※現代パロ
朝、目が覚めてぼんやりとした窓の外へ視線を向けると、窓越しにふわふわとした白いものが舞っているのが見える。ベッドから抜けた途端に身体に突き刺さるような寒さのおかげで、それが雪であることを認識するのは容易かった。
ひらひらと舞う雪は、時折差し込む陽の光を反射してキラキラと輝いていて、まるで天使の羽根みたいだ、などと柄にもなく考えた。勿論本物を見たことがあるわけではないけれど、実在したらこんな風にどこか幻想的なんだろうな、と想像する。
「・・・今日は雪かぁ。 一段と街が賑わいそう」
本日は12月24日。
世間ではクリスマス・イブと呼ばれる日だ。
少し前から街中が早くもクリスマスムードを纏い始め、当日が近づくにつれて浮かれる人の姿が増えていく。
家族でのディナーを楽しみにする人、恋人とのひとときを心待ちにする人、友人と賑やかに過ごす為の準備に活気づく人。自宅から近いところに大型の商店街があるおかげで、そんな人々を見かける機会は多い。
自分もそんな人達の一部になれたら良かったのに、残念ながら当日は仕事で、しかも残業がほぼ約束されているものだから重たい溜息が漏れてしまう。
「私もクリスマスパーティー、行きたかったなぁ・・・」
1周間ほど前のこと。
偶然買い物中に遭遇したエステルが、目をキラキラさせながらパーティーの話を持ちかけてきたのだ。
話を聞けばジュディスやリタ達にも直接声を掛けて回っているようで、残り女性陣で声をかけられずにいたのは私だけだという。電話なりメッセージなりしてくれれば良かったのにと伝えれば、「こういうのは直接伝えるから良いんです!」と怒られてしまった。何となくエステルらしいと言えばらしいのだが、時々(こんな風に)頑なに原始的な手法を取るのでやや心配になる。これを言うとまた怒られそうなので、今は心の中に留めておくことにした。
「うーん・・・行きたいんだけど、仕事次第かな。今の時期どうしても忙しくて」
「そうですか・・・ユーリは参加すると言ってくれたので、てっきり●●も参加できるのだと思ってました・・・」
「ん?ユーリにはもう伝えてあるの・・・?」
「え?あっ、はい。・・・もしかして聞いてないんです?」
恋人なのだからてっきり聞いてるのかと、と言葉を続けるエステルに、思わず黙り込んでしまった。そんな話、初耳だ。
ユーリならすぐに教えてくれそうなものなのに。もしかしたら私の仕事事情を見越して言わなかったのかも知れないけれど、それでも教えてくれたって良いじゃないか。早めに話を聞けてたら、私だってスケジュール調整が問題なくついたかも知れないのに。
まるで除け者にされたみたいで、胸のあたりがモヤモヤする。怒りでも悲しみでもない、何とも表現し難い感情がべっとりと付着してしまったような感じ。
「うん、ユーリからは何も・・・。まぁ、うっかり忘れただけかも知れないけど」
「かも知れないですね。もしも●●も来れそうなら、ぜひ来てくださいね!」
「はーい。分かり次第連絡するね」
この日はこれでエステルと別れた。
久しぶりに服を買い込んで、ご機嫌だったはずの気分がすっかり冷え込んでしまったのをよく覚えている。エステルに伝えた通り本当に忘れているのかも知れないと思ってユーリからの連絡を待ってみたりもしたけど、結局来なくて。なぜかわからないけれど、自分から確認する気にはなれなかった。
その後ユーリと連絡を取る機会はあったものの、結局クリスマスパーティーの話は一度も出ず。
私達は電話やメッセージでのやり取りよりも、互いの家に訪ねてコミュニケーションを取る方が圧倒的に多かった。それなのに振り返ってみれば、ここ最近ユーリは私の家を暫く訪れていない気がする。私自身も、年末に近づくに連れて仕事に追われる事が増えてしまい、彼の家に行けていない。最後に会ったのは・・・先月の中旬くらいだろうか。
ここまで会わない期間が伸びているのは初めてな気がする。そう考えたら無性に不安になってきてしまった。
喧嘩をしたわけではないし、別に避けているわけでもない。多分、向こうに避けられているわけでもない、と思う。少なくとも電話やメッセージで話す時は、いつもと何ら変わりはない様子だった。なにも変わらない様子だからこそ、変に勘ぐって不安になってしまうのかも知れないけど。
そんな不安を拭いきれないまま、こうして当日を迎えてしまった。
パーティーに行きたい気持ちと、世に乗じて恋人との時間も過ごしたかった気持ち。
