亜双義一真
2021/10/17
***=夢主
遅い。
件の事件現場にて待ちぼうけをくらっていた亜双義は、ドタバタと部屋の外から聞こえてきた騒がしい物音に視線を向ける。次の瞬間、埃っぽい部屋の扉が勢いよく開け放たれたかと思えば、そこには両手に沢山の売り物を持った助士が立っていた。クッキーやパンに始まり、なぜかよく分からないガラクタやよく分からない異国の置物まで、様々な物を抱えた彼女に亜双義は思わず深いため息が出る。
「・・・・***。その締まりのない格好はなんだ」
「ち。違うんです、一真さん!フレスノ街は道端に物売りの方が沢山いて・・・・気づいたらこうなっていたんです!」
どうやら、フレスノ街の通りにいる物売りたちに押し売りされた結果のようだ。助士は買ったものを《倫敦警視庁》の人間に律儀に配って回ると、亜双義にも「クッキー、食べますか?」と聞いてみた。しかし、案の定「いらん」と即答されてしまい、小さくショックを受けた彼女は「そういえば、一真さんは甘いものが得意ではありませんでしたね」と反省している模様。その反省点が少々ズレていることに、亜双義は今更ツッコむ気さえ起きない。
「・・・・まあ、だが。オマエのその金払いの良さで明日の証人たちからも滞りなく話は聞けそうだ」
そんな助士に目を輝かせながらついてきた三人の物売りたちに亜双義は目を向ける。彼らこそが明日の裁判で証言をする“目撃者”だ。そのうちの一人・・・・特別唇のねじれた男、ゴシップが両手を揉みながら亜双義に言う。
「いやあ。フレスノ街にこんな金払いの良い方が来ることは滅多にないもんで、どこも大騒ぎでさあ。そこのあんちゃんも、一つ買っていかねえかい!」
「ちなみに。ゴシップさんは楽しい話題を提供することで日銭を稼いでいるそうです」
「楽しい話題、か。あなたにはアイニクだが・・・・その話題は明日の法廷で語ってもらおう」
イマ重要視するべきは、明日の裁判で行われる証言についての確認である。くだらない与太話に華を咲かせている暇はないと踏んだ亜双義に、咄嗟に横槍を入れてきたのは他でもない助士だった。“Curiosity killed the cat.(好奇心は猫をも殺す)”とは英国で馴染みの深い言葉だが、この助士もどうやら好奇心に殺されるタイプの生き物のようである。
「一真さん!楽しい話題ですよ!今買わないで、どうするんですかっ!」
「そうだぜ!そこのあんちゃん、話題にも消費期限ってものがあんでさぁ!」
「・・・・そんなに買いたいのなら。オマエが買ってみろ、***」
「え!で。では・・・・お言葉に甘えて・・・・」
助士は期待に満ちた顔でゴシップに6ペンスきっちり払う。亜双義はその様子を微塵も期待せずに眺めていた。
「最近、倫敦動物園でライオンの双子の赤ちゃんが生まれたんだってサ!」
「わあ!実におめでたいことですね、一真さん!」
「・・・・・・・・キサマ。自分の目的を忘れてはいないだろうな?」
案の定の与太話に喜色満面の笑みを見せる助士は、ある意味幸せなのかもしれない。このような“物売り”たちが生活できるのも彼女のような存在のおかげだと思えば、この世になくてはならない存在なのだろう。包括的に見れば、世の中にはムダが一切無いのだから不思議なものである。今の亜双義にとっては、ムダ以外のなにものでも無いが。
「・・・・楽しい話題は置いておくとして。そちらの淑女は、何を売っているのですか?」
「お?お?やっぱり気になっちゃう?皆、アタシのこと放っておけないからナ」そう言って大量の花火を取り出したのは巷で“ビーナス”と呼ばれている物売りの女性だ。彼女は子供たちに1個6ペンスの値段で花火を売っているらしい。その話を聞いた助士は、思わず懐かしい昔を思い返す。
「・・・・花火、ですか。そういえば、大日本帝国で見た花火はとても綺麗でウットリするものでした」
「・・・・覚えている。オマエが花火が上がるたびに驚いて泣きわめくものだから、オレは花火どころではなかったが」
「ううううう・・・・わざわざ恥ずかしい思い出を掘り返さなくても・・・・今は、これっぽっちも驚いたりなんてしませんから!」
助士がそう息巻いた瞬間、ビーナスが試しに火をつけた花火がバチバチっ!と大きな音を立てて火を噴いた。その瞬間に「きゃあっ!」と驚く助士に、亜双義はまたもやため息をつく。
「ちなみに。この花火を100コ集めると、あなたの職場も爆破できるかもしれないゾ?」
「職場を爆破させていいことがあるのでしょうか?」
「アタシにも分からないケド。労働に取りつかれたヒトたちは血眼で買って行くヨ。“不自由”ってツラいネ?」
「うううん・・・・産業革命の闇は深いですね・・・・」
「そもそも。これしきの花火100コで爆破できるものなど掘っ建て小屋しか思いつかぬが」
「漱石さんの下宿部屋ぐらいは爆破できるかもしれませんね」
「・・・・誰だか知らないが、他人の家を爆破しようとするのはやめておけ」