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Xで企画参加させていただいたお話です(2025/08/07)。
企画:@gntm_yumep00(X)様
土方夢のつもりで書いていますが色んなCPに見えるかもしれません。
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神の居る間に
暗闇に一歩を踏み出した。
住宅ばかりが立ち並ぶこの区域は、人々が寝静まれば真っ暗になり、音ひとつ聞こえてこない。真選組の屯所までこの足で四半刻ほどとはいえ、三日月にも満たない月明りは心もとなく、提灯を持っていても不気味なものだった。天人が来るより前の、空気のまだ澄んでいた頃ならもう少しましだっただろうに。
ようやく見えてきた屯所も真っ暗で、この規模の施設に辻行灯ひとつ置かれていないことをふしぎに思う。そして、第三者がその門をくぐって誰ひとり気が付かないことも。私が攘夷浪士だったらどうするつもりなのだろう。
門をくぐって右手に五、六尺ほど。そこで大きめの玉砂利を素早く見繕って拾い、さっと外に出て、また同じ真っ暗闇を戻る。
これを、二週間――。
◇
視界の端で赤い布が舞った。一緒に見廻りをしていた土方さんとふたり、そちらを見やる。
住宅と住宅の間に、ぽつんと小さな稲荷神社があった。そこに一体だけ鎮座する狐像の首から、よだれかけが外れたらしかった。
「不吉の予兆ですかねィ」
「外れかけてたのがたまたま今落ちただけだろ」
ぶつぶつ言いながら、土方さんはそのよだれかけを狐像にかけなおしてやる。
「今晩礼に嫁入りに来たりして」
「んなわけあるか」
「土方さんが婿入りして出てくってんなら大歓迎なんですけどねィ」
「そもそもこいつ雌なのかよ」
こういう、本人はツッコミのつもりのボケをされたとき俺は返事をしないことにしているが、そんなこと知る由もなければ気にもしていない土方さんは、結んだよだれかけの角度を整え満足げに「よし」と呟いた。
その様子を、じっと見ている爺さんがいた。
「あんたたちがこれを置いたのかね?」
「この狐のことですかィ? 最初からありやしたぜ」
答えると、はて、と顎に手をやる。
「おかしいのう。こんなもの、なかったと思うんじゃが」
「ボケたんじゃねえのか、爺さん」
爺さんは土方さんの暴言に怒ることなく、少しの間何かを思い返すように神社を見つめてから「そうかもしれんな」と言った。
「天人が来てから街も人も変わってしもうて、もうほとんど手入れされとらんしのう。昔は皆、よく願掛けをしとったが」
「どんな願掛けで?」
「ここに二週間欠かさず供え物をして、そのあと三日家で祈り続ければ商売繁盛するというような具合じゃ」
土方さんは、へえ、とお愛想にもならない相槌を打ち「時代の流れってやつだな」と返してさっさと行ってしまった。せっかちな土方さんはいつも、年寄りの話を長いと言って聞こうとしない。爺さんも狐像を見つめ、失礼するよ、と去っていった。
残った俺は、改めて神社を眺めてみた。爺さんが手入れをされていないと言っていた通り、社の色は禿げ、一部は朽ちかけてさえいる。真選組の巡回ルートであるここに狐像があったかどうかなど確かに明確には覚えていないが、目の前の狐像は神社と同じく古めかしく、昨日今日置かれたとも思えない。
人々に忘れ去られつつある場所なのだ、と思った。この神社の謂れを知っている爺さんでさえ、曖昧にしか覚えていないような。そう遠くないうちその謂れを知る者もいなくなるのだろう。
信仰する人間がいなくなった神は、どうなるのだろうか。
そんなことを考えていると、ふと「あ。真選組の屯所は? よくない?」と後ろの方で声がした。娘がふたり、こそこそ抑えた声で「いいかも」「頑張れ」と話を進めていく。
これが成人した野郎どもであれば警戒すべきところ、自分よりも幼そうな娘たちのこと。捨て置いてもよかったが、念のため話を聞いておくことにした。少し、好奇心もくすぐられた。
