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2026/5/30のWebオンリー内企画で展示させていただいたお話です。
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しおしおになりながらたどり着いた食堂で、唯一の希望だった唐揚げ定食は売り切れていた。残っているのは野菜定食かうどんかそば、麺ならせめてラーメンがよかったが、男所帯では常にジャンクなものからなくなっていく。
外に出る気力も残っておらず、仕方なく野菜定食を頼み、人のまばらな食堂内で最も人のいないテーブルによろよろと腰かけた。温かい味噌汁は疲れきった五臓六腑に染み渡るが、やっぱりにんじん玉ねぎキャベツじゃ俺の心は満たされない。
潜入捜査に大失敗した。しかし気が滅入っているのは、今回の失敗が百パーセント自分に非があるとも言えないからだった。もちろん自分にしか非がないときだって気は滅入るが、そういうときは今みたいに腹の奥で何かのわだかまる嫌な感じがない。がっかりしながらも次こそはという前向きな気持ちも同時に湧いてくるものだ。
今回の失敗の原因は、潜入中の俺の動き以外にも、別の監察による下調べ、副長への伝達、色々なことがうまくかみ合わなかった部分も大きかった。不運が重なった、と言い換えてもいい。今から潜入中に戻れるのだとしてもうまくいかないかもしれない。
それなのに、副長に頭ごなしに怒鳴られた。俺だって反論はしたし副長もそれに一理あると思ったような顔を一瞬していたが、振りあげた拳の下ろしどころを見失ったらしく、最後まで俺の言い分は受け入れてくれなかった。
たまにあることではある。副長の理不尽だっていつものこと。でも。だからといって歳下上司の未熟さをすべて受け流せるほど俺は人間ができていない。
なのに定食は食べても食べても野菜ばかり。気休め程度の薄切り肉は入っていないも同然。延々続く物足りなさ。シャキシャキシャキシャキ。ああもう、うさぎじゃねえんだぞ。
できるだけ無心に野菜を咀嚼していると、ふいに目の前に野菜定食の乗ったトレイが置かれた。空いている席が山ほどあるなかわざわざここを選ぶ、それだけで、顔を見ずとも誰かわかった。そして同時に少しうんざりする。どうしてよりによって……今日でなければ別に構いはしなかったのに。
「お疲れさまです。帰ってきてたんですね、おかえりなさい」
顔を上げると、目が合い微笑まれる。
女子というのは常に誰かと一緒にいないと落ちつかないのだろうか。目の前の、決して派手とはいえない、けれどもそれが監察らしいといえばらしい彼女が座るのを眺めながらそう思った。
彼女は、何年か前に監察見習いとして真選組に入隊した。当初俺の下につき、右も左もわからなかった彼女は、仕事を始め休憩時間も飯時も、何をするにも俺の後についてまわっていた。その様子が生まれて初めて見たものを親だと認識する雛鳥みたいだと皆からなぜか俺がからかわれたが、そもそも、その原因はあいつらにも少しはある。真選組初の女隊士ということで長らく皆が距離感を測りかねていたうえ、業務柄監察外との関りも他と比べて薄く、彼女がなかなか隊全体に馴染めなかったからだ。要はあいつらが積極的に輪に入れてやればよかったのだが、そこは長らく男所帯だったので仕方のない部分もある。
まあとにかくそういう経緯があり、とうに独り立ちした今も、彼女は俺の後をついてまわる癖が抜けきっていない。
そんな彼女を後輩として可愛らしく思いはするのだが、しかし、今日ばかりは顔を合わせたくなかったのだ。
「ただいま。大失敗して副長にどやされちゃったよ」
ははっと乾いた笑いを添え、努めて明るくそう答えた。
すると、彼女からすうっと笑顔が消えていく。
「あ……そうだったんですね」
声色こそ悪いことを訊いてしまった申し訳なさを含んでいるが、返事はそれきり、黙って野菜を食べはじめる。返事に困っているというよりも、ものすごい勢いで興醒めしたような、そういう感じで。
これだから、顔を合わせたくなかったのだ。
俺が落ちこんでいるとき、彼女はいつもこうだった。普段は愛想がいいし、気が利かないわけではないはずなのに、どうしてか俺がミスをしたときに限って塩対応になる。
