これは俺がある願いを叶えた話、どうしようもない馬鹿げた話──────────

その序章である

 俺は奇跡なんてものがあるだなんて、信じたことがない。あったとしたらそれは唯の都合のいい解釈。事象と事象がぶつかり合って生じた一つの結果でしかない。
 非条理なことはいつも自分の直ぐ近くにある。
 まあでも仕方ないよな、この世は嘆く気も失せるくらいに無慈悲な世界なのだから。

 俺の両親は善良な人間だった。普通の子供でない、“記憶持ち”の気味の悪いと言われる様な奴を大事に育ててくれた。
 大正時代になる前の年代、そこまで貧乏でもなく、裕福でないこの家は、世間一般でいう平凡な家族の代表とも言えるだろう。
 最初は驚いたさ、なんたって、病院で死んだと思ったら時代が全く違う、平成の世とは比べ物にならないくらい酷い生活水準の時代に生まれ変わったんだから。
 輪廻転成なんてもの信じてなかったけれど、人間にはちゃんと来世が用意されてるんだと知った瞬間だ。
 けれど、まともに外なんて出歩いたことのなかった俺は、進んだ時代では吸うことのできない、排気ガスで汚れていない新鮮な空気には感動した。触れたことのない新しいもの、優しい両親との生活に、満足していたんだ。

 そんなもの、長く続くわけがないというのに。

 まだ餓鬼の中でも物心が付いてないと周りに言われる様な歳の頃、歩ける様になった俺は母と手を繋いで買い物から帰路についていた。
 その日は、俺の好きなものを腕によりをかけて作るね、と、母は大層張り切っていた。
 それも、父の都合でずれた一日早い俺の誕生日だったから。俺自身も彼女の作るものは好きだったので楽しみだった。早く、家に帰りたいと、あの頃は無邪気にそんなことを思っていた。
 家の前に一人の男が横たわっていた。黄昏時、道の真ん中で倒れるそいつは、手になんの荷物も持っていなくて、ボロボロの格好で倒れていたんだ。

「大丈夫ですか?!意識はありますか?!」

 母はもちろん慌てて駆け寄り、その人をなんの躊躇もなく声をかけ、意識を確認した。呻き声をあげて起きた男は酷く痩せこけ、窪んだ濁った目をしていた。
 何となく、というか、本能的に、其奴のことを受け付ける事ができなくて、少し離れて母が思わず落としてしまった鞄を抱きかかえる事しかできなかった。
 丁度というか、偶然と言えばいいのか、父がその時帰ってきた。同じ様にその男の容態を見て、近くに病院がないため、家の中で看病をしたのだ。話せる様になった男は、何でも故郷に帰ろうと山を越えようとした時、偶々追い剥ぎにあったそうだ。

「それは大変でしたね…この近くには宿がないですし、よければ泊まって行かれますか?」
「……いいんですか?けど、そこまでご迷惑をかけるわけには」

 父の言葉に其奴は遠慮がちにも見える様に答えていた。けれど、俺は嫌な予感がして、嫌だと、そう言ったんだ。やめようよ、この人を泊めるの、と、つい口を滑らせた。
 けれどそれは子供特有のイヤイヤ期として捉えられ、すいません、うちの子が…人見知りで緊張しているのかな、と、取り合ってくれず、それどころか、両親に人様を助けることは当たり前のことなんだよ、と論される始末。
 その言葉を聞いた時、男は泣きながらありがとうございますと繰り返していた。大きな手で隠したその下の顔を卑しく歪めながら。
 その日の晩餐は、結局誕生日ではなくなったので通常のものとなり、少しだけ焦げた焼き魚は、少し味気なく感じた。

 夜中に物音で目を覚ませば、同じ様に父も目を覚ましたらしい。音は客間から響いていて、何だろうか、と声をあげて父は厠の場所でも迷っているのだろうか、と思ったらしく、少し様子を見てくるねと言ったのだ。
 「ぼくもいく」、と思わず声をあげた。
 彼の後ろについて、まだ眠る母のことを見ながら、ゆっくりと襖を閉じて客間の、あの痩せた男がいるだろう場所に向かった。
 そこの戸を父がゆっくりを開ければ、そこには鈍く光る、いつも母の使っている包丁を持ち、客間を荒らし、息を荒くする其奴がいたのだ。

「何を、しているんですか?」

 戸惑った父は目を血走らせた男に尋ね、落ち着いてください、理由はちゃんと聞きますから、ちゃんと話をしましょう、そういって両手を挙げた。まさかと思い、父さん待って、と寝間着の裾を掴んだが、大丈夫、ちゃんとお話をしてくるから、と優しい音色で振り払われ、男にゆっくりと近づいて行く。