すると、少し興味深いことを聞けた。なんでも、深夜どこかから石を持って帰って神社に供える、それを二週間続ければ三日後に恋が叶う、というまじないがあるのだそうだ。
なるほど、と思う。この稲荷神社はこういう形でまだ一応生きているというわけか。
娘たちは石を取ってくるどこか≠探していたところ、俺たちを見かけて屯所に決めたということらしい。百歩譲ってそのまじないに効力があるとして、芋侍ばかりが一堂に暮らす屯所の石など集めたとて婚期が遅れこそすれ恋愛が成就するとは到底思えないが。
それから十日ほどが経った頃だった。
「最近夜中に門前で何かの気配がする気がする」
休憩室で隊士がひとりそう言ったのを皮切りに、「俺もそんな気がしてた」「やっぱり? 俺もだ。気のせいかと思ってたけど」と謎の気配の話に火が付いた。俺は輪に入らずテレビを見ていたが、途中ではたと先日の娘たちの話を思い出したので教えてやった。思いのほかくだらないオチに、なあんだ、と皆一斉に脱力し、それで早くも話が終わったかと思ったが。ずっと話を聞くだけだった近藤さんが口を開いた。
「そのまじないとやらはまだ続くのか? 夜中に女の子がひとり歩きしてるのを知って、放っておくわけにゃいかんだろう」
「さあ、いつ終わるかは知りやせんが、だったらもう二度と来る気にならねえよう今晩ちょいと脅してやりやしょうか」
「そりゃさすがに可哀想だろう」
眉を下げた近藤さんにまわりの隊士も同調し、ひとりが言った。
「まあ、脅すってより、もう来ないよう注意して家に送ってやりましょう」
そうだなと話がまとまりかけたと思いきや、近藤さんは「いや」とそれをも否定した。
◇
見慣れてきた景色を早足に過ぎ、相変わらず警備の薄い門をくぐって手際よく石を手にし、来た道を戻る。
集めた石は、持ち帰って積み上げている。手のひらサイズの石が十個ほどもあればそれなりの山になっていて、石を重ねるたび何だか力がみなぎってくる。
自然と速まる足で帰り道の半ばに差しかかった頃、ふと背後に何かの気配を感じた。十日ほど続けているこのまじないの間、誰かに出くわすのは初めてだ。足を止め、おそるおそるゆっくりと振り返る。
暗闇の中、少し離れたところに黄色くやわらかい提灯の光がぽつんと浮かんでいた。立ち止まって見つめると、提灯はその場に留まったままそれ以上こちらに近寄ってくる様子は見せない。警戒しながらまた前を向いて歩きだすと、背後からまた一定の距離を置いてついてくる気配がした。振り返ると、また提灯は止まる。
そこではたと、これは送り提灯ではないかと思った。夜道をひとりで歩いていると、まるで送ってくれているかのようにつかず離れずの距離で提灯がついてくるという怪異。
まさか私に、と鼻で笑い、そのあとはもう振り返らないまま家の戸を閉めた。
◇
あくびをした山崎を「しゃきっとしろ」と土方さんが咎めた。「いや、だって」と反論しようとするのを視線で封じた土方さんの背中を、山崎は恨めしげに見つめていた。
夜中に現れる娘の件は、予想外の方向に着地した。あのあと近藤さんが「せっかく何日か続けたまじないを中断させるのも可哀想だ」と言いだしたせいだった。いわく、「そういう子どもの頃のくだらないことってのは、案外思い出に残るもんだ」。
とはいえ夜中にひとり歩きさせるのも不用心だということで、次に屯所に現れたときに自宅まで後をつけ、その翌日からは家を出て帰るまでの送り迎えをこっそりしてやろう、というとんでもない提案をしたのだった。
「それ、誰がやるんで?」
訊くと、
「俺が行こう! ……と言いたいところだが、明日から二泊三日で出張なんだよなあ」
なんともまあ無責任なことを言うので、隊士たちで話し合った結果、尾行に最適であろう山崎(その場にはいなかった)に白羽の矢が立ったのだった。
