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Twitterに上げたお話です(2022/09/24)。
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Say That You Love Me!!
「それは本当かとっつぁん……」
近藤さんが顔に影を落とし、トシを見遣った。本人は興味がなさそうに恰好つけて煙草をふかしている。私はそれを、隊士たちに紛れて廊下から覗く。朝一番の屯所。
トシが見合いを断られたという。それも、釣書を送った段階で。
「別に取り立てて騒ぐことじゃねえだろ。こんな血生臭え仕事してんだ、嫌がる女だっているだろ」
「写真で断られたとは欠片も思ってねえんですねィ、さすが土方さん」
「別に理由は何だっていい。また休日が潰されずに済んで助かったよ」
多少投げやりにも見えるトシに、それがなあ、ととっつぁんが口を開く。
「その写真が理由なんだよ」
「え!?」
その場の全員が固まった。私とトシを除いて。さすがは見た目で判断しない男、これくらいでは動じない。
「好みじゃなかったんだろ。つーか、んなことわざわざ言いに来たのか?」
「ああ? これ、お前がやったんじゃねえのか?」
とっつぁんが件の写真の挟まれた釣書をトシに手渡した。怪訝な顔でそれを開くや否や、トシの顔が一瞬にして青ざめた。
「えっ、ちょっ、な……はあ!?」
あまりの慌てぶりに近藤さんと総悟くんが左右から覗き込み、途端に大笑いした。
「これっ、総悟、お前だろ!?」
「濡れ衣でさァ。そんな写真持ってたとしても、こんな尖った使い方思いつきやせんぜ」
「わざわざこんな写真を送ってくるほど嫌がっていることはわかりました、だとよ。ったくよお、フォローする俺の身にもなれっつーの、お前だって役職長いんだからその辺わかるだろ」
「いや待てとっつぁん、俺は何も……」
一体どんな写真なんだと浮き立つ隊士たちの輪から、私はそっと離れた。
その日の夜、廊下でトシとすれ違った。
「破談になってよかったね」
満面の笑みで言ってやると、渋い顔をした。
「……何であの写真を持ってやがる」
「たまたま」
そう、たまたま手に入れた。くしゃみをする直前のような、顔が絶妙に歪みきった瞬間の、奇跡のように不細工なトシの写真を。それと釣書に元々挟んであった写真とを、私がこっそり入れ替えたのだ。
「お前なあ……」
みるみる、口の中が噛み潰した苦虫まみれになったような顔になっていく。それでもどうして、とは訊かない。まあ、訊いてこようもんならトシ・即・斬だ。
これまでもトシには何度か縁談があった。最初私は、それでトシが結婚するなら仕方がないと思っていた。見合いでもなければこの男は結婚なんてしようとしないだろうし、そもそも私は彼女でも何でもないただの同僚に過ぎなかったから。ただ、お互いなんとなく、気にかかる存在だっただけで。
そんな風に横目で見送るつもりだったのに、トシがわざわざ私に伝えてきたのだ。「見合いを進める気はねえから」と。そんなことを、大真面目な顔で、ほんのわずかに照れながら。それから私たちは恋人のような間柄になった。
恋人のような、と曖昧であるのには理由がある。ひとつは言葉の約束をしていないこと。そしてもうひとつは、それ以降も定期的に縁談が舞い込んでくること。
近藤さんに縁談がなくなったのは、たとえ片想いでも心に決めた相手がいると宣言したから。一方トシに未だ縁談があるのは、つまり、そういうことだ。
いつとっつぁんに言ってくれるのかともやもやする時期も過ぎた。私が気に入らないのは、そのくせ縁談があるたび「受けない」「断る」「興味ねえ」と、いちいち言い訳のように伝えてくることだ。初めは喜びもしたけれど、今や苛立ちしか生まれない。
それに、破談になるまで毎回まあ時間がかかる。もちろん私だって、こういう縁談を断ることが、カジュアルな恋人同士の別れのようにはいかないことくらいわかっている。だからなおさら、とっつぁんに一言言えば済むのに言わないこと、それでいて、私に期待させる態度を取ることに耐えかねていた。
そうして、今回の縁談がきたときからトシを避け、今に至る。
「……悪かったよ……でも、ああいうのは、その……断るのもタイミングとかが難しくてだな……」
男というのはどうしてこうポイントがずれているのだろう。白目をむいてしまいそうだ。
「断ってほしいなんて私一回も言ったことないけど?」
「……でも思ってるからやったんじゃねえのかよ」
「……」
私は、どうしたかったのか。
破談にさせたかった。意趣返し。やけくそ。どれもあった気持ちだ。けれどそれよりも、あの写真でも会いたがる女が、マヨラーでもびびりでもへたれでも構わないという女が、私以外にいるのなら、踏ん切りがつくかもしれないと思ったのだ。
まあ、結果はこの通りで、この期に及んで私は、目の前の男に心が揺れている。
