秘めた想いが実るまで





「及川?何やってんの早く行くよ」
「いつまで及川呼びなの!?もう藍ちゃんも及川ですけど!」
「ずっと及川って呼んでたんだから今更変えれなくない?」
「そこは頑張ろ?」
「んーーー、気が向いたら。てか、本当に置いてくからね。フライト間に合わないとか絶対イヤ。日本帰りたいもん」

そんなこんなでバタバタしながらも無事に夫婦仲良く飛行機に乗り込んで、日本に向けて出発。離陸直後は楽しくお喋りなんかしていたものの、なんか静かになったなと思ったら気持ち良さそうに眠る彼女の姿にふと、出会った頃の事を思い出していた。


◇ ◆ ◇


「ねえねえ、名前なんて言うの?俺は及川徹!よろしくね!」
「よろしく」

北川第一中学の入学式終わりの教室で、隣に座る子があまりにも綺麗で大人びていて思わず話しかけてしまった。名前聞いたのに全然教えてくれなくて、結局最初のHRで自己紹介したときに名前知って覚えたんだよね。

「紫藤さん、おはよう!」
「おはよ」
「委員どうするか決めた?俺部活やりたいし迷ってるんだよね〜」
「やりたい人がやればいいんじゃない?」
「立候補制にしたら絶対決まんないやつじゃん」

案の定、学級委員長が決まらず立候補制から推薦制に切り替わった。まだ入学して日数が経っていない状態で誰かを推薦するなんてハードルが高すぎて一向に決まる気配も無く、刻一刻と迫る部活の時間に俺は焦っていた。頭の中では、終わったと同時に教室を飛び出せば始まる時間の前には体育館に着くというシミュレーションを何度も何度も繰り返していた。

「先生」
「どうした紫藤」
「私やってもいいですよ、委員長」
「本当か!」
「このまま待ってても決まらないと思うんで」

そして、彼女は3年間同じ理由で学級委員長をやり続けてくれて、気付けば彼女のあだ名は "委員長" になっていた。もちろん俺もそう呼んでいた内の一人だ。

「ね、ね、委員長はさ高校どこにすんの?やっぱり白鳥沢?」
「なんで白鳥沢?」
「そんだけ成績良かったら白鳥沢かなって」
「行かないよ」
「え」
「白鳥沢には」
「え?じゃあ、ど」
「及川ー、部活行くぞー」
「………」
「行かないの?」
「……行く」
「置いてくぞ」
「待って岩ちゃん!今行く!じゃ、また明日ね」
「また明日」

卒業までに何度も聞く機会はあったはずだった。でも、この頃の俺はタイミングを逃すと聞くに聞けなくて結局彼女がどこに進学するのか分からないまま北川第一を卒業してしまって、ひっそりと抱いていた彼女への想いに蓋をしたのを今でもよく覚えている。


◇ ◆ ◇


「………なに?」
「ごめん。起こした?」
「うん、起こされた」
「ごめんって」
「あっち」
「?」
「及川はあっち向いて。視線がうるさい」
「ぷっ、くくく」
「そんな面白かった?」
「ううん。同じこと昔も言われたな〜って」
「そうだっけ」
「そうですよー。及川さんはあの時とーっても傷付いてたからね?」
「ごめん?」
「はは、俺藍ちゃんのそういうとこ好きだよ」
「知ってる」
「起こしちゃってごめんね。もう起こさないように頑張るから、寝てていいよ」
「そうして。そんで及川も寝なよ。時差ボケなるよ」
「ん。おやすみ」

そう言うとすぐに聞こえてきた愛しい寝息にふふっと笑みが溢れる。チラッと横を見ればさすが彼女だ。寝顔が見れないように毛布に包まっていて、今度はふはっと笑えてきて、可愛すぎて思わず抱きしめたくなって腕を伸ばしたところでピタッと止める。ダメダメ。起こしたらダメだってば。ぎゅーってしたい欲を必死に抑えて抑えて抑えて、眠れそうもないがいつの間にか寝てるだろうと目を閉じた。


◇ ◆ ◇


もう二度と会えることはないと思っていた彼女と再会したのは、進学先の青葉城西の教室だったけ。感動の再会なんて夢のまた夢で、実際は超ドライ。感動のかの字も無い。まあ、そこも他の子と違っていいなって思うところで、だから席が近いことをいいことにぼーっと彼女を眺めることが多くなっちゃうんだよね。

「及川」
「?」
「視線がうるさいからあっち向いてて」
「は?」
「一理あるな」
「だよね」
「ないでしょ!?視線がうるさいってなに?!」
「無自覚なのがタチ悪い」
「これでもバレーでは役立つ。だから許せ」
「なら仕方ないねとはならないよ」
「だとよ。残念だったな、及川」
「ねえ、岩ちゃんも委員長もずーっと何言ってんの?」
「こっち見ないで。あっち向いてって言ってる」
「急に酷くない?」
「邪魔になるんだとよ。お前の存在が」
「言ってなくない?!そこまでは言ってなかったよね!?」

彼女は誰もやりたがらなかった学級委員長を中学の時と同じように率先してやってくれたことと、俺らと同じ北一の奴らが彼女を委員長と呼んでいることもあって、入学して半年も経てば彼女のあだ名は委員長になっていた。

「まーた及川が委員長にちょっかいかけてる」
「懲りないね〜」
「及川がんばー」
「お前らねえ、」
「はい、これ」
「?」
「及川も今日日直でしょ。日誌書いて先生に出してきて」
「え"!?」
「じゃ、先行ってんぞ」
「置いてくの?!」
「紫藤に任せっきりなお前が悪い」
「そーだそーだー」
「お前らだって掃除サボってんじゃん!」
「口じゃなくて手動かさないと終わらないよ」
「……ねえ、委員長」
「なに」
「今日って何あったっけ」
「………君は本当にバレーのことしか頭にないのね」
「う、それは否めないかも」

いつもスンとしている彼女の屈託なく笑う顔に完全に射抜かれてしまった。まだ色々と中途半端な俺には恋も部活もなんて両立させることは出来ない。だから、もう少しだけこの想いは内緒にしておこうと秘めることを決めてすぐだった。年上のいい感じの人がいると知ったのは。