【 一番星の消えた日 】
何もかも容赦なく濡らしていくような雨が降り続く。
それはまるで、今の状況に対して諦めろと言ってきているようで、無性に腹が立つ。




大きな依頼を受けた私達は、雨で視界の悪い中、目的の魔物達を討伐する為に激しい戦闘を続けていた。
深い深い森の奥、私達の周りには獣型の魔物達。

戦闘が開始されてから、いったいどれくらいの時間が経っただろうか?



雨で身体は濡れきって、服も髪もべったりと身体に張り付いていて気持ち悪い。
雨でぬかるんだ土地は動きにくく、身体の冷えも相まって必要以上にこちらの体力を削っていく。

始めはこちらが押していたはずが、際限なく湧き続ける相手に消耗していった私達は、気がつけば追い詰められる側になっていった。
目の前の敵を倒すために振りかざしていた拳も、脚も、疲労のせいか感覚がなくなってきている気がする。



(流石に・・・まずい・・・)



討伐目的である目の前の大きな獣は、大きさからは考えられないほどすばしっこく動き回り、巨体を振り回しながらあらゆるものを吹き飛ばし、薙ぎ倒しながら襲いかかってくる。
上げる咆哮を聞きつけた仲間がどこからともなく湧いてくる度に、私達は度々戦力を分散させられている。
更に後衛が頻繁に術の発動を妨害され、サポートをまともに受けられないことが、余計に私達の戦況を苦しくさせた。


ずっと同じメンバーで戦い続けている私達と。
次々と新規戦力が湧いてくる相手。

どちらが有利か、なんて、素人でも分かりきっている事だ。


近くにいるユーリに少しだけ視線を向けると、苦しそうな表情で、肩で息をしながらもその瞳には諦めの色はなかった。
ここで諦めたら全員あの世行き、と彼も分かっているのだろう。もちろん、私も。



「っち・・・。どこかで一度立て直さねぇと・・・」

「! ユーリ、危ないっっ!!」



周りの気配を探っていると、ユーリの後ろへ迫る魔物を見つけた。
しかし疲労のせいか、はたまた雨のせいで視界が悪いからか、それとも目の前の大物に神経を向けているせいか。
魔物の気配に気付いていないらしいユーリを見て、私の身体は叫ぶと同時に走り出していた。


「っ! ぐあっ・・・っ!?」


私の声を聞いてハッとした表情でこちらを見るユーリ。
だけど彼が剣を構えるには間に合わない距離に敵が来ているのを見た私は、脚に力を入れて地面を蹴り、その勢いをつけた体当たりで彼を吹き飛ばした。
視界の端でユーリの身体が飛んでいくことを確認した後、そのまま私の右腕に魔物の牙が容赦なく食い込む。ズブリと肉に食い込む鋭い痛みと、視界に飛び込んでくる鮮血と、これでもかと言うほど魔物から放たれている殺気。


(このままでは皆死ぬ。何とか皆からコイツらを引き離さなきゃ・・・)


泣き叫びたいほどの痛みが走っているはずなのに。
泣き喚きたいほどの恐怖がすぐ目の前に迫っているはずなのに。
私の思考も感情も驚くほど落ち着いていて、腕に牙を立てる魔物を見ながら、冷静にそんなことを考える。



魔物の勢いを受け止めながら何とか着地した直後、隙のある魔物の部位に蹴りを思い切り叩き込む。
ギャン、と悲鳴に似た鳴き声と共に吹き飛んで行くのを視線で追いかけながら、手元に残っていたグミを乱暴に口へ放り込んだ。こんな状況じゃ、もはやそれが甘いのかどうかも分からないけど、ついさきほど負ってしまった傷の痛みは、ほんの少しだけ和らいだ気がした。



「●●・・・!いま、傷を・・・っ!」


魔物の動きを警戒しつつ、離れたところからエステルがこちらに向かって叫ぶ。
だけど彼女も傷を負っているし、この距離では彼女の術が私に届かない。近寄ろうにも、嫌がらせのように分散しながら私達を囲っている魔物達に、内心舌打ちをしてしまった。こんなの、実際に音にしたら女らしくない、ってユーリに叱られてしまいそうだ、なんて。