そういうわけで、昨晩栄えある送り提灯初日を終えた山崎としては勤務中にあくびも出ようものを、叱られてご立腹というわけだ。もちろんこの話は土方さんの耳にも入っているが、あの人が理不尽なのはいつものことだ。
不憫だなあと思いながら俺もひとつ、あくびが漏れた。
しかしその晩、予期せぬ事態が起こった。
娘を迎えに行った山崎が、娘の家がなかったと言って帰ってきたのだ。
「お前が道間違えただけだろ」
「違いますよ! 本当になかったんですって! 昨日は確かに家の建ってた場所がただの空き地になってて――」
必死に説明する山崎とそれを一切信じていない――それ以前にこの件にまったく興味がなさそうな――土方さんを横目に、俺は夜の見廻りに出た。
門を出たときふと何かの気配を感じ、はっとそちらを見ると、遠くで小さな提灯明かりと娘の後姿が闇に消えていった。
◇
最後の石を山の頂上に重ねた。途端、身体の奥から泉のように力が湧き、これまでないほどに高揚した。たった二週間のことだったのに、ずいぶん長い間努力したような気がする。
これでようやく、あの人に会いに行ける。
◇
俺が娘の後姿を見た翌日、娘は現れなかった。どうやらまじないは終わったらしかった。隊士たちは送り提灯役が山崎に決まった瞬間からこの件のことは忘れていたし、山崎も、出張から帰ってきた近藤さんが豪快に謝辞を述べたことで溜飲が下がったようだった。
ならばこれで一件落着――であるはずなのだが。妙に何かが引っかかっている。この腑に落ちなさは一体何だろう。
歯の間に何かが挟まったままのような気持ち悪さを抱えながら市中を巡回していると、ふと先日の娘ふたりが公園に座って話しているのを見つけた。
「土方さん、あいつらですぜ。件のまじない娘たち」
「あ? ああ、そう」
さも興味がなさそうに、ちらりとだけ見やって土方さんは先を行こうとする。
「今後は夜間に出歩かねえよう注意してきやすね」
「え? ……は?」
口にくわえた煙草どころか、見開いた目から眼球を落としそうな土方さんを置いて公園に入る。土方さんもあたふたしながらついてきた。
「ちょいと」
声をかけると、ふたりはいくらかの警戒を交えてこちらを見上げた。
「石集めはもう終わったのかィ」
訊くと、ふたりは少しきょとんとして互いに顔を見合わせ、同じ顔のまままた俺の顔を見上げる。
「石?」
「こないだ稲荷神社の近くで俺たち見て言ってたろ。まじないで屯所から石持ち帰るだのどうの」
そう言ってやると、ああ、と顔のこわばりが解けた。「聞こえちゃってたんですね」といたずらのばれた子どものように――実際そうなのだが――笑った。
「あれ、親に見つかっちゃって行けずじまいでした」
「え……」
背後で土方さんが今度こそ煙草か眼球を落としたのを感じた。
「そうじゃなくても結局暗いのが怖くて行けなかったと思います。このおまじない、最近ちょっと流行ってるんですけど、皆やろうとして同じように断念してるみたい」
ね、とふたりはくすくす笑う。
このふたりでないとしたら、屯所に来ていたのは、あの後姿は一体――。
俺の嫌な予感は間違っていなかったらしい。
「夜中はかどわかしだの辻斬りだのがうろうろしてやがるから家から出んじゃねえぜ」
注意するとふたりは素直に「はあい」と答えた。
「すいやせん、お待たせしやした」
振り返ると、煙草――残念ながら眼球ではなかった――を落としたまま硬直していたらしい土方さんがはっと我に返った。慌てて煙草を踏んづけ消化し、一緒に公園を出る。
「聞いたでしょう、さっきの話」
「え? あ、ああ」
「屯所に来てたのは一体誰だったんでしょうねィ」
「さあな。他のガキなんじゃねえの。流行ってるまじないっつってたし」
澄ました横顔でさらりとそう流した土方さんは、胸ポケットから取り出した煙草を逆向きにくわえた。面白いので黙っておくことにしよう。