2つの気持ちが相まって私の気持ちはただただ下がるばかりである。ずっと送れずにいたクリスマスパーティーに関する確認の連絡についても、昨夜(いつの間にか張っていた意地を振り払って)送ったのに、メッセージを確認しても既読が付いていない。いつもなら忙しいんだろうな、の一言で片付けられるのに、今は際限なく私の中の不安が膨らみ続ける要因にしかならなかった。
とはいえ、これから仕事に行かなくてはいけないし、仕事にこの感情を持ち込むわけにもいかない。それで職場の人達に迷惑をかけるのは全くの別問題だからだ。
何だか虚しくなってきたけど、仕事でどうしようもなかったら会社の仲間達とちょっとしたパーティでもやることにしよう。出来合いの惣菜とお酒を買って、職場から少し遠目に見える大きなクリスマスツリーを窓越しに皆で眺めながら、忘年会気分で楽しく過ごすのもきっと悪くない。うん、そうだ、そうしよう。
無理やり捻り出したプランを想像すれば、寂しい気持ちは少しだけ和らぐ。ユーリとの事は仕事が終わってからちゃんと考えようと決めて、私は急いで出社の準備を始めた。
* * * * *
「いや〜、今日も働いたねぇ、●●」
「もう・・・暫く休みたい気持ちしか無いよね・・・」
朝から激務に襲われ、がむしゃらに降ってくる仕事を片付けていたらあっという間に夕方になり、僅かな希望を持っていたものの、目の前の現実にやはり間に合わなそうだと観念した私は、エステルにお断りの連絡を入れた。電話越しに残念そうにしていたけど、”きっと夜遅くまでやってるから気が向いたら顔を出して欲しい”と言われて電話は終わった。
漸く掴んだ休憩時間で急いで食事を済ませ、また仕事に戻る。そこからも激務の連続で、気がついた時にはすっかり遅い時間になっていた。少しくらい顔を出せたら良かったな、と考えたら、何だか悲しくなってきてしまった。
仕事を終えた後、職場の上司や同期たちと簡単なパーティーをしようという話になったので、買い出し役となった私と同期の女の子は近くのスーパーへ向かった。今は購入した荷物を抱えながら、疲れた身体に鞭を打って職場へ向かって歩いているところである。時刻は21時をすでに過ぎていた。
「っていうかあんた、彼氏いるのに良いの?帰らずに私達と居て」
「ん〜・・・、まぁ、向こうも今忙しいみたいでさ。予定合わなくて」
「えぇ!?・・・あんたの彼氏、なりふり構わず彼女優先してるイメージなんだけどなぁ。話聞いてる限りだと」
同期からの問いかけに、言葉を選びながら苦笑いをしてみせる。そんな私の返事がかなり意外だったようで、信じられないと言わんばかりの眼差しをこちらに向けてきた。
”彼女を優先”、というのは何となくわかる気がする。申し訳ないと思いつつ急なお願いをしても、ユーリは何だかんだ言いながらいつも都合を付けてくれた。ユーリに先約がある時は無理強いせず私が引き下がっても、後から調整をして毎回どうにかしてくれていた。それが嬉しい反面、無理をしているのではないだろうかと心配になったりもしたものだが。
他人から見てもそのように映っていた彼が、パタリと会わなくなり、連絡もあまり取らなくなった。やはり、私が無自覚のうちに何かをやらかしてしまったのだろうか。そう思ってここ一週間、必死に記憶を辿っては心当たりを探ってみたものの、結局何も思い当たることがなく。いっそ本人に問い詰めてしまえば良いのだろうが、もしもの事を考えると怖くなって、どうしても行動に出来ない。
こんなに大好きなのに、もしもの返事が来たら、なんて。私には耐えられそうにない。
こんな時間なのにまだまだ賑やかな街なかの商店街を歩いていく。少し先にある商店街の広場には大きなクリスマスツリーがあり、キラキラと色鮮やかなライトを点滅させて輝いていた。ツリーの周りには子供がいて、その子供の知覚にはサンタの衣装を纏った人達が、集まった子供にプレゼントを渡している。クリスマスならではの景色だなぁ、なんて思ったら、冷えた心が少しだけ温かくなった気がした。
「そうだ。ツリーの写真だけ撮りたいから、先に戻っててくれる?」
「ん、オッケー。人多いから気をつけるのよ。あぁそれから、何かあれば全然戻ってこなくていいからね」
私の言葉にすんなりOKを出した同期は、「大した量じゃないからあんたの荷物も持ってくわ」といって私の持っていた荷物を回収すると、そのまま会社の方向に向かってさっさと歩いていってしまった。彼女が優しいのは勿論だけど、今回に限っては早く食事とお酒にありつきたかったんだろうな、と思われる。いつどんな時でも”らしさ”を失わない同期が、少しだけ羨ましく思った。
