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サイト開設前Twitterでバレンタイン用に上げたお話です(2022/02/16)。
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 包みを両手いっぱいに抱えた山崎が部屋に入ってきた。「今年もたくさん届いてますねえ副長」とかけてくる声も、俺の表情を窺う顔も締まりがない。それで今日がバレンタインであることを思い出す。
 いやあさすが真選組一のモテ男だあ。こんなにたくさん、漫画みたいですねえ。食べきるの、大変そうですねえ。
 やたらに伸びる語尾が不愉快で、一番近くにあった包みを無言で投げつけてやる。それでもにやけ面は引っ込むどころか一層酷くなる。
 だめですよお、純真な心のこもったいただきものなのにい。
 刀に手をかけると部屋から飛び出していったが、間髪入れず今度は総悟が廊下を通った。大小様々な包みを見て、顔がいやらしく歪む。
「さっすが土方さん、今年もたくさん貰ってやすねえ。マヨネーズと合わせるとすげえカロリーになりそうだ。こりゃ健康でいられる気がしねえや。とうとう死んでくれる気になったんですかィ? あ、今度局中法度に『一日の摂取カロリー五千を越えた者切腹』の追加を会議で提言するんで検討お願いしやーす」
 部屋の前を立ち止まることなく、最後は後ろ向きに歩きながら、淀みなく言うだけ言って消えていった。すると次は、入れ替わるようにして他の隊士たちがわらわらとやってきた。お前ら打ち合わせでもしたのか。
 もちろんこいつらも包みに対して揶揄を飛ばしにきたわけで、下卑た笑みと粘ついた声色が我慢ならず、「お前ら全員腹切れェェ!」と叫びながら刀を振り回すと蜘蛛の子を散らしたようにいなくなった。
 山崎が来てからほんの数分のことであったのに、えらく疲れた。
 くそっ、何がさすがだ、ふざけやがって。
 届いた包みのすべてが、仕事絡みの中元のような意味合いのものか、あるいは、接待や近藤さんの迎えで寄った店の嬢からの営業だ。山崎の言うところの「純真な心のこもった」ものはひとつもない。
 そう、だからこれは近藤さんにも同じように届いているし、それどころか、真選組宛てに届くものだってある。そうでなければアイドルよろしく大量にチョコレートが送られてくるようなこと、こんな生活をしていて起きるわけがない。
 そんなこと、当然隊内の全員が知っている。
 つまり、奴らは俺をからかって遊んでいるだけなのだ、毎年毎年揃いも揃って飽きもせず。腹立たしいことこの上ない。
 気を取り直して報告書の続きに目を通そうとすると、軽快な足音が聞こえてきた。まだひとり残っていたことは、まあ、わかっていた。
「うっわ今年も見事なチョコの山! さっすがトシ!」
 私服姿で両手に小さな紙袋をいくつも引っ提げ、無遠慮に室内に入ってくるなりわざとらしい口調で叫ぶ。
 ここのところ唯一、中元でも営業でもないチョコレートをくれる女である。とはいっても、「純真な心のこもった」ものかどうかは知らないが。本人は毎年一応「はい、本命」と言いながら渡してくれるのであるが、自分へのご褒美と称して様々な店のチョコレートを買い込むついでに俺にも一箱買ってきている、というのが実際のところだろう。それでも、他の隊士には業務スーパーで見繕った一口チョコの大入袋を広間にどんと置いておくだけであることを思えば悪い気はしない。ただ、
「こんなにたくさん、アイドルみたい! さっすが我らが副長!」
 それはそれとして、非常に鬱陶しい。
 口の端がぴくりと動く。他の人間であればとっくに斬りかかっているところだが、如何せん、俺はこいつに弱い。
 まあ、それくらいには想っているし、特に今日は、珍しく着飾っているのに思わず見惚れてしまった、というのもある。仕事の日はもちろん、非番の日も特別に用事がなければあまりめかし込むことのない女の、顔は色付き、いつもは無造作にひとまとめにするだけの髪はゆるやかに巻かれている。着物も年に数回しか見ないものだ。隙なく着飾った女は苦手であるが、目の前の女は品良く見栄えており、不覚にも目を奪われる。
