貴方の母になったときから、覚悟はずっとしていたよ/op

 燃え盛る町並みに、巨大な悪魔の化身が幼いあの子を取り込んで、シャンクスに助けられたその時に、水風船が弾けて水が飛び散るように、思い出す。ウタという少女。大切な私の娘が、妹分が、一体どうなってしまうのか。どんな運命をたどってしまうのか。
 眠る彼女の頬を撫で、私は涙を流す仲間たちや、彼女の“父親”である大切な船長を見て、決断するのはすぐのことだった。
 この島が滅んだのは赤髪のシャンクスのせいにしろといい私達はすぐに火の海になった島を離れ、海軍の攻撃をかわしながらウタの旅路にと泣きながら、笑いながら酒を飲む。これ程までに不味く、切ない葡萄酒を飲むことはこれから先、一生ないだろう。
 必死に叫ぶ女の子の声が、私やシャンクスを呼ぶ。
 あふれる涙は止まらず、私達の航海は止まらず、そして、私の決心は変わらない。

 かわいい、かわいい、愛らしい我子とも言えるウタは、本当に万人を魅了する歌声をいつも披露してくれた。
 ルフィにはお姉さんぶって、喧嘩をして。シャンクスに憧れ、父として慕う。
 唯一イレギュラーとしてシャンクスの船に乗船し、クルーになっていた私のことを母として、歳の離れた姉として温もりを求めてくれた少女は、直接その輝く瞳に世界をうつす前に命を落とす。
 シャンクスを憎み、海賊を憎み、けれど、真実を知り、自分が犯した罪を被り、父であるシャンクスに会いたくて謝りたくてたまらなかった少女の悲鳴を、今更海賊が好きだと言えなくなった、世間知らずの一人ぼっちのあの子を、どうにか助けたいと思うのは当たり前のことではないだろうか。

 だって、私はウタの母なのだから。
 初めてあったときは、宝箱の中にいたね。とても上手とは言えないシャンクスの歌を聞いて、笑ったことをみんな覚えているよ。
 成長していくウタを見るのは、とても嬉しいことだった。この海賊団の中でも弱くて、助けられてばかりだった私は、貴方に救われたみたいはものだったのよ。
 男共は子育てを、それも女の子の扱いに困り果てて、最後に私に泣きついて、そんな彼らを見て、思わず笑ってしまった。四皇になる海賊団が、こんなに可愛い女の子にはかたなしなんだもの。
 ねぇ、ウタ…私のことを「おかあさん」って舌っ足らずのあやふやな発音で言ってくれたときのこと覚えてる?
 みんな笑って、シャンクスが父親で私が母親なら夫婦だなって、そうからかわれて大変だったのよ。
 勿論、恋愛感情があのときなかった、あったかと言われれば、勿論あったわ。惚れ込んでいたと言っても過言ではない程に。
 でも、それ以上に船長でいて、前を向き続けるあの人を見るのが好きだった。きっとみんなのように横に並ぶことはできなくて、彼らの背中を追いかけて、影を踏むだけの人間に過ぎない私は、あの人の笑う顔を見るだけで十分に満たされてたの。

 ウタがこれからどうなるか見えたとき、私はどうすればいいかとても悩んだわ。一緒に居てあげたほうがいいのか、でも、そうしたらシャンクスのついた嘘に気がついてしまうんでしょうね。
 貴方は頭のいい子だから。
 だから、私は決めたの。この広い世界を、美しい世界を、ただ残虐な海賊がはびこり酷いものと思い続けた海が、どれ程自由なものなのか、まだ若くて幼い、一つの島に引きこもるしかなかった、でんでん虫でしか他の人の声を聞くことができなかったウタが、直接人々の声を聞くように、聞こえるように絶対にするんだって。

 「シャンクス、私、欲しい物があるの」
 「テレサ?」

 青い海を眺め、まだ涙で赤くなったままの目を隠さない愛おしい人に、私は将来酷いことを目の前でするのを決意してお願いをする。
 わたしのしようとしてる本当のことを知ったら、きっと怒るだろうな…泣いてくれたらいいなぁ…そう思いながら、一つの写真つきの紙を渡す。