娘たちは確かにこのまじないが流行っていると言っていた。が、大半が実行できていないとも言っていた。それに、あの娘たちが石を拾う場所を屯所に決めたのはたまたまだったはずだ。よって屯所に来ていたのが別の娘という可能性は考えにくい。土方さんだってそう思っているからこんなに動揺しているのだ。
確かあのまじないにはまだ続きがあった。〈二週間石を集めると三日後に恋が叶う〉。俺が屯所で誰かの後姿を見た晩が石集めの最終日だとすると、今日がそれから二日目後。つまり、恋が叶うというXデーは明日だ。
◇
大人の足だと屯所までの道のりはこんなに短いものなのか。あの人の気の宿る石を二週間かけて集め、三日間念じ続けてようやく、釣り合う身体を手に入れた。
今日も人っ子ひとりいない門をくぐり、いつもは石を拾って帰るだけだった庭を突っきって、沓脱石から廊下に上がった。忍び足であの人の気配のする方へ向かう。気配がどんどん濃くなって、ここという障子の前で足を止める。
明かりはついていなかった。そおっと障子を滑らせると、私の影が彼の布団に伸びる。後ろ手に障子を閉めて枕元に静かに屈み、顔をのぞき込んだ。
月明かりに浮かぶ顔は、ほおっと思わずため息が漏れるほど美しかった。きれいな弧を描いて伸びるまつげも、筋の通った鼻も。形のよいくちびるがわずかに開き、うっすら汗ばんだ額に前髪が張りついているのがとても艶やかだった。
そっと前髪をよけ、額から頬にかけてを撫でると眉が一度だけぴくりと動く。案外無防備なところがあるみたい。
日中よりもいくらか穏やかそうな顔に、ゆっくり顔を近付ける。
と、そのとき。
背中が燃えるように発熱した。
◇
深夜土方さんの部屋を張っていたら――日常的にひと晩中土方さんの命を狙っている俺からすれば朝飯前のことだった――、見知らぬ女が入っていった。しばらく様子を見るつもりだったが、すぐ土方さんの寝込みを襲おうとするので仕方なく背中から叩っ斬った。不法侵入罪現行犯、暴行罪未遂。
女は存外根性があり、ぐっと小さな声をひとつ漏らしただけで、震えながらこちらを振り返った。
「いいねえ、その苦痛に醜く歪む顔」
笑ってやると女はさらに顔を歪めた。
「そいつァ俺の獲物なんで、勝手に色々されちゃ困るんでィ」
刀にぎらりと月の光を反射させてやると、女は観念したらしく火の玉に姿を変え部屋から出ていった。
それが見えなくなるまで見送って、ふうと息をつく。刀を鞘に収めながら、まだ熟睡している土方さんの顔を見下ろした。
「本当に嫁入りに来ちまいやしたねィ」
女にもてるのは構わないが、こんな変なものまで呼び寄せてしまうのは勘弁してほしい。本人の言うには「たちの悪い女を相手にした覚えはない」らしいが、自覚がないだけなのではないかと思う。
枕元にしゃがみこみ、その顔を覗く。こっちは徹夜で命を守ってやったというのに、呑気にすやすや眠っている。無防備すぎやしないだろうか。
見ているうち何だかイラっとして、俺は油性サインペンを取り出した。
翌朝屯所はちょっとした騒ぎになった。
ひとつは、土方さんが洗面所で鏡を見て大噴火したから。もうひとつは、背中を大きく斬られた狐の死骸が屯所の門前に転がっていたから。
土方さんが廊下を俺の部屋まで一直線に駆け抜けるのを門の方から見届け、狐の死骸を悲しそうに見下ろす近藤さんの横を通り抜け、俺は答え合わせをしに街に出る。
屯所から歩くこと十五分。この間の稲荷神社に、土方さんがよだれかけを直してやった狐像はなかった。狐像の乗っていた石柱だけがあり、こんな小さな神社に狐像など最初からなかったと言われればそれで違和感のない光景だった。あのときの爺さんはボケてなどいなかったのか。
忘れられつつある神社。信仰する人間がいなくなった神は、どうなるのだろうか。
幼い娘たちの戯れのようなまじないに形を変えた信仰≠ノも力が生まれるのだろうか。その由来や、祈る先さえ知らずとも。
「だからって、悪い狐は勘弁してくだせえよ」
社の汚れを手で少し払ってやる。
「俺がこうやってたまに来やすから」
俺は持ってきた酒を供えた。さて、何を祈ろうか。