君が僕のことを選んでくれた時のことを、覚えているだろうか?
ボールに入った僕と目があった君は、“この子がいい!”と、そう言って冒険に連れ出してくれた。
人見知りをした僕に、大丈夫だよと言って、最初の頃は、外に出る時はいつも手を繋いでくれたね。そんな君が僕は大好きだったよ。
ポケモンバトルではまだまだ荒削りの僕達は何度も負けた。必死に指示を出す君に答えられない自分が情けなくて、君の泣き顔を僕は何回みたのだろうか。その度に、僕はもっと強くなりたいって、誰にも負けないくらい、君のことを泣かせないくらい、とっても強いポケモンになりたいって、心から思った。
そしたら、僕はリザードに進化していた。
驚いた君はコイキングみたいに口をパクパクして、次にはとっても嬉しそうな顔をして抱きしめて、おめでとうっていってくれたね。僕はそんな君にありがとうって、伝えられるように頑張ろうって思ったんだ。
前よりも強くなった僕は、沢山沢山バトルで勝った。
たまに君の言うことを無視してしまうのは、そうした方がバトルで負けないと思ったからだ。負けてなく君を見たくなくて、だから一生懸命闘ってるのに、何がいけないのだろう。
同じ手持ちのポケモンにもたまに怒られるが、それでも、僕はもう負けたくなかったんだ。負けてしまったら、また臆病なヒトカゲに戻ってしまいそうだったから。
そうしてバトルに励んでいたら、僕はあるとき負けてしまった。君の指示を無視したからだ。僕が弱かったからだ。
惨敗したバトルの後、僕はまた君を泣かせてしまうんじゃないかって、とっても怖くなった。とっても嫌だった。だって、大好きな君の泣き顔なんて見たくないんだもん。
どうせなら、僕のことをせめてくれればいいのにって、言葉が伝わらないのをいいことに怒ったふりをしたら……君は情けない顔をして、僕に謝った。
“自分の指示が悪かったね、ごめんねリザード”って。
僕は唖然として、どう言っていいかわからなかった。僕のせいなのに、君の指示が悪かった訳じゃないのに、なんで謝るの?
“これじゃあトレーナー失格だね”とか、そんな事言わないでよ。君は立派なトレーナーなのに!
必死に僕は訴えた。そんな事ないって、でも、君には上手く伝わらなくて、とても苦しくて、悲しくて、リザードになって初めて僕は泣き声をあげた。
沢山沢山泣いて、それに驚いた君は、ごめんねと僕を慌てて抱きしめて、謝るなと頭突きをすれば、またごめんと謝って……君も結局泣いてしまって、僕の尻尾の火が危うく消化されかけて、その時やっと泣き止んだ。
それで、落ち着いてから君と沢山話しをしたね。バトルの事、たとえ負けても、何度もチャレンジしていつかは勝つから気にしなくてもいいってこと。もう君は負けても落ち込みはするけれど、簡単に泣いたりしないってこと。僕のことを大切に思ってくれていること。
そうしてちゃんと面と向かったのはヒトカゲ以来な気がして、僕はとても反省した。君のことを大切にしたいのに、できていなかったのだから。
次からはちゃんと話を聞くよ。指示も聞くよ。それで、君と一緒にバトルに勝つんだ。
…………久しぶりに一緒に寝たのはちょっと照れくさかった。
暫くしたら、僕はリザードンに進化した。前よりも体が大きくなって、背中に翼が生えて、とっても混乱したけど嬉しかったな。君のことを初めて背中に乗せた時、本当はとっても怖かった。
だって、君は飛ぶ時に大はしゃぎだったから、落ちないかっていつもヒヤヒヤさせられた。飛ぶ時に体を固定する道具をつけられた時は、少し窮屈で嫌だったけど、君を背中に安心して乗せられるのならいいかなって思った。
バトルの大会に出て、沢山勝ち進んで、それで負けて、君と一緒に故郷に帰る。
途中、君はもう旅をしないから、どうするのかと僕達手持ちに尋ねたね。自由になりたいのか、一緒にいたいのか。
僕達はもちろん、君と一緒にいるのを選んだ。
時は過ぎ去って、君がお仕事をしている時、タクシーの代わりだと僕はよく駆り出されて、遅刻しそうな君に呆れながら特急で何度送ったのだろうか。
モンスターボールに入れられて、ボールの中から君の仕事ぶりを見る。大変そうだけど、でも、バトルの時と少し違うかっこよさがあって、ふふんとつい得意げに鼻を鳴らして、隣の席のトレーナーのポケモンに自慢した。少しだけボール越しでの喧嘩になった。
そんな大切な君に好きな人が出来た。確かにそろそろ番が出来ても不思議じゃなかったけど、それでも僕は認めたくなかった。
君の番には僕より強いオスじゃないと納得できなかったからだ。君のことを守れるくらいのオスじゃないと、任せてなんてやれない!