身軽になったのは良いが、商店街にはまだまだ人が多い。ぶつからないように気をつけながら、ゆっくりとクリスマスツリーへと近付いていく。近付いてきたクリスマスツリーの綺麗さに圧倒されて、思わず見上げながら歩いてしまった、その瞬間。
「きゃっ・・・!?」
ドンッ、と、何かにぶつかったような衝撃が左肩に走った。
突然の衝撃に対処が出来なかった私は、まともに受け身も取れないまま尻もちをついてしまう。
「おいコラ、あぶねーだろーがァ!」
痛みに思わず表情を歪めていると、頭上からガラの悪い声が降ってくる。コレはもしかしてまずいのでは、と思いつつもそろりと視線を声のする方へ向けると、そこには”いかにも”としか言いようのない奇抜な服を着た男性が私を見下ろしていた。
思い出の一つにクリスマスツリーの写真を取りたかったけど、それどころではなくなってしまった。残念だけどここはさっさと謝って逃げるべきだと判断した私は急いで立ち上がり、軽くスカートの汚れを払ってからすみませんでした、と謝罪する。そしてそのまま通り過ぎようとしたものの、目の前のガラの悪い男にあっさりと立ち塞がれてしまう。
「・・・? あの・・・」
「ぶつかっといて謝るだけかぁ、ネエチャンよぉ? こっちは怪我して痛くてかなわねぇのになァ?」
「えっ、いや、でも全然・・・」
「あーあー!これは治療費もらわんといかんなァ!? えぇ!?」
どう見ても無傷ではないかと言おうとすると、その言葉を遮るようにわざとらしく声を荒げてギロリと睨みつけてくる。むしろ転んで痛い思いをしたのは私で、治療費が貰えるなら貰いたいのも私の方なのだけど。
一際大きく響く男の声に気付いた人々は逃げるように離れていき、安全圏からじっと私と目の前の男の様子を眺めている。これじゃあまるで見世物状態だ。見てるくらいなら警察を呼んでくるとか、何かしら助けて欲しいのに。こういう時、人って薄情だなって実感する。
こうなったら一発、二発殴られる覚悟を決めて、とにかくどうにかして逃げよう。そう思った私は男に向き直り、思い切り睨みつける。私の睨みに頭がきたらしい男は『睨んでるんじゃねェよ!」と怒声を飛ばすと同時に、私の方につかつかと近寄って拳を振り上げた。
痛みに耐える為に、瞬時に歯を食いしばってぎゅっと目を瞑った。
「おいクソ野郎。 女に手を挙げるたぁ、男の風上にも置けねぇ奴だな」
耳馴染みの良い声、と同時に、ドスンと鈍い音が聞こえた。
私に襲いかかってくるはずの痛みと衝撃は、まだ来ない。
少し待ってみても来ないままだったので、恐る恐る目を開く。すると、目の前にはふわふわの黒いファーが印象的な赤いコートと帽子を身につけた人物が、まるで私を背に隠すように立っている。その肩越しにガラの悪い男を見てみたら、”白い何か”の下敷きになってしまっているらしかった。先ほどの鈍い音から察するに、かなりの重量があるのではないだろうか。
「ってて・・・ッチ、何しやがんだテメェ!!」
「あ?こんなところで女相手に喚き散らしてうるせぇから、わざわざ加減して黙らせてやったんだろうが。感謝して欲しいくらいだね」
激昂する相手に対する挑発するような物言い、聞き慣れた声、風でさらさらと靡く綺麗な長い黒髪。
どうしてこんなところに?なんでそんな格好を?このままじゃ怪我をしてしまう・・・などなど、一気にいろんな思考が脳内を駆け巡りつつ声を掛けようとすると、「危ないから下がってろ」と振り向かないまま言われた。
間違いない、やはりユーリだ。
「クソガキが・・・調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「何だやる気か?聞き分けの悪い野郎に優しくするほど、人間出来てねぇぜ」
「はいはーい、そこまでよお二人さん。警察の世話になりたくないなら、そっちのおにーさんはさっさとここから去った方が良いんじゃないかねぇ?」
「・・・ッチ」
一触即発と言わんばかりの場面で、ゆるやかな声が二人の間に割って入る。
そこに居たのもやはり知る人物──レイヴンだった。何が何だか分からない。
レイヴンの言葉を聞いた男は、遠くから聞こえる警官と思わしき声に舌打ちをするなりそそくさと脇道に消えていってしまった。男が居なくなったと分かった瞬間、周りの人だかりも少しずつ散っていき、何事もなかったかのように商店街は再び賑やかな声に包まれた。
* * * * *
「まぁ、なんつーか・・・心配掛けたみたいで、悪かった」
「ううん。私こそ・・・なんか、勝手に不安になっちゃってごめんなさい」
先ほどの一件から少しして。私とユーリはみんなから離れたベンチで話をしていた。
