの話も彼女からしてみれば現実味のない話だろうに、物語でも聞いているかのように興味津々な様子で話を聞いては相槌を打つ●●。
案の定、今まさにぶつかっている大きな問題の話を聞かせても、特別大きなリアクションもなく、困ったように眉尻を下げて笑うだけだった。
そんな話を聞かせる中で、もしも明日世界が終わるとしたら何かしておきたいことはあるのか?という質問を投げた。
その時、質問を聞いた●●が一瞬だけ瞳を見開いて、お茶を入れていた手をピタリと止めたのを俺は見逃さなかった。・・けど、何もなかったと言わんばかりにまたすぐに動き出して、用意を終えた●●がテーブルに戻ってくると、手際よく飲み物とクッキーをテーブルに並べる。
「話が大きすぎてピンとこないよ」と笑いながら言っているけど、その表情は何か思考を巡らせているようにも見えて。まぁ大抵の人間はそうなるよな、と思いながら温かいお茶に手を付ける。一口流し込んだお茶が、じんわりと身体を温めていく感覚がどこか心地よい。
少しすると、明日は何か予定はあるのか?と聞かれたので、特に無いと答えると自分に付き合って欲しい、と言う●●。何か無理難題でも押し付けられるのだろうか、なんて無い新ため息をついていると、彼女の口からは思いがけない言葉が出てきた。
「久しぶりに、二人きりでのんびり過ごしたいだけだよ。カンタンでしょ?」
ギュッ、っと胸が締め付けられるような感覚。
カンタンでしょ、といってくる彼女の表情は、あまりにも寂しそうで、儚くて、だけどどこか強がっているようで。
・・・あぁ、そうだ。そうだった。
コイツは甘えられないんだ。甘え方を知らなすぎて。旅をしていく中で俺は頼ることを覚えたけど、コイツはずっと、誰にも頼らず、甘えず、独りで。
途方も無い話を聞いて実感なんてわくわけがないのに、精一杯の想像をして、死んでしまうかも知れない未来に絶望して、彼女にとってカンタンではないであろう言葉を言わせてしまった。
色々起こりすぎた旅に感覚が麻痺していたとはいえ、●●の表情に罪悪感を覚えた。違う、そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。何やってんだ俺は。
「・・・・・・、ん。りょーかい」
●●を少しでも安心させたくて、何とか笑みを浮かべて返事をする。上手く笑えていたかはわからないが、安心したように笑っている様子を見るに、どうやらちゃんと出来てたようだ。
まだ名前を付けずにいるこの曖昧な関係に、甘えきってる自覚はある。
本当は進みたいと心のどこかでは思っていて、だけど、汚れてしまったこの手で●●に触れることに躊躇いがあるのも事実で。
そうやって向き合ってきてくれた●●に対して、理由を探して逃げ続けた自分に後ろめたさを感じている。
本当は相手が、自分が、どう思っているかなんて───ずっと前から分かりきっているのに。
どうしようもなく締まらず、カッコ悪い自分に嫌気が差してしまう。
やることを済ませたら、ちゃんと向き合おう。
世界のことだけでなく、自分のことにもケジメをつけなくては。
そのための前準備を、明日しよう。
ひとまず世界のことは置いておき、ささやかな楽しみに思いを馳せながら目の前でクッキーを頬張る●●を見る。
どこか楽しそうな彼女の表情をみて釣られるように笑みを作った俺は、多分、さっきよりも自然に笑えている気がした。