君に怒られても僕は威嚇をやめなかった。
そしたら、そのオスは君に何か言って、僕と1人と1匹になったのだ。どういうつもりなのか、そう唸れば、“彼女のことが大好きなんだね”と話しかけてきた。
何を当たり前のことを言っているのかと鼻を鳴らしたら、そいつは、“結婚をするのは彼女としか考えられないから、諦められない。彼女と一緒にいるのを許してくれないかい?”なんて言ったのだ。
巫山戯るな、お前みたいななよなよしたやつ!!
いけないことだとわかっていて、僕は脅しで火炎放射をギリギリ外れるくらいで吐き出した。ぼっと出したそれは、彼女によって鍛えられた技だ。
どうだ。怯えて声も出ないだろう。
けれど、番になりたがっていたオスは身体を震わせてはいたけど、逃げたりはしなかった。ずっと僕の目を見ていた。それが気に食わなくて、悔しくて、ふんっと僕は根負けしてそっぽを向いた。
度胸は認めてやる。気に食わないけど認めてやる。でも彼女を傷つけたら容赦しないからな。
ぐるぐると唸ったら、彼は“ありがとう”って、僕の鼻先を撫でてきたので甘噛みしてやった。ざまあみろ。
君が番と一緒になって、子供を産んだ。
とても小さくて彼女に似ていて、触るのがとっても怖かった。だって、とっても小さくて弱いんだ。僕が触ったりしたら潰れちゃいそうで、きゃっきゃと何故かそばに寄ってくるその愛し子に、強くなったはずの僕はぴしりとトランセルのように固まって動けない。
助けをほかの手持ちに求めたら、やれやれと首を振って助けてくれないし、君は僕と子供のやり取りが楽しいのかスマホロトムを向けてくる。憎たらしい番のあいつは、あろうことか、子供一緒に僕の背中に乗ろうとする。
やめろお!!怪我したらどうするんだ馬鹿!!
両手の尖った爪が、今ほど人間みたいにやわっこいてになってほしいと思ったことは無い。
ぶるぶると震えながら、手がギリギリ触れるか触れないかで支えていれば、ぶっと辺りで吹き出す声が聞こえた。とりあえず、1番に笑いだしたポケモンにはオーバーヒートキメようと思う。
その日、よく分からないけれど、撮れた動画というもののさいせいすうが大変なことになったらしい。
君に可愛い可愛い言われたけど、僕はどちらかと言うとかっこいいって言って欲しいのに……ぐぬぅ。
子供が成長して、君のように旅に出た。1番最初のポケモンは君と同じヒトカゲにすると張り切って。
その日の夜、君がアイツと沢山泣いてたのを覚えてる。子供の巣立ちというのはとても寂しいもので、僕も実はというか、とても寂しかった。
君を沢山抱きしめて、大変仕方ないけれど、顔がめちゃくちゃになってる彼も抱きしめてやる。お前を認めたわけじゃないけど、僕は彼女のことを幸せにしてくれた事、伝える気は無いけど、感謝してるんだ。
でも翌日ハグされそうになったの で、摘んで家から放り出した。調子に乗るな。
君の子供が大人になって、いつの間にか番を作っていた。この時ばかりは彼と頷いて、その番がどんなやつか力試ししてやろうと思った。
そしたら、それがバレて君に本気で彼と一緒に怒られた。“君たちは小姑かッ!!!”って、よく分からない言葉を言われたけど、でも君の子供を預けるんだから生半可な番はやっぱり許せないじゃないか。そう言い訳するも、ここまで怒った彼女にはボクも頭が上がらない。
ぐぬぬとうなれば、僕とは別のメスのリザードン、君の子供の手持ちが僕に話しかけてきた。
彼女のことを思うなら認めてやって欲しいって。後輩にそんなふうに言われても、大切な子のことなんだから、そんな簡単に認められるわけが無い。
そう唸っていれば、分かりましたと、その子の番候補は僕とバトルすることになった。
結果的に僕は勝った。年季の入とレベルが違うのだ。ふふんっとどうだ見たことかと鼻を鳴らしてやれば、彼は予想外な行動に出たのだ。何故か分からないが、懐かれた。
元々バトルが好きだったらしい彼は、僕にキラキラとした目を向けてきて、まさかそんなことになるとは思わずしっしっと手で振り払えば、おくさずに彼は僕の手を両手で握りしめてきた。
なんだこいつ怖い。度胸ある前に怖い。
バトルに勝ったのに勝負に負けた感じがして、とてもなんとも言えない気持ちになった。
認めてなんてやらないんだからな!