 「この悪魔の実が必要なの」
 「悪魔の実をお前が?」
 「ええ、きっとみんなの役に立つし、それにいつかあの子に逢えたとき、知ってほしいことが沢山あるから」

 あの子という言葉に、ウタとの別れの傷が癒えていないシャンクスは、泣きそうな顔をして、了承してくれた。
 ウタ、必ず貴方のことを助けるから、待っててね。

 ♬♪♬♪

 私のお母さんであった人は、穏やかで優しい人だった。
 “ウタ”と、呼んでくれる優しい声が大好きで、歌を歌うとき、いつも、素敵な歌をありがとうとか、あなたのことが大好きよって言って微笑んでくれるその姿が、血がつながってなくても、本当のお母さんみたいで、私こそ大好きでたまらなかった。
 戦闘のとき、あまり強くないからと一緒に船番になることが多くて、そんな時だけ小さく小声で子守唄を歌ってくれる。他の人には恥ずかしいからって、特別に私にだけ聞かせてくれたその歌声は、どんなものより私は素敵なものだと思ったの。
 シャンクスたちの大きな歌も好きだけど、それよりも、特別なお母さんの歌が私は大好きで、秘密の歌としてつぶやくように歌うの。
 でも、私じゃだめ。同じ音が出なくてとっても寂しくて、悲しかった。
 シャンクスたちが去ってく中、背を向けてたけどお母さんだけは一瞬私の方を向いてくれたよね。
 暗くて遠くて見えなかったけど、でも、伸ばそうとしてる手を私は覚えてる。
 貴方の背中を、笑顔を、覚えてる。
 いつかの船番で、誰もが幸せな世界があればって話をして、空想の夢の世界だけど、きっと本当にあれば素敵なのにねって、寂しい目をして頭を撫でてくれたよね。テレサお母さんの過去のこと、何も知らない私だけど、それでもそんな顔をされたら、本当に作りたいって思っちゃうじゃん。新しい世界、みんなが幸せな世界。そんな場所で、私は小声でないお母さんの歌を聞いて、一緒に歌って、眠りについて、また、繰り返すみたいに幸せな日常を繰り返す。
 それを夢見て、シャンクスたちに合うことを夢見て、みんなの願いを叶えるために、私はみんなを本当の新世界に招くんだ。

 新世界を、作るんだ


 •○•○

 ウタの命が削れていくのがわかる。
 ルフィの心臓にナイフを突き立てようとし、シャンクスに止められたウタは、大きく笑いながらも、悲鳴を上げていた。
 そう、これは彼女の悲鳴。
 辛くて仕方なかった彼女が、やっと父に会えた喜びと、悲しみと、どうしようもない自分への叫びなんだと私は思った。今すぐにでも抱きしめてあげたかった。
 大きくなったウタはとても美人になっていて、きれいで、そして悲しい幼い心を持ったままの女の子。
 海軍はそんなウタを危険視し、民間人がいてもお構いなしに発砲をして、寄ってたかって殺そうとしてくる。
 それを私は許さない。折角の親子の再開に、そして、苦しんでる彼女をこれ以上追い詰めないで!!

 「海軍!!何が正義よ!!これ以上ウタを苦しませないで!!取り返しのつかないことになるわよ!!
 人の命を思うなら、邪魔をしないで!!」
 「“取り立て屋”のテレサ、そんなことを言われてもねぇ、その子の今やっていることがこの結果を招いてるんだよぉ…何より赤髪のシャンクスの子供であると言うなら尚更ねぇ」

 ああ、本当にこの政府は、海軍は頭がおかしい。腐っているんじゃないだろうか、そう思うほどに、怒りを抱く。

 「ウタなりに救おうとした結果追い詰められたこの子はこうするしかなかったのよ!!
 赤髪のシャンクスの子供だから殺そうというのなら、貴方達は本当にどうしようもないクズの集まりでしかないわ!!
 子供の出生が何よ!!どんな子供にも生きる権利がある!!価値がある!!それを上から押しつぶそうと海賊子だからと偏見の目で見て本質を見ようともしないっ!!
 多少の犠牲といって、大勢の民間人を相手に暴力を振るって、さらにウタを追い詰めて危険な目に合わせようとする!!
 民のことを思うなら彼らを押し留めることを考えなさい!!」
 「そうはいうが、彼女の歌を聞いたすべての人間が夢の世界に閉じこめられたとしたら、どれぐらいの被害になると思うのかねぇ
 それを最小限にするために彼女にゃ死んでもらうしかないんだよ」

