【 飛び立つ前に最後の約束を 】
※無名ですがモブ有りです




「・・・今日も来てるのな」

「あっ、ユーリ」


帝都から少し離れたところに、彼女の姿はあった。


目の前の物に対して手を合わせていた彼女に──●●に声をかければ、●●は閉じていた目を開きこちらに笑顔を向けてくれる。肩出しデザインのワンピースをひらひらと柔らかく靡かせてながら歩いてくる姿が、なんだか今日はやけに綺麗に映って見えて。

だけど、その笑顔がぎこちなく見えるのはきっと気のせいじゃない。


「ユーリもお花、持ってきてくれたんだ」

「ん。アイツとはそれなりに、付き合いもあったし」


俺の手元にある小さな花束を見た●●は、「彼、きっと喜んでくれると思うよ」と言いながらクスクス笑った。その笑う様子も今は痛々しくしか見えなくて、どうだろうな、なんて当たり障りのない言葉を返しながら目的の場所へ向かってゆっくりと歩く。

目的の場所。それは、つい先ほどまで彼女が立っていたひとつの墓。
墓に刻まれているのは…●●と恋仲であった男の名前。
名前に間違いがないことを確認してから身を屈め、そっと花束を添えた後に黙祷をする。




今だからこそ認められるが、男はいわゆる恋敵、というやつだった。

今だからと前置きをしたのは、当時は俺自身が●●に好意を抱いている自覚が無かったから。その自覚を芽生えさせてくれた(と言うのも複雑なんだが)のは、目の前の墓に眠る男。

そんなやり取りがあったことを、●●は知らないだろうけど。


「彼、ユーリのことがお気に入りだったみたい。いつもユーリの話をしてたんだよ」

「へぇ・・・俺と話してる時は、お前の話ばっかりだったけどな」

「そうなの?どんな話?」

「残念だが、それは言えねーわ。男同士の話だし」

「何それ、そう言われるとすごく気になる!」


黙祷を終えたタイミングを見計らって●●が話してきた言葉に、思わず苦笑しながら返す。俺の返事の内容によほど興味を持ったのか、しつこく知りたがる●●の言葉を適当に流しつつ、俺達は帝都へと歩き出した。


今日は天気も良くて、道を吹き抜ける風がどこか心地良い。



* * * * *



──ひと月ほど前のこと。

●●とその男の2人が婚約間近の恋仲であることを知ったのは、長い旅を終えて少し経った頃だった。


●●は下町で育ってきた幼なじみ。

男は、俺が旅に出たのと入れ替わりで帝都に越してきた貴族だった。もっとも、いい意味で貴族らしさがなく、下町のガキ共も随分懐いていたところを見ると身分を気にしないお人好しだと思う。

久しぶりに●●と会って話をしていた中で、突然男の紹介をされたかと思えば恋仲だと言われた時には驚きのあまりに大した反応出来なかった気がする。けど、今思えば動揺してたんだろう。そんな話が出てくるなんて全く考えもしなかったから。


『もしも式を挙げることになったりしたら、ユーリにも来てもらわないとね』


その時に●●が言った言葉は、今も鮮明に覚えている。どんな表情をしていたかまでは思い出せないけど。否、思い出したくない、のかも知れない。今となっては自分の気持ちを自覚してしまっているから、思い出したら何かが自分を蝕みそうな気がして。



再会してからというものの、自然と男と話す機会が増えた。●●と一緒にいることが多かったし、何かと下町絡みで俺も●●に用事があったから、当然というか、必然というか。

正直、男が貴族と聞いた時はどうしたもんかと内心頭を抱えたものの、話をするうちにその悩みはすんなりと払拭された。正義感があって、誰にでも分け隔てなく接することが出来る純粋にイイ奴だった。そのうえ容姿も申し分ないのだ、大抵の女性なら惹かれ無い方が無理だろうなと男ながらに思う。


よく話すようになってから少し経った頃。俺だけ男の自宅に招かれたことがある。

いつもなら●●と一緒に呼ばれるか、●●が俺を呼びに来るかのどちらかなのに。不思議に思いながらも了承して約束の日に向かうと、出迎えてくれたのは杖で自分の身体を支える男の姿だった。