「むしゃくしゃしてやっただけ。後悔はしてない」
場にそぐわないふざけた返事が、かえって壁を感じさせたらしい。きまりの悪そうな、少しひるんだような、弱った顔になる。
「……わかった」
それだけ言ってトシは部屋に戻っていった。
何のアクションもないまま、それから数日が過ぎた。もしかするとトシは、あれで終わったつもりなのだろうか。最後の「わかった」は、私の拒絶を了承したということだったのだろうか。まさかと思う一方で、ふわっと始まったので終わりもこんなものなのかもしれないとも思った。まあ、それならそれで、腹は立つけれどもういい気もする。お互い、何事もなかったかのような顔をして過ごしている。
その日、娘に関する重要任務があるととっつぁんが屯所にやってきた。近藤さん、トシ、総悟くんに加え、女手として私も呼ばれた。
二時間ほど話し、そろそろ解散という頃にトシが口を開いた。
「とっつぁん、ちょっといいか」
「何だ? 手短に言え」
「縁談なんだが……こないだのでもう終いにしてくれ」
その場の全員が怪訝な顔でトシを見る。もちろん、私も含めて。
「こいつと、その……結婚するつもりなんだ」
部屋が水を打ったように静まり返った。
思わずトシの指さす方を確認する。どう見ても、私を向いている。その指を追って三人が無言のまま私に注目した。私は困ってトシに視線を遣るけれど、本人はただすまして煙草をふかしている。
「……いや、何でだァァア!?」
そのすまし顔に腹が立って煙草を奪うと、ようやく目が合った。
「結婚って何の話!?」
「はあ!? お前そういうつもりであれしたんじゃねえのか!?」
「え……? 何言ってんのか全然わかんない……ていうかその前に私たち付き合ってましたっけ!?」
「なっ、は……はあ!? 嘘だろお前!?」
「おーい、痴話喧嘩すんなら俺ァ帰るぞ」
「あっ、待てとっつぁん、縁談は……」
「まずちゃんとふたりで話し合って、それから出直せ」
一しか知らない男が珍しくまともなことを言う。いや、一しか知らないからこそ、それが一番手っ取り早いことを知っているのかもしれない。
ともあれ。終わったどころか、私の手に負えないところまで進んでしまっている話を紐解いていかなければならない。近藤さんと総悟くんの好奇の目を振り払い、場所をトシの部屋に移した。けれど、一体何から話せばいいのやらわからず、しばらくトシが煙草を吸うのをただ眺めていた。
先に痺れを切らせたのはトシだった。
「……お前、俺のこと何だと思ってたんだよ」
「何なんだろうって思ってたけど……? 何も言われてないし」
「言わなくてもわかんだろ……その、態度とか、雰囲気とか、そういうあれで」
「わかるか! ていうか、じゃあ、百歩譲ってちゃんと付き合ってたとして、それでもいきなり結婚はないでしょうよ!?」
「ああ? だってお前、縁談にへそ曲げてたろ」
「へそ……いやだからって何でそれで結婚……?」
「縁談止めてもらうには、結婚決めてるって言うしかねえだろ」
「……いや、彼女いる、でよくない?」
「よくねえだろ。せめて結婚を視野に入れてるぐらいは……。だから今まで一旦は受けて、四苦八苦しながら断ってたんだろうが」
お前ならその辺わかってると思ってたのに……と煙草を押し潰しながらぶつぶつ言う。
聞きながら、なんとなく話が見えてきた。つまりトシは、自分と私の認識が同じだと信じていたために、私のあの縁談妨害行為を「早く結婚してくれ」という無言の圧力だと受け取ったわけだ。それで腹を括った、ということだろう。
長い、長いため息が漏れた。
話が飛躍した論理はわかった。けれど、それにしたって何か言うべきなんじゃないのか。プロポーズでなくてもせめて、とっつぁんに伝えるにあたっての相談とか、私の意思確認とか。
言葉が足りない。絶望的なまでに、圧倒的に。
「……じゃあ私たち、付き合ってる、でいいのね?」
「いいも何もこっちはずっとそのつもりだったんだよ」
そう、言葉が足りなすぎる。私は、トシの気持ちさえまだ聞いていないのだ。
「……で、縁談は止めてもらう、でいいんだな」
それなのに結婚がどうのなんて、こんなおかしな話もない。
呆れてしまうし、腹も立つ。けれど、やっぱり離れ難い。
「トシは結婚したいの? 渋々してやるっていうスタンスなら結構なんですけど」
「……そりゃ……い、嫌々するもんじゃねえだろ」
「したいかしたくないか訊いてるの。ていうか、そもそも私のことどう思ってるかも、まだ聞いたことないんだけど?」
初めから言ってくれていたら、話はもっとシンプルだったはずだ。まあ私も、訊けばよかったのだけれど。
ずい、とトシに近寄って顔を覗き込む。そのままじっと見つめ続けていると、みるみる耳の先まで赤くなっていく。
「いや、お前……好きでもなけりゃ、その……」
口を手で覆い、もごもごとごまかしながら逃げ道を探している。けれど、好きだとはっきり言うまで絶対に逃がしてやるものか。