そんなことより考えろ、私。どうやってこの状況を切り抜けるか。
これ以上時間を掛けるのはどう考えても無理だ。どこかで突破口を開いて、何とか立て直さないと。


派手に負傷した私を心配しながらも疲労の色が色濃く出ているエステル、そんなエステルを庇うように応戦しているジュディスとカロル。

そこから少しだけ離れている所には、体力の限界を迎えているリタを守るように、レイヴンとパティが魔物に武器を向けながら身動きを取れずにいた。


ラピードはユーリのすぐ後ろで魔物に向かって唸っているが、足元が少し震えているように見える。敵を撹乱するために動き回ってくれていたのもあって、体力を消耗してしまっているのだろう。かなり乱暴ではあったけど、ユーリを吹き飛ばしたことでラピードの孤立を回避出来たのは結果的に良かったかも知れない。



(・・・一番身軽な私に注意を向けて、時間を稼げば何とかなるかも知れない)



周りの状況を見て自分の中で導き出した答え。決して自己犠牲をしたいわけではない。自分の中で総合的に判断して、一番可能性が高そうな答えがこれだった。
少しでも生存率を上げるなら、少し酷かも知れないけど、エステルにお願いしてバリアを展開してもらうのが良さそうだ。1回くらいなら辛うじてお願い出来るかな。



「・・・ユーリ。ちょっと、作戦考えてみたんだけど」

「あん?・・・この状況で言うってことは、天才的な良い作戦なんだろうな?」

「やって見る価値はあるかな、って。・・・どう、かな?」

「・・・少し、でも可能性が、あるなら乗ってやるよ」



なるべく魔物を刺激しないくらいの声量に抑えながら、視線を魔物に向けたまま一番近いユーリに言葉を投げた。
勘の良いユーリのことなので、本当なら飲みたくない作戦であることに気付いているだろう。だけど、作戦を選べる状況でない事がわからないようなバカじゃない。だからきっと、彼は乗ってくれると私は踏んでいた。
声色的にやはり快くは思っていなさそうだけど、狙い通り乗ってくれる事に心の中で私は感謝する。


「今からエステルにバリアを張ってもらうように言うから、ユーリはラピードと一緒にエステル達と合流して欲しい。前衛の数が増えればその分エステルは術に集中できるし、連携も取りやすくなるから今より蹴散らしやすくなるはず」

「なるほど。・・・んで、お前は?」


「私は、魔物の注意を一手に引き受けてここから離れる。逃げて時間を稼ぐだけなら、この中だと私が一番身軽で適任だから」


私の返事に対して、ピリッとした空気が走る。

分かってるんだ、ユーリが嫌いそうな作戦であることくらい。ユーリは自分のことは犠牲にするくせに、周りが同じことをしようとするのを許そうとしない。周りが傷つくことを誰よりも嫌がって、誰よりも痛がる。それはきっと、彼が優しい人間だから。ユーリは否定するけれど。
でもねユーリ、本当に優しくない人は、他人のことに痛みを感じないんだよ。



「・・・・・・、ヘマして死んだりしたら、承知しねぇぞ」

「もちろん、最善は尽くすよ。・・・だからみんなの方、お願いね」



一瞬だけユーリの方を見て、視線を交える。
認めたくない、と言いたそうな表情に思わず苦笑いしてしまったけど、すぐに切り替えてエステル!と声を上げる。そのままバリアを張るように私が指示を出すのと同時に、ユーリとラピードはエステル達と合流するために駆け出した。
その流れを見ていたジュディス達も察したのか、動きを合わせるように一気に動き始める。
それらの動きを確認した私は、左の拳に気を集中させ、溜まったところで力強く地面に拳を叩きつけた。



「あなた達、っの相手は・・・私がするっ!!」


叩きつけた拳を起点に大地にヒビが走り、魔物の足元に到達するのと同時に魔物の身体を貫くように大地が突き出す。容赦なく突き抜かれる魔物はそのまま動かなくなり、避けた魔物は敵意を私に向けてきた。

突き刺すような敵意に震えそうになるのを抑えながら、私はみんなに背を向けて走り出す。私が走り出すと、後ろから鳴き声と多数の足音が迫ってくる音が聞こえる。どうやら狙っていた通りの動きをしてくれているようだ。