君の子供が孫を産んで、その子を連れて遊びに来た。
やはり人間の子供は簡単に潰れちゃいそうで怖くて、いそいそと僕は外に逃げた。
また子供一緒に首にのられるのは懲り懲りだ。
窓からそっと覗き見ながら、様子を伺っていれば、ひょっこりと彼女の番が僕のところにきた。子供の面倒を見ていなくていいのかと視線を向ければ、リザードンも中に入ろうよと手招きされる。うるさいお前に言われる筋合いはない。
ふんっとそっぽを向けば、やれやれとかたをくすめられた。
と、その時、“りざちゃん!”と、下の方から声がした。
ギョッとして目を下に向ければ、幼子が僕の元に手を伸ばして駆けてくるではないか。
危ないとあわあわしていれば、べしゃっとその子は顔からすっ転んだ。
ーーーーッ?!?っと、声にならない叫びを上げながら、僕はその子に近づいて、つまみ上げた。うえっぐと泣き出した様子に、自分のしっぽの炎がぼっと激しく燃えたのを感じた。
人間みたいに器用になれない手で、とりあえずは座らせると、その子はまた“りざちゃん”と言って僕に手を伸ばしてきた。
困惑している僕に、後ろから“このリザードンはばぁばのリザードンだよ。だからりざくんが正しいかなー”なんて、呑気な言葉が聞こえてきた。
りざくんってなんだ。りざくんって。
ジト目を後ろに向けてれば、いつの間にか泣き止んだらしいその子は“ばぁばのりざくぅ?”と、小首を傾げてきた。
…………なんだ、この可愛い生物。ご主人の孫じゃん。
結局僕はその子のお世話……というか、置物のようにじっとしているしかなかった。
早く大きくなって欲しいな。そしたら、潰す心配もないんだもん。
君の孫が成長して、旅に出る頃には、君はおばあちゃんになっていて、でも、まだまだ元気だからと久々に君と僕達で遠出をしたね。
背中に乗る君は楽しそうで、風を切って、君が行きたいところに行った。昔の旅の軌跡をおうみたいに、小さな旅行を、小さな冒険を……
街で行われたバトル大会に出て、準優勝にまで行った時にはあと少しだったのが悔しくて、でも、そこまでいけたことが誇らしかった。
もっともっと、君と冒険をしたい。
もっともっと、君の喜ぶ顔が見ていたい。楽しい時間を仲間と一緒に過ごしていたい。
でも、人と僕達の時間は違うのだ。
君の孫が大人になった頃には、君の番が亡くなった。急にある朝動かなくなったのだ。最後まで僕はアイツに君を幸せにしてくれた感謝の言葉すらちゃんと伝えられなかった。
泣く君に僕は一緒にいることしか出来なくて、アイツにちゃんとありがとうが伝えられなくて、悲しくて……
だから、弔いの炎を空にあげた。声を上げて、叫んだのだ。
月日がたって君はもう体が上手く動かなくなっていた。僕達は君から離れないで、傍にいた。
残された時間が短いのは、なんとなく僕たちには分かっていたから。
そんな中、君の家族は頻繁に会いに来てくれた。
特に、君の孫は毎日のように訪れてくれたね。
よく彼は看病を手伝ってくれて、そしてある時に僕に行ってくれた。“一緒に来ないか”と。きっと、君がいなくなってしまった時のことを案じてくれたのだろう。君に似てとても優しい子だから、だから、僕は頷かなかった。
僕のトレーナーは、僕のパートナーは、僕の大切な人は君一人と決めていたから。
ある日、いつの日かと同じように君は僕に、僕達に話をした。僕達がした冒険の話、楽しかった思い出、悲しかった思い出、君があの人と一緒になった時、子供を授かった時、どれだけ幸せだったのか。
どれだけ、幸せな人生だったのか。
ありがとうと言ってくれた君に、僕達もそれを返した。沢山、細くなってしまった体を抱き締めて、頬を舐めて、涙を流して……君のポケモンで良かったって伝えたんだ。
そして、君は僕達に自由に生きて欲しいって言った。何にも縛られずにいて欲しいと。僕達はそれに首を振った。君と一緒にいたかったから。
でも、君にそれでもと、最後だからとお願いされてしまえば、僕達は頷くしかなかった。
僕達はその日、そのあとも沢山話を聞いた。伝わらない言葉を何とか伝えようとして、喉がからからになるまで声を出した。
代わり代わりに、君の手を握った。
その翌日、君は亡くなった。既にお別れを済ませていたけれど、僕達はやっぱりどうしても悲しくて、ずっと泣いていた。君の元から離れたのは、君が骨になってしまった時だけだった。
僕達は空にそれぞれ技を放った。君にお別れを言うために。天に昇った君に届くように。
僕達はポケモンだ。人とは違う生き物で、生きる時間だってもちろん違う。だからこそ、トレーナーと一緒になったポケモンは、君達を尊び、大切にしたいと、大切にしようと思うのだ。
「リザードン、そろそろいこうか。」
君が亡くなってから、僕は、君の孫の元にいる。彼のポケモンの研究を手伝っているよ。色んな場所をめぐって、色んな景色を見て、色んな体験をして、君へのたくさんのお土産話を用意してる。
だから、待っていて欲しい。次、もしもまた君と会えるのだとしたら、僕は君のパートナーになりたいから。
君の墓標を背に、君の孫を背に乗せて僕は飛ぶ。初めて君を背に乗せた時のように、空は澄み渡った青色をしていた。