「お願い!はづの代わりに藍ちゃん行ってきて!」
ただいまぁ、とリビングのドアを開けてすぐだった。昨夜から熱を出して寝込んでいたはずの妹がそう言ってきたのは。
「?」
「葉月の好きな選手が出るっていう大会よ。ほら、お父さんと一緒に行くって言ってた」
「インハイ」
「今日熱が下がったら連れてくって約束してたけど、まだ下がらなくて行けなくなったのよ」
あからさまに落ち込んでいる小さな背中を見て、この人すごいの!と目をキラキラと輝かせながら話していたことを思い出した。
いつ、どこで、その人を見つけたのかは分からない。
ただ、彼に憧れてバレーボールを始めたのは確かだった。あんなに幼馴染が一緒にやろう!と誘ってもやらなかったのに、今では同じポジションになる!って毎日のようにボールを触っているのだ。今もそうだ。ボールを抱きしめて項垂れている。
「稲荷崎の試合。絶対観たいって言ってたのに、どうして代わりに行ってほしいの?」
「………だって、"また"はなくなるかもしれないもん。大会の試合なら撮ってきてもらうのいいって徹くんが言ってたから」
言いにくそうに、それでも葉月が口にした言葉。それは幼いながらもちゃんとあの日のことを理解しているからこそ出た言葉なのだろう。
「そうだね。"また"はないかもしれないもんね。いいよ。代わりに行ってきてあげる」
「ほんと?」
「本当」
「やったぁ!藍ちゃん、ありがとう!」
「だから葉月はちゃんと風邪を治すこと。いい?」
「うんっ!」
嬉しそうに頷くと、葉月はボールを抱えてバタバタと自分の部屋に走っていった。そんな姿を見て、ぷっと笑いそうになる。ちゃんと忘れずに部屋に持っていくんだもん。こんなときくらい、置いていけばいいのに。まあ、でも、バレーを始めたばかりの頃はそんなものだ。私もそうだったから。
ここはアイドルのコンサート会場かと思ってしまうほど、"あつむ" "おさむ" という名前が書かれたうちわを持つキラキラした格好をする女の子がたくさんいるが、紛れもなく、全国区の学校が集うIHの会場である。
「ねーえ」
「……」
「君、可愛いね!」
「……」
「ここで会ったのも何かの縁だし、連絡先教えてくんない?」
「嫌です」
「え〜、いいじゃん!偵察に来たんでしょ?俺ら結構強いしお得だと思うけど」
「結構です」
ああ、最悪。なんでこっち側に来てしまったの、と悔やんでも時間は巻き戻らない。