別に何も、よしよし慰めてほしいわけではない。ただ、せめて労うような言葉ひとつくらいあったっていいだろうと思うのだ。後輩として。同じ職場で働く人間として。
胸の内に燻っていた苛立ちに、ぱちっと小さな火花が散った。
「冷たいよな」
いつもは受け流す彼女の態度を、今日はそうできなかった。彼女が驚いて手を止める。
「いっつもそうだよな、お前」
やめとけ、とどこか遠くの方で思う俺は、その直後、気まずそうな顔をするだけで何も言わない彼女を見て霧のように消えていった。そんなつもりはないと弁解すらしないことに、苛立ちがさらに募る。
初めの頃はこんな風じゃなかった。いつからか、気付けばこんな態度をとるようになっていて、その理由を、俺はなんとなく察していた。
「俺のことなめてんだろ」
「なっ、なめてません!」
「どうだか」
隊内になんとなく漂う、山崎はなめてもいい、そういう空気。彼女もそれに蝕まれたのだろう。まあマウンテン殺鬼なんていう漆黒の歴史を持つ男をいじらない手はないが、でも、悔しいじゃないか。自分が手塩にかけて育てた後輩にまでそんな風に扱われるのは。悔しいし、寂しい。その気持ちを、今日受けた理不尽への不満が後押しして腹の奥から奥から湧き出てくる。
それを八つ当たりと呼ぶのだと、頭ではわかっているが。
「だってお前、吉村たちにはちゃんとしてんじゃん」
「それは……」
そう、俺にだけ、なのだ。こんな態度をとるのは。そんなの、なめている以外の理由があるか?
嫌な沈黙がふたりの間を流れていく。
彼女はあきらかにうろたえていた。そりゃそうだろう。言い訳のしようもないのだから。
しかし、言いたいことを言ったせいか、彼女の瞳が潤んできたせいか、俺はふと少し冷静になった。こんな風に追いつめるような真似をして、俺は何がしたいんだ。こんなやり方で非を認めさせて、次からあからさまに気を遣われれば満足なのか?
何をやっているんだろう。
急に情けない気持ちになり、そうすると後悔が押し寄せた。ああ、今日はもう、何をしてもだめな日だ。
「……ごめん、言いすぎた。忘れて」
いまさら謝ったところでこの空気はもうどうしようもない。「あっちで食べるね」トレイを持ち席を立つ。すると。
「だって山崎さん、ちょろいんだもん」
「……はい?」
「山崎さん、落ちこんでるときに優しくしたらすぐころっといっちゃうじゃないですか。幸とかいう得体の知れない女の肉じゃが平気で食べちゃうし、山崎さんに言ったわけでもない励ましの言葉でからくりなんかに恋しちゃうし」
何の話をされているのかまったくわからなかった。弁解という風でも、ましてや謝罪という雰囲気では決してない。だったら何の話なのか。あまりに唐突で、この話をする意味も意図も見当もつかない。
「それが一体何――」
「だから、山崎さんに優しくして好きになられたら困るから、優しくしないようにしてるんです」
「はあ?」
本当に、何を言っているんだ? 俺、この子に何かしたっけ?
腹も立ったが、それ以上にショックだった。雛鳥のようとまでまわりに言わせた子にそんな風に思われていたことにも、向けてもいない好意を迷惑がられていたことにも。
「何だよそれ。そんな心配しなくていいよ」
これ以上顔を突き合わせいては声を荒げてしまいそうで、すげなく答えて背を向けると、後ろで椅子を引く大きな音がした。
「私はそういうのじゃなくて、ちゃんと正規ルートで好きになってほしいんです!」
まだやるのか。突っかかるような言い方に俺は反射的に苛立ち、振り返った。
「おい、それどういう意…………え?」
言いながら、しかし尻すぼみになっていく。
え、まじで、どういう意味?
言い逃げるように彼女が走り去っていく。俺は呆然と立ち尽くしながらそれを見送った。
好きになられたくないって……でもなってほしいって……言った、よな?
幸さんとかたまさんとか言っていたが、思えば彼女が俺にこんな態度をとるようになった時期も確か――。
次第に彼女の言動が頭の中で繋がってゆく。そうしてようやくすべてを理解した俺は、一気に身体がかっと熱くなった。
どうしよう。俺って本当にちょろいらしい。