【 希薄な夢 】
「よう。今日の調子はどうだ?」

「あっ、ユーリ」



自宅のベッドに横たわり、代わり映えの無い天井をぼんやりと見上げていたある日のこと。
ガチャリ、と扉が開くのと同時に、聞き慣れた声が室内に響いた。声のする方にゆっくりと顔を向ければ大好きなユーリが視界に飛び込んできて、私は思わず笑みを浮かべる。
そんな私を見たユーリはほれ、と言って何かをこちらに優しく放り投げる。慌てて投げられた物体をキャッチして見ると、それは小ぶりな林檎だった。艶々としていて美味しそう。


「どうしたの、これ?」

「●●の所に行くって話をしたら、店のおっちゃんが持ってけって。お前、林檎好きだろ」

「そうなんだ。今度お礼しなきゃだね」


皮剥こうか?と聞かれたけど、首を振った私は綺麗な布を押し入れから取り出して軽く拭き、そのまま林檎に齧り付く。シャリっとした心地よい食感と、じゅわっとあふれる甘い果汁が病んだ身体に染み渡っていく。
ここ数日は不調で思うように食事も取れていなかったせいもあってか、慣れたはずのこの味がやけに美味しい。果物はそのまま食べられるから楽で好き。ユーリにはもっとちゃんと食え、っていつも怒られるけど。



病気を患ってしまったせいで、一日の殆どを家で過ごすようになった私を気にかけて、幼馴染であるユーリはこうして家に来てくれる。以前はフレンも一緒に来ることが多かったけれど、騎士団に入ってからは忙しいみたいでなかなか顔を見れなくなった。
その代わりユーリがこまめに来るようになり、時々ラピードも顔を出してくれるので寂しさを感じることは少ない。




「・・・●●の治療、うまく進んでるのか?」

ベッドに腰掛けたユーリから投げられた質問に、思わず食べる手を止めてしまった。
聞かれたら上手く答えようと思っていたはずなのに、こんな時に演技の一つもまともに出来ない自分に心のなかで嘲笑する。これじゃあ心配掛けるだけだと、分かりきっているはずなのに。
どうして私は、こんなに嘘を吐くのが下手なのだろうか。


「・・・あんまり、薬の効きが、良くないみたいで。でもねっ、食べられる量は少しずつ増えてるの。だから体力も、少しずつ付けていこうって」

「食事は身体の資本、って言うしな。そのヒョロヒョロを何とかしたいなら、ちゃんと食わないと話になんねーぞ」

「んもうっ! ヒョロヒョロって言うなー!」



決して上手く進んでいるとは言えないけれど、それでも僅かな可能性に掛けたくて、言葉にすればきっと進むと信じて。私は独りそんな思いを込めながら彼に言った。
よっぽど必死に見えてしまったのか、少しだけ苦笑を浮かべながらポンポンと私の頭を撫でる。
撫でられる温かい手の感触に嬉しくなるのも束の間で、直後に続いた言葉にむっとした私はユーリの背中をペシッ、と軽く叩いた。それが彼なりの励ましの言葉だと分かっているから、本気で叩くことはないし、怒りながらも笑みが浮かんでしまうのだけど。


ユーリは私を喜ばせるのが上手だ。私がどんなことを求めているのかをよく分かっている。
望めばいつも傍にいてくれて、彼が出来ることなら何でも与えてくれた。こんなに私を甘やかしても仕方ないのに、と伝えたこともあったけど、「俺がやりたいようにやってるだけだから」と優しい笑顔で言われたのを今でもよく覚えている。
そんな優しい彼だから、私はどうしようもなく、本当にどうしようもなく、こんなにも彼に惹かれてしまうのだ。



「私には夢があるんだから、叶えるためにも、これからどんどん体力つけてやるんですー」

「夢?どんな?」

「それはユーリにも言えないよ。私が元気になるまでの秘密っ」

「はぁ?良いだろ、話すくらい」


夢を明かさない私にユーリは口を尖らせてしまう。
そんな彼に思わず笑ってしまいそうになったが、これだけはどうしてもその時になったら言うと自分の中で決めているので、楽しみにしてて、とだけ伝えて私は持っていた林檎を再び齧った。




私の夢。
それは、元気になってユーリと世界中を旅すること。


私も、ユーリも、帝都の外を知らない。
帝都の外はきっと、途方も無いくらい広くて、私達の知らないことがたくさんあるはず。その知らないことを一つ一つ、大好きなユーリと探せたらきっと楽しいと思う。
楽しいことばかりではないだろうけど、それも、きっと一緒に乗り越えられるって思えるから。不自由なく動き回れるようになったら、私の夢を話そう。そして一緒に広い世界を見に行こうって誘うんだ。


──それが、今の私の生きる希望。
厳しい状況ではある。けど、こんなところで弱っている場合じゃない。



突然胃の辺りからこみ上げる不快感に気付き、彼の前で吐き出させまいと無理やり林檎を齧って、喉元に上がってこようとする不快感をもう一度、ごくんと押し込む。
際限なくわいてくるこの不安も、飲み込み続けていれば養分に変わってくれるだろうか。




「・・っん。きっと楽しいことになると思うから、ユーリも楽しみにしてて欲しいな」

「・・・? それ、俺も関係あるってことか?」

「ふふっ。気になるみたいだから、私の夢にユーリも巻き込んであげる」

「あー・・・、面倒事だけは勘弁してくれな。マジで」



まるで厄介払いをするかのように手を払う素振りを見せつつ苦笑を浮かべるユーリ。
だけど、細められた優しい目が「早く元気になって聞かせろよ」と言ってくれているような気がして、私は嬉しさに内心胸を弾ませた。



(それは、私が言って欲しい願望なだけかも知れないけど。)