 でもそんなの、普通、話なんて聞くわけないじゃないか。

 雄叫びをあげながら、其奴は鼻息荒く父を刺した。廊下に立つ俺に父の生暖かい血しぶきが飛ぶところを見せた。
 喉の所から鮮血が噴水みたいに飛んだ。即死だったのかうめき声も上がらず絶命した父に、何度も何度も繰り返し血濡れた包丁が振り下ろされたのだ。
 声が出なかった。いざ人が、しかも自分の父が殺され、息が上手く出来ないくらいに酷いショックを受けて、足を震わせる事しかできない。
 次第に狂ったみたいに笑いながら父の臓物を居間に撒き散らして、遊んだ男の、初めてその時、其奴の顔を見た。醜く歪んだ邪気とも言える狂った笑みを浮かべた其奴は化け物でしかなかった。
 騒ぎを聞きつけたのだろう、血濡れで廊下に立っている俺に、母が悲鳴をあげる。その声にニンマリとさらに口元を歪めたその男に、ぞっとした。背筋に氷を滑らせたみたいな悪寒が走り、咄嗟に母に逃げてと叫んだ。

「にげて!!かかさま!!にげて!!」

 夢中になって、此方に、母に向かっていことする男の足にタックルした。片足に抱きつきながら、逃げて逃げてと叫べば、大きく体が浮く。
 体がまだ三歳児のそれと変わらなかった俺が成人男性なんて止められるわけがなかったんだ。

「お前、さっきはよくも俺を追い出そうとしたな?」

 衝撃が走った。背中を大きく打ったのか、息ができなかった。脳が大きく揺れたのか、体が動かない。遠くで母の悲鳴が室内に響く。聞いたことがない様なおぞましい悲鳴だ。
 悲鳴や泣き声に混じって、父や俺のことを呼ぶ声がして、びりびりと布の破ける音がする。

 なんでこんなことをするんだ。なんでこんなことができるんだ。なんで俺の体は小さいんだ。

 脳震盪を起こした体に鞭を打って、ぬるつく畳を這う。母に覆いかぶさる毛むくじゃらの男の足に噛み付けば、怒った男に殴られた。
 それでも離れなければ、臓物が散らばる畳に頭から叩きつけられ、とうとう俺は意識を飛ばし、目を覚ませば、母が俺をかばう様に抱きしめて事切れていた。

「かかさま」

 無機物の様に動かない体に全てが夢なんだと思いたかった。

なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだ?
この人たちが何をしたっていうんだ?

 急に視界が回って、上に体を引かれた時、次は自分の番なんだと簡単に理解できる。
 包丁が大きく振り上げられ、ぼうっとその光景を見ていた。これが振り下ろされた時、もしかしたらこの夢が覚めるのかもしれない。本当はこれは怖いタチの悪い夢で、両親は死んでいないのかもしれない。
 我ながら馬鹿なことを考えた。そんなことあるはずないのに。浴びた血潮も悲鳴も最後の温もりも本物だというのに。

 俺を現実に戻したのはふと楽しげなことを思いついたと言わんばかりに男が発した言葉だった。

「子供なら高く売れるよな」

 言葉が出なかった。恐怖で固まった体を玩具の様にひきづられ、頭から冷水を浴びせられ、体についた返り血を流される。
 金目のものを母のお気に入りだった買い物鞄に詰め込み、俺に包丁をチラつかせて、抵抗もろくに出来ないまま、人買いに売り払われた。
「馬鹿なお前の両親に感謝するぜ」と、俺を売って手に入れた金を懐にしまって。

 両親が死んでしまったショックで薄くなった髪色と瞳が珍しいからと俺は見世物小屋に買い取られた。
 清潔ではあったが、そこは一般公開が終わった後には毎日何かしらの折檻が待っていた。俺と同じ見た目の珍しさから買われた子供もいれば、特別な芸を売りにしている人もいる。
 売り上げが伸びなければ苛立ちを発散するサンドバックの様に客には見えない場所に傷が残るのは常だ。
 子供だろうが関係なく、いや、子供だからこそあいつらは恐怖を植え付けるために、この場から逃げ出したらどれほどの恐怖が待っているか想像させるために痛めつけてくる。
 毎日暗い部屋に閉じこもって悲鳴を聞いたし、俺が叫ぶときもあった。正気を保って要られたのは、きっと俺が純粋な子供ではなかったからだろう。
 大人たちの機嫌を損なわない様にじっと、ただひたすらに耐えていた。