 そして、黄猿が私へ向け、閃光を放とうとする寸前、シャンクスが片腕で剣を振るい、牽制する。

 「親子喧嘩の最中なんだ」

 そう、野暮なことはするなとシャンクスがウタから離れ、黄猿が抑え込まれた瞬間、私はウタのことを抱きしめる。驚く彼女は、嫌だと暴れるが、それを抑え込むように、私は必死で抱きしめる。

 「大丈夫よ、ウタ。今度は一人に絶対にしないから、ウタ側にずっといるからね」

 私は“取り立てる”。この子の中にある毒素をすべて、そして、これから現れる、この地に住まう音楽の悪魔、“トットムジカ”からの影響の一部を奪い取る。
 身体が楽になったのに驚いたのだろう。そして、私を見て、泣きそうになるウタは、私に抱きしめられたまま、拘束されながらも半ば強引にトットムジカを呼び出した。

 トットムジカが抑え込まれた。もとい、倒されたのは、その姿を現した直後だった。命のタイムリミットを向こうの海兵が知っていたらしい。そして、ヤソップの息子であるウソップ君との連携のおかげで、なんとか同時攻撃に短期で成功しウタを助けることができた。
 けれど、それでもだ終わらない。
 血を吐く私とウタは、目が冴えているけど、体中が痛くて、内臓がきゅうっと締め付けられるようだ。
 そして、成長したウタの能力のせいか、トットムジカに捉えられたままの生命がまだあり、体だけが暴れまわる状態だ。
 シャンスが薬で眠らせ、延命させようとするが、自分の責務を果たすため、自分は赤髪のシャンクスの音楽家であることを大声で宣言し、昔よく歌っていたそれを、みんなの目覚めのために発信する。
 淡い光が人々を包み込み、次々と人が倒れていき、魂が体に戻って来ているというのがすぐにわかった。

 そして、歌い終わればシャンクスの腕の中で苦しそうにウタは倒れ、そんな彼女たちのもとに駆け寄り、ウタの手を握りしめ、シャンクスに目で合図をする。
 険しい顔をして、歯を食いしばる彼を見て、少し、私は嬉しく思えた。
 だって、私なんかの女のために、今、彼は泣きそうなのをこらえてくれてるんだから。

 「安心してウタ。貴方はまだ死んだりしない。私が絶対にそうさせないから」
 「な、にを」

 戸惑いの目を向けるウタに、私は額と額を合わせるように顔を近づけた。
 そして、取り立て…ではなく、私の本来の悪魔の実の能力。共有する力を使い、ウタに断片的ではあるが、自分の記憶を読み込ませた。
 淡い光が私とウタを包み、記憶の旅へといざなった。戸惑う彼女の手を握って、今まで思っていたことを伝えるために心の共有が始まる。
 私達の旅路を、どんなにウタのことを思っていたのか。醜くて辛い世界でもある。けれどそれだけじゃないの。言葉に出来ないほどに美しく、あたたかい世界でもあるのよ。 
 だから、こんなところで死んじゃ駄目。辛いといった世界の人々が救われたのは、あなたの悪魔の実の能力じゃない。あなた自身の苦しむ人々を思う声が、歌が、心の支えになってくれたの。貴方の歌が、貴方自身が励まし、救っていたのよ。だから二度とトットムジカなんてものを使わないで、貴方自身の自由な歌をみんなに届けてあげてほしい。
 大粒の涙をこぼし、泣き声をあげた彼女に、最後に私は、私のできる最後の力を使う。
 記憶と感情を共有して、更には命を共有する。一つの命の持つそれはかぎられている、だから私は、“ウタの今消えそうな命”と、“私の命”を取り替えた。身体の毒だって、半分は私が持っていっているから、これでウタが死ぬことはない。
 ウタ、貴方は世界を見てきなさい。私はもう十分シャンクスに見せてもらったから、次はあなたの番。
 辛いことがあると思う。悲しいこともあると思う。けどね、世界はそれだけじゃないの。だからウタ、自分の目で見てきなさい。そして、その世界を見て、苦しむ人々にまた、あなたの優しい歌を聞かせてあげて。
 私の大好きで自慢の娘であるウタ。今度は世界のためでない、貴方自身のために、あなたの大好きな歌を響かせて。