『お前・・・身体大丈夫なのか?』

『こんな姿ですまないね・・・。なかなか難儀な身体だけど、多少歩いたり話すくらいなら大丈夫だよ』


わざとらしく肩を竦めて見せる男に付いて行き、そのまま自室に招き入れてもらった。用意された飲み物や菓子をいただきつつ、他愛のない話を交わして少し沈黙した後。

突然、男が意を決した表情で口を開いた。


『実はね、彼女の・・・●●の事で話したくてさ』

『●●?』

『そう。単刀直入に聞くけど、君は●●の事が好きだろ?』

『・・・は?なんだよ突然。好きも何も、あいつは家族っつーか、妹みたいなもんだよ』

『本当に?1度も異性として意識したことないって、本当に言いきれる?』



何を言い出すかと思えば。お前は●●と恋仲だろう、と正直呆れた。

●●を?異性として?そんなことあるわけない、と言えばいいはずなのに、喉まで出かかっている言葉を吐き出すことが出来ない自分がいた。
吐き出せないと言うより、吐き出したくないという方が正しいかも知れない。吐き出してしまったら”何か”を認めてしまう気がしたから。

反論せずにいる俺を見ながら、男は静かに言葉を続けた。


『彼女に惹かれてからというものの、何度もアタックして、何度も断られたんだよ。気持ちには応えられないってね。それはきっと、私の事が好きとか嫌いというよりも、帝都を長らく離れていたユーリを想っていたからなんだって、ユーリと一緒にいる時の彼女を見て確信した』

『・・・・・・』

『じゃあ今は、って思うだろう?彼女は優し過ぎるから、もしかしたら私の好意に折れてくれたのかも知れない。もしくは、何らかの理由で君を想うことを無理矢理やめようとしたか』


・・・話が本当だとすると、●●は俺に好意を抱いてくれていたことになる。
それがいつからかは分からないが、もしも諦めようとしたのならば、その理由が気になった。
ゆっくりと、そしてどこか清々しい様子で男は更に続ける。


『私はきっともう、あまり長くない』

『・・・!お前、何言って』

『言っておくけど。さすがに冗談では言わないよ、こんなこと。だから君に話がしたくて呼んだんだ。たとえ一方的になろうとも、自分の口で伝えておきたかったから』


男は生まれつき身体が弱く、日によって体調の差が激しいという話は聞いていた。
そんな彼を少しでも支えていきたいんだ、と寂しそうな表情で●●が話していた。もしかしたら、男の体調が日に日に悪化していることを彼女は察していたのだろうか。


『たとえお情けの結果の関係だとしても、一人の男として彼女を幸せにしたかった。一生を添い遂げたかった。だけど、私には叶わない願いだ』

『・・・だから諦めるって言いたいのか?だとしたら、随分と諦めのいい坊ちゃんだな』

『諦めるんじゃない、そこまで分かっているからこそ託したいんだ。・・・だけど、もしも君が彼女のことをなんとも思っていないと言うのなら、私は彼女を連れていく。誰に何と思われようと』



───連れていく。
自分の命がもうすぐ尽きると告げる男が放つ言葉の意味は、”あちら”の世界に連れていくということ。即ち、●●の命を。

その言葉を聞いた瞬間、一気に頭に血が上る感覚と共に手を伸ばし、そのまま勢いに任せて男の胸ぐらを掴んだ。
例え恋仲であろうと、人の命を簡単に奪うことなんて許されてはならない。それが大切な人であるのならば、尚更だ。


『・・・面白くねぇ冗談だ。そんな理由で人の命を奪うとか、何様のつもりだ?』


ふつふつと沸き上がる怒りを押さえ込みながら吐き捨てるように告げる。何でこんなに怒りを感じるのかを不思議に思う自分が頭の片隅にいるが、今はそんなことを気にしてる場合ではない。
僅かに締めあげられて苦しそうにしながらも、男はじっと俺の目を見つめた後にゆっくりと口を開いた。


『・・・私からしたら、君の方が何様だと言いたいよ。そこまで彼女を想っていて、どうして彼女の想いに応えない?彼女の優しさに甘えて、いつまでも彼女の気持ちを弄んでる君が許せない。家族とか妹とか都合のいい言葉を並べて、自分から逃げているだけだろう?』

『なっ・・・』

『君が何に後ろめたさを感じてるかなんて知らない。だけど、いつまでも彼女が傍にいて、いつまでも存在してくれていると思っているなら大間違いだ。彼女だって生きていて、感情を持つ人間なんだ。言い訳ばかり並べてこれ以上彼女を苦しめるのなら、私は、死んでも君を許さない』


