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映画大炎上の女装ネタです。
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   奪いたいくちびる

 取り出した口紅を見て土方さんがぎょっとした。
「ちょっと待て、何だその色は」
「美恥ビューティの新作205番、京紫です」
「そういうこっちゃねえんだよ! 何で紫⁉」
 さっきから白粉を塗ればやれ白すぎるんじゃないかだの、まつ毛を上げればやれ不自然じゃないかだの、散々文句をたれ、全体が仕上がっていくにつれようやく黙ったかと思えばまたこれだ。
「そんな色の口してんのフリーザ様しか見たことねえんだけど⁉」
「アバッキオもいますよ」
「どっちも男じゃねえか! ジャンプの話はやめろ、俺はマガジン派だ……つーかお前、面白がってんじゃねえだろうな? こっちは真面目に――」
「私だって大真面目ですよ。真剣に土方さんはこの色が映えると思って選んでるんですから」
 それだけ言っても、紅をたっぷり取る筆を不服そうに見つめている。
「文句言うなら、自分でゼロから女装しますか?」
 土方さんは言葉に詰まり、くちびるを尖らせた。
 数日前、真選組から化粧師の私のもとに「詳細は言えないが女装の手助けをしてほしい」という依頼があった。当日は自分たちで女装をするらしく、今日はそのやり方を伝授しに来た。
「まあ信じてください。奪いたい唇にしてみせますから」
「本当だろうな……」
「はい。じゃあもう喋らないで。口はちょっとだけ開けてくださいね」
 土方さんが観念して目を瞑り、口を開く。その輪郭を縁取って、中を埋めていく。
 土方さんの女装の方向性はすぐに決まった。きりっと吊り上がった眉や切れ長の目などのパーツは造形も配置も文句なしの美しさだけれど、どこをどう取っても男だったからだ。近藤さんとはまた違った男臭さが、土方さんにはあった。こういうタイプを下手にフェミニンに寄せようとすると浮いてしまい、それこそただ化粧をしているだけの男になりかねないので、必然的に選択肢は限られた。
 口紅を塗り終わり、懐紙で軽く馴染ませる。土方さんの案外ぷっくりとしたセクシーな下唇は紅の塗り甲斐があった。
「はい、できました。ほらやっぱり似合う」
 髪型は決まっていないので適当に選んだウイッグを被せて手鏡を渡すと、土方さんはこわごわ中を覗きこみ、けれどしばらく呆けたように自分の顔を見つめていた。
「どうですか?」
「……まあ、悪くはねえな」
「でしょ?」
 口調こそ素っ気ないものの、あきらかに表情が和らいでいくのを見れば満足しているらしいことはよくわかった。次第に気分が乗ってきたようで、鏡の前で様々に角度を変えて自分の顔を確かめながら浮かべる表情は、堂々と女性らしくなっていった。化粧師として喜ばしい限りだ。
 その様子を眺めているうち、口紅を主役にするつもりで抑えた頬紅をもう少し乗せてもいい気がしてきた。早速筆を手に土方さんの顔を覗きこむ。
「土方さん、ちょっとすみません」
 すると、土方さんがぱっと上目遣いにこちらを見た。土方さんのくちびるが弧を描き、視界が揺れるほど心臓が強く鼓動した。
「どうだ、奪いたいくちびるか?」
 低く囁く声がどこか甘いのは、女になりきったような気分でいるからだろう。化粧をした自分に酔い、女として化粧師に尋ねている。
 頭ではきちんとそう理解している。なのに、その理解ごと何もかもをなぎ倒す圧倒的な色香が、化粧などものともせず土方さんが男であることを直接本能に叩きつけてくるのだ。紫を使いこなすクール美女に仕上げきったという私の化粧師としての自負やプライドを粉々にされてなお心奪われてしまう暴力的なまでの雄としての艶を、惜しげもなく溢れさせながら。
「……はい」
 私の返事に土方さんが満足そうな顔をして、苦い気持ちになる。
 女として、男の土方さんに答えてしまった。
 その罪悪感と無力感、化粧師としても女としても未熟であることを思い知らされた屈辱感、女装をした土方さんに男を感じてしまった背徳感ともつかないよくわからない感情、様々な気持ちが胸の内でぐちゃぐちゃに混ざり合っている。
「……土方さん、頭はこれにしましょう」
 耐えきれずに私は土方さんの被るウィッグを奪い、ボリュームたっぷりの二百三高地髷を代わりに被せた。
「はあ? ……いや、でも待て。あそこに行くならこういう銀座ママ的な方が馴染むかもしんねえな」
 銀座のママが馴染む場所とは銀座以外に一体どこがあるのか。
 考えを張り巡らせる土方さんの横顔は、こんな湯婆婆のような髪型をしていてさえ美しく、私は鼓膜の真横に心臓が生えたのかと錯覚するほどまだ強く激しく脈打っていた。