あとは皆が立て直すまでの根性勝負。
皆が無事でいてくれることを祈りながら、私は右腕を庇いつつ森を走り続けた。


* * *


旅の中で受けることになった依頼。

今までもトラブルでやばい、と思うことは何度もあったものの、今回ほどやばいと思ったことはないかも知れない。



倒しても倒しても湧いてくる魔物。消耗して押される俺達。
疲労があったとはいえ、油断した挙げ句●●が俺を庇って腕を───。あれは正直、血の気が引いた。


さてどうするか、と思考を巡らせている中での●●からの提案も、正直嫌な予感がした。
話を聞いたら案の定、それはすぐにでも却下したい内容で。だけどそれが許されるような状況でもなく。
あいつの強みを活かすという意味でも提案に乗るしかなかったものの、すんなりと飲み込めるものではなかった。


●●の作戦を実行し、●●は魔物の注意を見事に引きつけて森の奥に消えていった。
残党を何とか残ったメンバーで片付けて、ようやく落ち着ける状況を作れたので手持ちのアイテムで応急措置をする。傷はエステルのおかげでほぼ消えたし、あとはあいつを助けるために追いかけるだけだ。


何だか胸騒ぎがする。
急いで駆けつけてやりたい。けど、目の前の仲間を放っておくわけにもいかない。
ここで冷静さを欠いてはダメだと何度も自分に言い聞かせながら、仲間の状態を確認していく。




「サンキューな、エステル。・・・みんな、いけるか?」

「ここは踏ん張らなきゃいけないわね〜。●●ちゃんが身体張って頑張ってくれてるんだから」

「そうなのじゃ!これ以上●●だけに無理をさせるわけには、いかないのじゃ!」


”●●を早く追いかける”、という意見で満場一致。

レイヴンもパティも、●●の様子を気にして一刻も早く行くべきだ、と遠回しに急かしてくる。二人の話を聞いた他のメンバーも同意するように頷いて見せた。
こんな時にフレンが居たらまた違ってたんだろうなと頭の片隅で一瞬考えたが、すぐに頭からその思考を追い出す。たらればの話なんて現実的じゃないからする必要ないのに、考えてしまうのは●●のことだからだろうか。


「・・・おし、行くぞ!」

「ワンッ!」


もう一度仲間達の状態を確認して、出発の声掛けをする。ラピードの一声を合図に、皆で一斉に森の奥に向かって走り出した。




 * * * * *



森の奥に進んでしばらく。

雨のせいでラピードの鼻が効かないので、荒れた足跡を頼りに進んでいく。
小さな人の足跡と、それを塗りつぶすかのような獣の足跡。間違いなく●●と、●●を追いかけていった魔物のものだろう。
足跡の数を見るに、明らかに俺達から離れたときよりも数が増えている。団体でも難儀をしていたというのに、独りでこの数を相手するのは・・・。
頼む、頼むから無事でいてくれ。後少しで追いつくから、せめてそれまでは。



「・・・っ!あれ!!」


走っていると、突然リタが声を荒げながら前方を指差す。その声に考え事をしていた頭が一気に現実に引き戻され、弾かれたように顔を上げて見ると、少し先に何かが倒れている。

近づいて見ると、それは先ほどまで俺達を襲っていた魔物の死体だった。死体の状態からして、恐らくそんなに時間は経っていない──ということは、●●の近くまで来てるってことか。



「まだそんなに時間が経ってないみたい。●●が近くにいるのかも!」

「あぁ、そうっぽいな。早く駆けつけてやろうぜ」



死体を観察したカロルが慌てた口調で報告をしてくるので、再びその場から駆け出す。
先に進むにつれて倒れている魔物の数が増えていき、それは●●が逃げるだけでは済まなくなっている状況を示していた。中には口元にべっとりと血がついている死体もあり、思わず眉を潜める。考えたくはないが、状況から見て付着しているのは、やはり●●の血と考えるのが自然だろう。