畳み掛けるように放たれる言葉に思わず言葉が詰まる。
それは死を身近に感じているからこその言葉だと言うのが痛いほど伝わるのと同時に、自分が見て見ぬふりをして、覆い隠してきたものを容赦なく刺されるような感覚。
●●を家族同然の存在だと思っていることは嘘じゃない。ただ、指摘されたように身内とは違う感情を抱いていたことは確かだ。

帝都で共に過ごして、共に育ち、そして俺は帝都を離れた。旅でやるべきことを成す中で、自ら手を汚した。例え目の前のものを救う為だったとしても、俺が犯したことが罪である事実は変わらない。そんな汚れた手で●●を穢したくなくて、いつからか彼女から離れることを選んでいた気がする。
●●は会えばいつだって優しく笑いかけてくれて、変わらず寄り添ってくれていたのに。


(ああ、そうか。これが答えか。)


●●の優しい笑顔を思い出した途端、先ほどまで落ち着きのなかった思考や感情が嘘みたいに落ち着いた。それと同時に、今まではっきりしなかったこの気持ちの正体をようやく掴んだ。一度気付いてしまえば、なぜ今までわからなかったのだと心の中で自嘲しながら、込めていた力の手を抜いて男を解放する。


『・・・良いのかよ?恋敵にそんなアドバイスするようなこと言っちまって』

『私は彼女に幸せになってもらいたいだけだよ。彼女に幸せになってもらうためには、君が気付かなきゃ意味がない。ただ、それだけさ。・・・・・・だから』



──もしもの時は、●●を頼んだぞ。



きっと思ってることも、言いたいこともあったはずなのに。男が穏やかな顔でそう言ったのを最後に、その場はお開きとなった。
それから間もなくして、男の体調が急激に悪化。その後はまともに言葉を交わせないまま、男は逝ってしまった。
亡くなった男を見て●●が泣き崩れていた姿も、それを見て怒りとも悲しみとも言えない感情に身が焼かれるような思いを抱いたことも、きっと一生忘れられない。



* * * * *



あれからずっと、●●が定期的に男の墓に来ているのは知っていた。

何を思って足を運んでいたのか、墓に来て何をしていたのかまでは分からない。だけど強がりな●●のことだから、きっと人に見られたくない時に来ていたのだろう。

優しすぎるが故に、他人に辛い気持ちが移らないようにと強がるのは●●の昔からの癖だ。人を甘やかすのは得意なのに人に甘えることが下手で、大抵のことを自分でできるせいで独りで頑張りすぎてしまう。器用に見えて、実際はとんでもない不器用。


「ちょくちょく来てるんだろ、あそこに。・・・魔物だって出るんだし、あんま無理すんなよ」

「無理なんてそんな・・・そろそろ前向かないとなって思って、今日はそれを彼に言いきたの。いつまでも泣いてたら心配されちゃうし。さすがに全く行かなくなるわけじゃないけど、頻度は落とそうかなって」


世界が生まれ変わって、魔導器のない世界になった。そんな状態で特別戦う力を持たない●●が護衛も付けずに一人で帝都の外に出るのはかなりの危険行為なのだ。それとなく注意をすれば、●●は困ったように笑いながら話す。

だけど、それが強がりで言っていることは分かりきっていた。●●はそんな簡単に切り替えられるほど強くないんだって、知っている。
だから放っておけない。放っておくわけにはいかない。手の届かないところに行かせてしまったら、そのまま消えてしまいそうで。


「・・・お前は独りじゃない」

「えっ?」

「何かあったら俺を頼れよ、今はアイツの代わりとしてでも良い。下町の奴らだって居る。お前に手を差し伸べるやつは絶対にいるんだから、まるで世界に自分だけ取り残されたかの様な考え方はすんな」

「ユーリ・・・。うんっ、・・・ありがとう」


●●の背中を軽く叩いて論せば、瞳を丸くしてこちらを見上げてきた顔がどこか不安そうにしていて。それが少しでも和らげば良いと思いながら頷いてみせると、●●は泣きそうな顔をしながらありがとう、と何度も呟くように言った。


自覚してしまった感情は、今は胸の奥に押し込んで支えると決めた。悲しみに漬け込むような真似だけは間違ってもしたくないから。
(●●がまた心から笑える日が来たら、その時はちゃんと───)




背中を押すような強い風が、一瞬だけ吹き抜けた。