「お願い!はづの代わりに藍ちゃん行ってきて!」

ただいまぁ、とリビングのドアを開けてすぐだった。昨夜から熱を出して寝込んでいたはずの妹がそう言ってきたのは。

「?」
「葉月の好きな選手が出るっていう大会よ。ほら、お父さんと一緒に行くって言ってた」
「あ〜、インハイ」
「今日熱が下がったら連れてくって約束したじゃない?でも下がらなくて行けなくなったの」

あからさまに落ち込んでいる小さな背中を見て、この人すごいの!と目をキラキラと輝かせながら話していたことを思い出した。

いつ、どこで、その人を見つけたのかは分からない。
ただ彼に憧れて妹がバレーボールを始めたのは確かだった。あんなに幼馴染が一緒にやろうと誘ってもやらなかったのに、今では同じポジションになるの!って毎日のようにボールを触っているのだ。今もそう。ボールを抱きしめて項垂れている。

「稲荷崎の試合。絶対観たいって言ってたのに私が代わりに行っていいの?」
「………だって、"また"はなくなるかもしれないもん。大会の試合なら撮ってきてもらうのいいって徹くんが言ってたから」

言いにくそうに、それでも葉月が口にした言葉。それは幼いながらもちゃんとあの日のことを理解しているからこそ出た言葉なのだろう。

「そうだね。"また"はないかもしれないもんね。いいよ。代わりに行ってきてあげる」
「ほんと?」
「本当」
「やったぁ!藍ちゃん、ありがとう!」
「だから葉月はちゃんと風邪を治すこと。いい?」
「うんっ!」

嬉しそうに頷くと、葉月はボールを抱えてバタバタと自分の部屋に走っていった。そんな姿を見て、ぷっと笑いそうになる。ちゃんと忘れずに部屋に持っていくんだもん。こんなときくらい、置いていけばいいのに。まあ、でも、バレーを始めたばかりの頃はそんなものだ。私もそうだったから。



◇ ◆ ◇




アイドルみたいにすっごく人気なんだよ!って葉月が話していた通り、一部の観客席には "あつむ" "おさむ" と書かれたうちわを持つ女の子たちがたくさんいた。ここはコンサート会場なのかと錯覚してしまいそうになるが、紛れもなく全国区の強豪たちが集うIHの会場なのである。

「藍ーーー!」
「?」

知り合いはいないはずなのに、遠くから名前を呼ばれた気がして思わず立ち止まってしまった。辺りを見渡しても周りは知らない人だらけで、やっぱり聞き間違ったんだと思ったのとほぼ同時だった。

「やっと見つけた!」
「っ、夏樹くん!?」
「爽から連絡あってん、保護しとけって。相変わらず過保護なことで」
「大丈夫なのにね」
「女に飢えた男どもが群がる場所でもあるからな。心配なんちゃう?」
「そんなことないと思うけど」
「ほら、見てみい。俺と一緒に歩いとっても野郎どもの目は藍しか見てへんやん。俺がおらんかったら、ナンパされまくりやぞ」
「それはやだ」

彼は小さい頃に関西に引っ越してしまった従兄の道本夏樹である。なんでも開催地が大阪だからと全校応援で来ていたらしい。

「それで葉月ちゃんの代わりに来たんや」
「代わりもあるけど、ちゃんと観たかったかなんだよね。はづが夢中になってる選手のこと」
「藍も大概やな」
「?」
「可愛い妹が夢中になってる男がどいつか見に来たんやろ?」
「なっ、ちがうから!興味なかったバレーを夢中にさせた人のプレーを観に来たの!」
「どっちでもええわ。で、誰なん?そいつ」
「………稲荷崎の宮侑」
「なんて?」
「稲荷崎の宮侑って人。夏樹くん知ってる?」
「いや、知らん。知らんけど、葉月ちゃん絶対間違っとるって!あいつに夢中なわけあるかい!」
「宮侑のこと、知らないんじゃなかったの?」
「………おん。知らん」

口では知らないと言っているが、夏樹の目は誰が見ても嘘を付いていると分かるくらい泳ぎまくっていた。そこまでしても知らない人だと言い切りたいなんて、一体どんな人なのだろうか。

「探してる人って、彼女だったの?夏樹」