なぜパーティーをしているはずのみんなが商店街で、揃ってサンタの服装をしているのか。(後からエステルやリタ達も可愛らしい格好で現れた)
クリスマスパーティーについて話してくれなかったこと。返信がなかったこと。
他にも連絡の頻度が落ちてしまったことへの不安とか、思っていたことを色々と吐き出す私の言葉に、ユーリは黙って耳を傾けてくれた。そして一通り聞き終えると、一つ一つに対してしっかりと答えていく。
クリスマスパーティーのことは早い段階から聞いていたそうで、別に隠すつもりではなかったらしい。
ただ、今年のクリスマスは彼なりの計画があったらしく、計画がばれないようにどう伝えるかを考えていたものの仕事が忙しくなって伝えられないままとなり、その結果私がエステルから先に聞く形になってしまったんだそうだ。ちなみに昨日の連絡に対して返信が無かったのは、仕事の疲れで寝落ちてしまっていたのと、寝坊により朝にメッセージをチェックする余裕がなかった・・・という単純なものだった。
そして何故揃いに揃ってサンタの衣装でここにいるのか。
これも聞いた時は思わず笑ってしまったのだが、レイヴンの知り合いがこの商店街のイベント企画担当者らしく、子供へプレゼントを配るサンタ役を引き受けてくれる団体を探していたのだという。
もともとクリスマスパーティーの予定があったので断ったものの、なかなか太っ腹な報酬を提示されてしまい断れなくなってしまったので、みんなに相談した結果、報酬を山分けするという条件で全員で引き受けたのだそうだ。
「たまにはサプライズも良いかと思ったんだが、やっぱ慣れないことはするもんじゃねーな」
「? サプライズ?」
「・・・●●、ちょっと右手出してみ。それから一応、目も瞑っとけ」
「・・・??」
締まらない、とでも言うように溜息を漏らした後、ユーリは私に右手を出すように指示をしてくる。しかも目を潰れというおまけ付きで。ユーリが何をしようとしているのか全くわからない私は、とりあえず言われたとおりに右手を差し出してからそっと目を瞑った。
「合図するまで目を開けるなよ」と私に釘を刺すユーリに、目を瞑ったまま頷いてみせる。するとユーリの手が私の手を取り、少し間をおいて冷たい何かが指をなぞらせてきた。一瞬の冷たさに少しだけぞわりとしたが、すんなり体温に溶け込んでくれたおかげですぐに落ち着いた。
「目、開けていいぞ」
先ほどよりどこか嬉しそうな声で、ユーリが私に合図をする。
合図を聞いた後にゆっくりと目を開けて、違和感のある右手の指に視線を落とした。
そこに映ったものは、私の”右手の薬指”に嵌る、綺麗な銀色のリング。
それが意味することをすぐに理解できなかった私は、どうして良いか分からずにそのままユーリを見上げる。
そんな私の様子を視るなり、ユーリはクスッと笑いながらぽん、と私の頭に手を乗せた。
「・・・俺は●●と別れる気は無いし、手放すつもりもない。ちゃんとしたやつはいずれきちんと贈るけど、まずはケジメとして形にする為にコレにした。渡すからには妥協したくなかったから、決めるまでに随分時間掛かっちまったけど」
「・・・、あっ・・・」
右手の薬指に付けるリング。
それは一般的に婚約指輪と呼ばれる物だということを、私はユーリの言葉で漸く理解した。
リングをよく見ると、紫色の宝石が嵌め込まれている。それはまるでユーリの瞳の色を連想させるような美しい石だった。そして同じデザインのリングが、彼の右手薬指にも嵌められている。
油断したら溢れてしまいそうな涙のせいで視界は滲みきっているのに、何故か彼の指嵌められたリングだけはやけによく見えた。
「サプライズは成功、って事で良さそうだな」
「・・・・・・驚きと嬉しさで・・・うまく言葉が、出てこないの・・・」
「喜んでもらえて、●●の不安も消せたならそれで十分だよ。・・・さて、これ以上は流石に冷えるし、続きは帰ってからにしようぜ」
私の額に軽く口づけると、ユーリは優しい笑みを浮かべながら「これ以上あいつらを待たせるわけにもいかねーし」と付け加えた。するとまるでタイミングを見計らったかのように、遠くから「そろそろ行くわよ」とリタが私達を呼ぶ声が聞こえてくる。たしかにこれ以上待たせると怒られてしまうかも知れない、と感じた私は、慌ててベンチから立ち上がった。
あぁ、だけど一つだけ。
みんなと合流する前に、先に言いたいことがある。きっとまだ誰とも交わしてなさそうだから。
「ユーリ」
「ん?」
振り返る彼と、彼を見上げる私の間に、ふわっと白いものが舞い込んだ。
それはまるで私達を祝ってくれるような、羽根のような白い雪。
「メリークリスマス!」