不吉な光景を見る度に考えたくない未来を想像しそうになって、己の脳みそが恨めしい。
そう思った瞬間。


ドォン と大きく大地を震わせながら、何かが倒れるような鈍い音が辺りに響き渡った。
走る足を止めずに音の出どころを見つけるため、辺りを必死に見渡す。音の方角は前方、恐らくそう遠くない。



「グルァァァァァァァ!!!!」

「はぁぁぁ!!!!」



今、●●の声が聞こえた。
そう思ったのと同時に、グンッ、と走る速度を上げる。ラピードも同じことを思ったようで、我先にと一気に加速して前方を駆け抜けていった。


近づくにつれて動き回る影が鮮明になっていく。ボヤける大型の影は、俺達が追いかけていた魔物のボスで間違いない。辺りに取り巻きが見当たらないのを見ると、一騎打ちをしているということだろうか。


大きな魔物の影が、頭を振りかぶるような動きをすると小さな影が勢いよく吹き飛んでいくのが見えた。
飛ばされた影の持ち主は、間違いなく。




「●●!!」


吹き飛んでいった小さな影の方へ足先を向けて全力で走った。足元が悪すぎてもつれそうになるのを何とかこらえながら、必死に足を動かす。視界が悪い。まだ、●●の姿が見えない。

●●は。●●はどうなっている?



焦燥感に駆られながら脚を進めていると、大きな岩を見つけた。そして、その岩に叩きつけられている●●の姿がそこにあった。ボロボロに裂かれた服や、身体のあちこちから流れている血の量に、どれだけ追い込まれていたかが嫌というほど伝わってくる。


「●●! おいっ、しっかりしろ!!」


急いで●●に駆け寄り、ぐったりとした身体を起こして呼びかけるものの、●●はピクリとも動かない。諦めずに身体を揺すって声を掛け続けていると、ようやく反応したかと思えばごぷっ、と口から大量の血を吐き出し、それが互いの服を容赦なく紅く染めていった。


(まずい、出血がひどすぎる)



このままでは命を落としかねない●●の状態に焦りが加速する。
彼女を心配するのと同時に、ドロッとしたドス黒い感情が自分の何かを染めていった。怒りとも、憎しみとも言えない、もしくはそれらが混ざりあったような、上手く言語化出来ない何かが。
勿論その黒い感情の矛先は●●ではなく、ずっと●●が相手をしていたデカブツに対して。



「・・・・ュ・・・・り・・・?」

「! ●●っ、俺がわかるか!?」



抱き起こした腕の中で弱々しい呼吸を繰り返しながら、絞り出すような声で●●が俺の名前を呼ぶ。
●●の顔を覗き込んで再び呼びかければ、●●は虚ろな瞳で俺の顔を見上げて、あろうことか薄く微笑んだ。


「っは、は・・・ちょっと、ドジ、し、ちゃって・・・。ほん、とは・・・」

「バカ、喋るんじゃねぇ!エステルが来るまで黙ってろ!!」

「み、みん・・なが、来るまでに片付け・・・たく、て」

「喋るなって言ってんだろ!」




どう見ても笑っていられる身体じゃないのに、どうしてこんな時にまで笑おうとしているのか。
団体で苦戦していた相手に一人で対峙して、怖くないわけないのに。どうしてコイツは。

本当はこんな声を出したいわけではない。一人で良く持ちこたえた、良く頑張ったと褒めてやりたい。怒らねばならぬ要素なんてどこにもないのに、無理やり喋る●●を制しようとするあまりに声を荒げてしまう。
そんな俺を知ってか知らずか、●●はただただ優しい笑みを浮かべるだけだった。



「・・・ちゃんと、生きて、会えて、良かっ・・・た」

「死ぬ間際みたいなこと言ってんじゃねぇ!笑えねぇぞ!!」



途切れた話し方と、●●の焦点が合っていないのが、俺の中の不安を煽ってくる。少しでも油断したらこのまま消えてしまうのではないか、と思わせるほどの弱った姿を見たのが初めてなのもあるかも知れない。
今だってこんな状態で笑ってるのは、もうほとんど意識がないのではと思えてくる。