 身体がひどく怠くなってくるのを感じる。手の先が、指の先が、冷たくなって、内臓が痛くて仕方ない。
 こんなになるまで、あなたは苦しくて、痛い思いしたまま、歌い続けていたのね。
 額を離せば、さきほどと打って変わって死にそうな肌色でなく、血行のいい温かい肌色をしたウタが、泣きながら私のことを見つめていた。

 「お、かあさん」
 「ウタ、ごめんないね、ずっと苦しむあなたのそばにいてあげられなくて、こんな形でしかあなたを助けられなくて」
 「やめて!戻して!!お母さんが死ぬなてやだよ!!やだよ、テレサ!!」

 いやだいやだと頭を振って、必死に私の胸元に泣きつく彼女は、幼い子供のようだ。

 「ウタ、よく聞きなさい。赤髪海賊団の音楽家と言うなら、ここで死んではいけないわ。だって、まだまだあの人たち、貴方の声が聞き足りないんだもの。
 私は十分生きた。この広い海の向こうを知ってる。
 だから、次はあなたの番。途方も無い冒険を、旅路をいきなさい。私の死を引きずることはないわ。だって、愛娘が死にそうになっているのに、そのまま死なそうとするなんて、できるわけないじゃない…
 私はあなたの母親になれたこと、誇りに思ってる、
 大好きな、私達の愛娘…あなたの冒険は、ここからまた始まるのよ」

 視界がだんだんとぼやけて見えなくなってくる。それでも温かいウタの体温がわかる。
 それをなんとか手を伸ばして、私はあなたを抱き締める。
 すると、不思議なことに、もう一つの温もりを感じた。

 「テレサ…すまない…」

 それはシャンクスの声で、ああ、私は彼にも抱き締められてるんだなって、すぐにわかった。
 愛娘のウタに、大好きなシャンクス。二人に抱きしめられて最期を迎えられるなんて、なんて幸せな終わりなんだろう。なんて幸せな人生だったのだろうか。

 「シャンクス、ありがとう…こんな私をクルーにしてくれて…貴方と過ごした日々、冒険は、とても楽しい日々だった。
 どうか泣かないで…ウタを、守ってね…独りぼっちになんてさせたら、許さないからね、」
 「…ああ、わかってるさ。独りになんてさせやしない…
 テレサ、礼を言うのはこっちの方だ。よく、ウタを助けてくれた。クルーとして、ずっと側にいてくれた…
 ウタのことなら任せてくれ。約束だ。今度こそ、守り抜いてみせる。だから安心してくれ。」
 「貴方かそんなに言うのなら、私から言うことは、もう、なにもないわ…」

 泣かないつもりだったのに、勝手に涙が溢れてしまった。困ったなあ、と思っていったらカサついた手が涙を拭って、そして、唇になにか、温かいものが触れた。

 「すまない…こんな形になってしまって…許してくれ、最後にしか、こんなことができない俺を…」
 「……ほんと、あなたはずるいひと、なんだから…もう、私からかえせないのに、なんで今、しちゃうのかしら…ばか…愛してる…」

 それは愛のあるくちづけ、こんな贈り物があるだなんて、私の恋心を盗み続けて、せめて、未練のない最期にしてほしかった。こんなことをされてしまったら、もっと生きて、貴方のそばに、いたいって、思ってしまうじゃない。