「すごいねえ、こんなに食べきるの大変だねえ!」
 だが、曲がりなりにも本命チョコを渡しにきたはずのくせに、俺が黙っているのをいいことに延々止まらない揶揄はいい加減どうにかしたい。これなら悋気を起こされる方がまだいくらか可愛げがある。
 やられっぱなしというのも癪なので、反撃に出た。
「ああそうだな。食いきれそうにねえし、これ以上はもう受け取れなくても仕方ねえよな」
 例え本命だったとしても、と最後に少し投げやりに付け加えると、きょとんとした顔をされる。
「そっかあ……じゃあ仕方ない、このチョコは銀さんにでも」
「ちょっと待て」
 言うや否や背を向けたそいつの腕を思わず掴む。
 何て嫌なツボを押してきやがるんだ。冗談だとわかっていても、それだけは許容できなかった。振り返った満面の笑みがあまりに憎たらしい。
「……もうその辺にしてくれ」
「ごめんごめん」
 「はい、本命」とこの流れで黒い箱を俺の目の前に置き、自分も当然のように買い込んだうちのいくつかを文机に広げる。ここ数年、こうやって一緒にチョコレートを食べるようになった。俺が仕事中にも関わらず。
「チョコなんざ興味ねえみたいな顔して恰好つけてるからいじられるんだよ。近藤さんみたいに『いやあこんなにたくさん参っちゃうなあ』とか言えばいいのに」
「言えるか。つーか別に恰好つけてねえ」
 甘味を好んで食べない俺にはシンプルなビターチョコレートの四個入り。自分用には大小様々、色とりどり。俺がひとつつまむ間に、本当に味わっているのか疑う速さで消えていく。
「今度局中法度に『一日の摂取カロリー五千を越えた者切腹』が追加されるそうだ」
「介錯してほしいって話?」
「俺が介錯してやるっつー話」
「いや、マヨ一本で三千くらいあるって知ってた?」
 あんた一日二本は消費してるよね、と言いながら俺に手が伸びる。
「そのくせ無駄な肉が一切ないんだよね、どうなってんの?」
 胡坐をかいた脚のふくらはぎ、太腿を指圧するように渡った指は、腹の肉を摘まもうとする。摘まめる肉がなく早々に諦めた指は、胸や首を伝ったあと、一瞬躊躇って頬を摘まんだ。
 その間しばらく報告書に目を通しながらされるがままになっていたが、頬をふにふにと弄られるのはなんとなく落ち着かず、そっと手を払おうとした。
「いい加減やめ……」
 すると思った以上に顔が近く、目が合った瞬間お互いふと動きが止まる。
 それまでチョコレートに負けていた香水が控え目に香った。やっぱり、今日はどうしても目を奪われる。
 少しばかり目を見開いた顔に、化粧ではない赤みがうっすら差した気がしたのは、すっかり女の顔になった気がしたのは、俺の自惚れだろうか。
 ごくりと喉が鳴る。
 妙な空気になりそうで、慌てて報告書に向き直りチョコレートを口に放り込む。
 ふたりが叫んだのは同時だった。
「甘っ!?」
「ああアァァ! 一番楽しみにしてたやつウゥゥ!」
 どうやら慌てるあまり、こいつの分のチョコレートを口に入れてしまったらしい。やたらと甘い。あまりの甘さに、飲み込める気がしない。
「それめちゃくちゃ並んだんだかんな!」
 鬼の形相で隊服の襟元を掴み、力任せに揺さぶってくる。俺はさっき自惚れたことを後悔した。
「出せバカヤロー!」
 出したら食うのかよ、バカはお前だ。
 俺だって出せるもんなら出したい、とは思ったが、そんなつもりはもちろんなかった。だが、魔が差した、というやつだ。
 俺を揺さぶる両腕を掴み、唇で唇を塞いだ。舌先でちょんと唇をつつくと僅かに入り口が開いたので、舌と舌を絡め、少し溶けたチョコレートを押し込んだ。
「……煙草の味と混ざってめちゃくちゃ不味いんですけど」
「元々甘すぎて美味くなかったけどな」
「これだから味覚障害はァァ!」
「誰が味覚障害だ!」
 嘆くように両手で覆われた顔から覗く耳は、淡く赤みを帯びている。
 唇を離すとき目に入ったのはさっきと同じ顔で、俺はやっぱり自惚れてしまうのだった。