「わたし、ユー、リ、・・・と・・・」

「・・・! おい! おいっ!!」


弱々しい声で何かを言いかけた直後、ガクッと●●が項垂れ、そのまま動かなくなった。
まさかと急いで脈を確認するが、弱々しいながらに脈打ってることは確認できたので胸を撫で下ろす。とはいえ、彼女を一刻も早く治療してやらないとの命が危ないことには変わりない。


(すぐ片付ける。 もう少しだけ、辛抱してくれ)


意識を失った●●をそっと抱き締めた後、ゆっくりと岩に身体を寄りかけさせてやる。
背後からはエステルを始めとした仲間達の声と、ドシン、ドシンとデカブツの足音が近づいてきた。




「ユーリ!!●●は、●●は・・・!」

「・・・気ぃ失ってる。悪いが出来る限りの治療をしてやってくれ」


ひどく焦った様子で駆け寄ってきたエステルにそれだけを伝え、俺は刀をしっかりと握り直してデカブツの方に向き直った。ラピードとジュディスが前衛で戦っていて、リタやパティが後ろから追撃する形で応戦しているのが見える。レイヴンはエステルと一緒に●●の様子を見に来てくれたようだ。



「おっさん、エステルの治療が終わったらすぐ動けるように、●●を抱えといてくれ」

「・・・はいよ、任せといてちょーだい」



レイヴンの横を通り抜ける時に短く●●の事を頼むと、何か思うところはあったようだが、特に口出しせずに了解の返事だけを寄越して●●の元に駆け寄っていった。
これでひとまず、●●の事は問題なくなったと考えていいだろう。残るは、例のデカブツを片付けるだけ──そう考えると、自然と刀を握る手に力が籠もる。



俺の気配に気付いたデカブツが、俺の方に向き直って低く唸ってくる。この辺りの仲間は全滅したのか、仲間を呼ぶ気配はない。


「・・・さて、うちの大事な仲間が世話になったな」

「グルルルル・・・」



ラピード達も俺に気付くと、こちらまで一度後退して体制を整え直す。
こちらは仲間が居る。そしてデカブツは、1匹。●●のおかげで再び優勢に戻った。
あれだけ厳しかった盤面をここまでひっくり返したのだから、あいつには、感謝しかしてやれない。



「アイツをあんな状態にしてくれた分、手加減出来ねぇから覚悟しやがれ!」


「グルルァァァァァァァ!!!」



俺に反論するように咆哮を上げるデカブツに向けて刀を構え、地面を蹴って一気に攻め掛かる。

●●と、仲間達によってギリギリまで追い詰められたデカブツに刃を届けるのはあまりにも簡単で。
一太刀を浴びたデカブツは最期に大きく吠えた後、呆気なく崩れ落ちて二度と動くことはなかった。


* * *


依頼を終えた報告と、傷だらけの●●を治療するために、急いでダングレストに戻ってきた。

到着するなり、突然レイヴンが●●を俺に預け、少し待ってろと言って街中に走り去っていく。一体何事かと思いつつも言われた通りに街の入口で待っていると、戻ってきたレイヴンが「拠点を一つ借りてきたわ」と言った。さすがに宿屋を貸し切るわけにはいかないからと、天を射る矢アルトスクの拠点の一部として使っているらしい家を借りたらしい。


カロルとパティは報告を済ませに、レイヴンは医者を呼びにユニオン本部へと向かい、ジュディスとリタは●●が起きた時の為にと着替えや食料を買いに出ていった。俺はいったん●●を床に寝かせ、エステルが用意してくれた濡らした布で汚れた身体を優しく拭いていく。
エステルは俺の向かいに座り、意識の戻らない●●を心配そうに見つめながら、治癒術を掛けていた。エステル自身も疲れきっているせいでその光は弱々しいし、下手したらエステルも倒れるんじゃないかと心配にはなるものの、言ったところで辞めない性格の持ち主であることは分かっている。何より、●●を助けたい気持ちが痛いほど伝わってくるから、止めようもないのだが。

エステルだけじゃない。他のみんなも傷を負って疲労もやばい状態だと言うのに、みんな口を揃えて●●の心配をして。利害の一致で繋がっていった奴らが、今ではほっとけない病の集団になっているのには思わず苦笑してしまう。・・・が、今この瞬間ばかりは正直、感謝している。