 もう目も見えなくて耳も聞こえない、でも、私を抱きしめてはなさない2つのぬくもりは、私が消え逝く最期まで、ずっとそばにいてくれた。

 ♬♪♬♪

 目の前でお母さんが、テレサが死んでいく。私はこんなこと望んでない。なのに、死んでいくお母さんを抱きしめることしかできなくて、悔しくて、悲しくて、たまらない。
 本当は私が死ぬはずだったのに。
 そんな私ごと、シャンクスはお母さんを抱きしめて、話すのだ。
 私を守る約束を、独りぼっちにしないっていう、約束を。
 シャンクスがお母さにキスをするのをみて、まだ止まらない涙が、更にあふれる。
 お母さんは知らなかったけど、ほんとは私知ってたよ。シャンクスがお母さんのこと、本当は好きだって。結婚したい意味での好きで、ずっと見ていたこと、私知ってたの。お母さんと同じ好きだって、知ってたんだよ。

 「泣かないつもり、だったのになぁ」

 そう、弱々しく言うお母さんは、困った笑みを浮かべてて、私はただ抱きしめた。歌なんて、歌えない。それくらいに私は、声が出ないほどに泣いて、最期にこんな形でしか送り出すことができない。
 生気を失って、力の抜けた身体は、まだ少しのぬくもりが残っていた。
 それを手放さないように、私は必死に抱きしめる。そしてそのうち、限界が来て、私は背中のぬくもりと、死んでしまった母のぬくもりを感じながら、意識を手放した。

 次に目が覚めたときには、私は懐かしい赤髪海賊団の船の一室にいた。眠らされていたベッドからは懐かしい花の香がして、あたりを見れば、すぐ、テレサの部屋だとわかった。
 そして、サイドテーブルに置かれた貝殻に、丁寧な字で書かれたウタヘという言葉に、お母さんが最後に残したものなのだと知った。
 私は衝動的にそのトーンダイヤルを手にして耳に当てる。

 そこから流れてきたのは、穏やかで、優しい、母の声だった。


 『ウタ、これを聞いているということは、この海賊団に戻ってきたってことなんでしょう。
 あなたにはずっとつらい思いをさせてしまったね。ひとりあの場所に残してごめんなさい。でも、ずっと私達は貴方のことを気にかけていたわ。シャンクスもみんなも、ウタのことをおいてきたあの日から暫く、涙の音がなくなることはなかった。
 笑って船出をいわおうなんていって、みんなみんな、悲しくて泣いて、それほどまでに、貴方のことを誰もが大切に思っていたのよ。
 ねぇ、ウタ、アナタはこれから冒険に出る。四皇赤髪のシャンクスの音楽家として。それでいくつかお願いがあるの。
 まず1つは、あの人の酒好きはこの船でも群を抜いていてね、だから、飲みすぎないように注意してあげて。四皇がお酒の飲み過ぎで身体を崩す、なんて馬鹿なことしないように、注意してあげて。皆の言うことは聞かないけど、きっとウタの言うことなら聞いてくれると思うから
 2つ目は、広い世界を見てきてほしいの。海は広くて、あなたの知らないことがたくさんある。厳しく辛い境遇の人もいれば、幸せに暮らしてる人々もいる。そんな人間の営みを、自分の目で見て、体験して、美しくも儚い世界を貴方の心に刻み込んできなさい。
 3つ目は、無理をしないこと。ずっと独りぼっちで耐えてきたあなたは誰かに頼ることがきっとできなくなってるでしょうね。だから、少しずつでいい。貴方の心のうちを、お父さんにだけでもいいから話して、抱え込まないでいて。
 最後に、ウタはきっと自分のせいで私が死んだと思ってるんだろうけど、そんなふうに思わないで。勝手なことをしたことはわかってる。けどね、私は後悔してないの。あの日わたしは泣き叫ぶあなたの声を聞くことしかできなかった。でも、今回はちゃんと助けることができた。母親としてあなたをやっと救うことができた…
 ウタ、貴方の歌声はきっと進化し続ける。だから、へこたれてもいいけど、すぐ立ち直って、次は、他の人々のためでない、貴方自身のために歌って、前に進んで。
 私のかわいい愛娘。貴方ならきっと、新世界で、本当の意味で新しい風を吹かせることができる。
 だから進んで。立ち止まらず、シャンクスたちと一緒に。
 私はもうその場にいないけど、貴方のことをちゃんと見てるからね…

