月日の経つは活字を拾うより速かに、器械の廻るより早し。その年の夏となりしが四五月頃の気候のよき頃はさてありしも、六七月となりては西洋擬なぞらいの外見煉瓦蒸暑きこと言わん方なく、蚤のみの多きことさながらに足へ植えたるごとし。呉牛ごぎゅうの喘ぎ苦しく胡馬こばの嘶いななきを願えども甲斐なし。夜はなおさら昼のホテリの残りて堪えがたければ迚とても寝られぬ事ならば、今宵は月も明らかなり、夜もすがら涼み歩かんと十時ごろより立ち出で、観音へ参詣して吾妻橋の上へ来り。
四方を眺むれば橋の袂に焼くもろこしの匂い、煎豆いりまめの音、氷屋の呼声かえッて熱さを加え、立売の西瓜すいか日を視るの想あり。半ば渡りて立止り、欄干に倚よりて眺むれば、両岸の家々の火、水に映じて涼しさを加え、いずこともなく聞く絃声流るるに似て清し。月あれども地上の光天をかすめて無きが如く、来往の船は自ら点す燈におのが形を示し、棹に砕けてちらめく火影櫓行く跡に白く引く波、見る者として皆な暑さを忘るる物なるに、まして川風の肌に心地よき、汗に濡れたる単衣ひとえをここに始めて乾かしたり。