「エステル、あんま無理して倒れるなよ」

「私は大丈夫です、今は●●の方が心配ですから・・・。こんなに、ひどい怪我をして」

「・・・こいつには、難儀な役割を頼んじまったからな」

「そう、ですね。後遺症とか、無いと良いのですが・・・」




エステルの言葉に思わず、言葉が詰まった。

いつもの調子で「平気だろ」と言えないのは、痛々しいほどに傷だらけになりながら血を吐いた●●を目の当たりにしたせいかも知れない。今はエステルのおかげで、外傷はほぼ消えているけれど。危険が伴う旅であることを承知の上で連れてきたのは自分だが、あんな姿は、できればもう二度と見たくないと思う。


治療が終わったら、何事もなかったかのように目を覚まして笑って欲しい。


仲間として。
何よりも失いたくない、大切な女性として。



ベッドに寝かせても問題なさそうな程度になった●●をゆっくりと抱えあげ、ベッドに寝かせてやる。
どこか苦しそうな表情を浮かべている彼女の頭をそっと撫でていると、ぞろぞろと仲間達がそれぞれの目的を果たして戻ってきた。



「青年、戻ったわよー。いったん専門家に任せて、俺達も休みましょーや」

「いや、俺は」

「あら、見張りならラピードがしてくれるみたいよ?任せて良いんじゃないかしら」



医者が●●の治療準備を始めたのを見ると、レイヴンがくたびれた様子で提案をしてくる。●●を残して休むわけはいかないと言いかけたところで、それを見透かしたかのようなジュディスの優しい声音に俺の言葉は遮られてしまった。更にジュディスの言葉続くように一鳴きした相棒に、これ以上の抵抗は無理そうだと悟った俺は大人しく提案を飲むことにした。



別室に移動し、荷物をおいて身軽な格好に着替えてからベッドに横たわる。
●●が気になって寝付けそうにないなんて思っていたのに、横たわってしまえば急激な眠気が襲ってきて、そのまま抵抗する間もなく意識が闇に沈んでいった。





* * * * *



「────、────────」



うっすらと聞こえた誰かの話し声によって、沈んでいた意識が少しずつ浮上していく。

重たい瞼を押し上げると、僅かな明かりによって照らされた室内が映る。どうやらかなりの時間寝ていたようで、窓の外を見ればとっぷり日が暮れていた。ここまで深く眠りに落ちていたのは久しぶりかも知れない。

ゆっくりと身体を起こし、大きく伸びをする。そのまま部屋を見渡すと、カロルとリタ、そしてエステルはぐっすりとベッドで眠っているようだ。あれだけの大仕事の後なのだから、当然か。
そういえば●●はまだ眠っているのだろうか。一番ひどい怪我を負ったのだから眠っていても不思議はないのの、なんとなく気になって他の仲間達を起こさないようにそっとベッドから降りて●●の寝ている部屋へ向かった。





・・・何となく、なんてウソ。
本当は、早く元気な顔を見て安心したいだけ。


ふとした瞬間に蘇る、傷だらけの●●を早く記憶から押し出したいのかも知れない。
どうやら自分で自覚している以上に、あの時の状況は自分にとって衝撃的だったらしい。最悪の事態だって覚悟した上で頼んだつもりだったが、結局はその覚悟も甘かった、ということだろうか。
・・・いや、そんな事を考えているべきじゃない。俺の事はこれからどうにかすれば良い。今は●●が助かってさえくれれば、それで。







「あら、目が覚めたのね」

「・・・、たっぷり寝れたおかげでな。そっちは随分早かったみたいだけど」

「ふふっ、もともと睡眠時間は短い方なの」



●●のいる部屋に入ると、ベッドの横に腰掛けていたジュディスが穏やかな声で静かに言った。ベッドに視線を向け、●●がまだ眠っていることを確認してから声音を抑えて返事をする。そんな俺を見てジュディスは小さく笑うと、再び視線を眠る●●に戻した。
ベッドのすぐ傍まできて、椅子に腰を掛けて●●を見やる。先ほどよりは落ち着いているものの、表情は相変わらず苦しそうだ。