 ウタ、大好き。貴方は何よりも大切な私の宝物…生きて、生き抜いて、もう死のうだなんて思ったらだめよ。
 …それと、二人ぼっち時間のときに歌った、私の子守唄を残していきます。枕の下に隠してあるから、誰にも聞かせちゃだめよ。恥ずかしいもの。それに、あれはウタと私だけのものだからね。

 …さよなら、私の自慢で、可愛くて仕方のない、ウタ愛してる』

 トーンダイヤルがおわり、わたしはまたスイッチを押す。何度も何度も繰り返して、残された温かいテレサの声を刻み込むみたいに、聞く。

 「お、かあさん、」

 優しい声は私の心に染みて、ずっとずっと、苦しかった心を解いてくれるみたいだった。
 泣きはらしたあとに、お母さんが残した歌声を聞いた。
 私と全く違う歌。色な人が私の歌を求めてくれた。だから歌い続けた。でも、私も同じでずっと求めてたものがあった。それがテレサの歌声、この子守唄。

 お母さんは勝手な人だ。私を生かして、私を置いて、シャンクスたちを置いていって、こんな遺言を残して逝ってしまった。
 よろよろと、泣いてみっともない顔のまま、部屋を出て、海の見えるだろう場所に行けば、そこには一つの棺と、シャンクスたちが集まっていた。
 そのなかに誰が入っているのかなんて、考えなくてもすぐにわかった。

 「ウタ、起きたのか」
 「シャンクス…」
 「お前が起きてから送りだそうと思っていた」
 「っ、」

 手向けの花だろう、赤と白の花弁の花を私に差し出すシャンクスに、また、わたしは涙が出た。

 「ウタ、これを入れるのはお前が最後だ」

 棺の蓋が開けられて、そこには白いワンピースを着て、穏やかな顔をしたテレサが眠るように死んでいた。花に埋め尽くされるようにして眠る姿に、堪らずまた涙がこぼれた。その時、私はテレサの胸元を見て息を呑んだ。
 そこには、赤髪海賊団で撮っただろう写真の他に、私の小さいときに撮った写真が抱きしめるように手と胸の間に差し込まれていたから。
 震える手で花を添え、お母さんに別れをいう。本当は別れなんて言いたくない。でも、お母さんを送り出してあげないといけないことは、誰よりも私はわかってた。
 棺の蓋が閉まって、鍵がかけられた。それをみていると、シャンクスがくしゃりと私の頭をなで、目線を合わせるようにして、しゃがみ込んだ。

 「テレサは、ウタがあの島に残された日に、俺にある悪魔の実の調達を願った。
 今日、ウタが何をするか予言するかのように、そのために準備していたんだ」
 「え、」
 「ウタ、テレサは言ってたよ。あの悪魔の実を食べたとき“母親として覚悟はできてる”と。あの日から、お前を死んでも守ると決めていたんだ。
 だから忘れるな。ウタ、お前が望まれて生きていることを、それがテレサのとても深い愛情からあるということを…」

 強い眼光を放ちながらも、震えて、今にも泣き出しそうな、シャンクスを見て、私は彼の胸の中に飛び込んだ。
 テレサの覚悟。母親としての覚悟を見ていたシャンクスは、きっと、死ぬとわかっててテレサを見守ってた。それがどんなに辛いことだったか、想像もつかない。
 でも、これだけはたしかにわかる。
 お母さんの愛情が、どれほど大きなものだったのか。
 お母さん、私、進むよ。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、次こそはちゃんと世界を見て、あなたの大好きと言ってくれたこの歌を世界の人々に、私のために届けるよ。
 だから見守っていて。私のことを、そして、貴方のことを愛していたシャンクスのことを。

 お母さんを思い出すとすぐに思い浮かぶのは慈愛のこもった微笑みで、私のことを呼ぶ優しい声。それを胸に刻んで、絶対に忘れずにいるから。

だから、私の冒険を見ていてね。

 

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