「彼女、生きているのが奇跡くらいの状態だったそうよ。だから回復に時間がかかるかも知れないって、先生が言っていたわ」

「・・・そうか」

「順調に回復してくれるといいけれど・・・長引くようなら、今後のことも考えないといけない・・・かも知れないわね」

「わかってる。やらなきゃならねぇ事があるからな」



”今後のこと”

ジュディスが言いたいのは、万が一●●が回復しなかった場合に旅から離脱させるかどうか、ということだろう。
考えていなかったわけじゃない。●●が重症を負った時点で、可能性自体はずっと頭の片隅で考えていた。ただ、悪い方向に考えすぎるのもどうかとは思うし、かと言って(●●を蔑ろにするつもりは毛頭ないが)●●一人の為に仲間達の足並みを崩すわけにもいかない。
仮に●●が意識を取り戻しても戦えない状態だったとしたら、その時は大人しく戦線離脱をさせるべきだろう。手の届く場所で守ってやりたいものの、それ以上に危険に晒したくない気持ちの方が正直強い。それならフレンの管理が届く下町に居る方が安全なのは間違いない。フレンになら、安心して●●を任せられる。(複雑な男心にはいったん、目を瞑っておくことにする)




「あなたって案外、奥手なタイプなのかしら?」

「はっ・・・?」

「旅の事は勿論なのだけど、それ以上に●●に対してちゃんとしなきゃいけないこと、あるんじゃない?」

「・・・・・・」

「こんな良い子、放っておくとすぐに取られちゃうわ。”誰に”とは言わないけれどね」

「・・・ご忠告、どーも」




心当たりのありすぎる忠告に、俺は苦笑いで返事をするしか出来なかった。

●●に対して抱いている感情も、●●が俺に抱いてくれている感情も分かっているのに、ずっとこの関係に名前を付けないまま今に至っている。いわゆる”友達以上、恋人未満”というやつだ。
その曖昧な関係を終わらせたい反面、居心地の良い曖昧な関係に甘んじている自分も居て。旅が終わったら、事が落ち着いたら、と度々言い訳をしてはずっとこの関係に名前を付けることから目を背けてきた。

●●も恐らく分かっているのか、今まで●●から何か言ってくることは無かった。こちらが近付けば●●も近付いて、こちらが離れれば●●も距離を取る。何となく傍に居て欲しい時にはいつも寄り添うように立っていて、独りになりたい時は何事もないように横を通り過ぎて離れていく。
今思えば、無理強いも急かしもせず、ごく自然に合わせてくれる●●の優しさに胡座をかいていたのかも知れない。

ジュディスの言葉は、そんな俺を見抜いての忠告なのだろう。
こんな状況になって自覚する自分は愚かだと、心の中で自分に対して嘲笑してしまった。





「ちゃんと、ケジメはつけるさ」


下町で幼い頃から一緒に育ってきた●●。
いつも俺とフレンにくっついて来る●●を妹のように可愛がっていて、世話を焼いて。
大人になるにつれて綺麗になる●●を、異性として意識するようになったのはいつだったか。

気がついたら目で追いかけるようになり、寄り付く男に苛立ちを覚えるようにもなり。そんな自分の変化に戸惑いを覚えたりもして。そこから、●●が自分の中で身内としてはでなく、男として守りたい存在になったのだと認識するまでにそう時間はかからなかった。


●●に手を伸ばしきれないのは、自分の手で汚れるのを無意識に臆しているのか。

ずっと汚れのない、明るいままの●●で居て欲しい。だけど、自分の手で汚してしまってでも、自分の手の届く場所に置いて、自分だけを見ていて欲しい独占欲が着実に膨らんできている。変な方向に爆発してしまう前に、いい加減に自分自身の為にも決着をつけなければ。



(腹は決めた。 ・・・だから、早く目を覚ましてくれよ)



一度気持ちを固めてしまえば、少し前まで抱いていたはずの戸惑いはあっさりと消えるもんで。
ずっと抱え続けていたこの思いをどう伝えようかと考えながら、未だに眠る●●の髪を梳かすようにそっと頭を撫でる。
撫でながら●●の顔を見ると、先ほどまでの苦しそうな様子はなく、どこか穏やかに笑っているような気がした。