 そんなときだった。ある数個上の少年と出会ったのは…
 その子が売られてきたのは俺が五歳になった頃、手がしもやけになりそうなくらいに凍えた冬のこと。
今ではもう名前が思い出せない少年。絶望の中でただ息をしていた俺に一時の光を見せてくれたのがその子だった。
 互いに折檻に合えば励まし合い、治療をし、時にはその子が他の子をかばう様に仕置きを受けた時にはなんでそんなことをしたんだと怒ったときもあった。
 その時、「だって、助けたかったから、」とそうにこりと痛みで引きつったのだろう笑みを浮かべたその子に、馬鹿じゃないのかと泣きはらした。

 転機はすぐに訪れた。

「逃げよう」

 どちらともなくそう言って頷きあう。海外に売り飛ばされるかもしれない。偶々、大人がそう話しているのを聞いてしまったのだ。
 これ以上ここにいたらどうなってしまうのかわからない。念密に計画を練り、六歳になって暫くしたその時、計画を実行した。
 夜、山の中を駆けて半日もすれば街が見える。見世物小屋の連中については巡回も何もかも全て把握していた。俺と、その子だからこそ出来た逃走だったのだ。

 このまま西に走り続ければ街が見える。そうすればやっとあの地獄から解放されるんだ。
 希望が見えた。汗をダラダラと滝の様に流して、山の中間まで来ることができ、きっと彼らはもう追って来ることがないに違いない。

「やった、な、■■、これで、まけたっ!あとは、まちにいくだけ、だ!!」
「ああ!!っ、げほ、はぁ、後少し、だ、っ!!気張れよ叶仁!!」

 差し出された一回り大きな手に自分の手を重ねた。後少し、後少し、そんな思いで止まっていた足を動かす。

 けれど、いつも無慈悲な現実はすぐ近くにある。夢の終わりも都合のいい現実も何もかもすぐに終わるんだ。

 ぴちゃりと音がして、濃密なあの時嗅いだのと同じ匂いが辺りに充満し、すする音が遠くに聞こえて、林越しに人だったものを口にくわえて歩く化け物を見た。
 それは鬼だった。紛れも無い、頭に角を生やして眼を血に染めた鬼だった。
 そんな生き物が実在するとは思っても見なくて、とにかく今はやり過ごして、すぐに逃げなければ、そう思い、■■の手を強く握り、息を深く、深く潜める。
 そして、通り過ぎたと思ったその時、木陰からよだれの糸を引いて、ニンマリと不気味な笑いを浮かべた鬼がこちらじっと瞳孔のない真っ赤な目で見ていたのだ。

 心臓の音が嫌に大きく聞こえた。速鳴りになっていくそれに息が荒くなる。
 早く逃げないと、そう思い、唇を噛み締めて、■■の手を強く引いた。もう失いたくなかったから。

「走れ!!!」

 冷や汗で濡れる手を握りしめて、力一杯引く。■■も俺の声に震えていた足に力を入れ、山を駆ける。ゆっくりと一定の間隔で、いつでも簡単に殺せるんだぞとばかりに追いかけて来る鬼に、ケラケラと笑う化け物に、奥歯を噛んだ。
  このままでは捕まってしまうかもしれない。どうする?!なんとか振り切らないと!!
 走りながらなんとか頭を必死に働かせ、思考を回す。その時、急に手を掴む力を■■が強めた。

「おい、叶仁」
「なんだ、よ!!■■早く、話してる、ばあい、じゃ、」

 声をかけてきた彼に振り返れば、ドン、と、肩を押された。繋いでいた手がするりと抜けて、俺はなぜだか、いつの間にか地面に尻を着けていていた。
 
 理解ができなかった。

 月光に照らされながら■■は俺に向かって、いつかの日の、あの男と同じよに歪んだ笑みを向けて、俺を見下ろす。

「■、■?」

 唖然と座り込む俺を残して、林の方へ■■は逃げていく。混乱で頭の回らない俺は、ただへたり込んでいた。
 その横に、鬼が足音を立て通り過ぎ、動くことのできなかった俺を、きっと逃げないと判断したからなんだろう、ぎゃはぎゃはと下品な笑い声をあげながら林の中へ走っていく。
 そして、数秒も経たないうちに悲鳴が聞こえた。あっという間に■■を捕まえてしまったのだろう。
 ガサガサと音を立てて出てきた鬼は、肉食獣が獲物を仕留めるみたいに首を鷲掴み、俺のところに戻ってきた。
 「離せっ!!なんでこいつじゃなく俺を追うんだよ化けものっ!!!!」
 今まで見たことない歪んだ形相で■■は叫んだ。
それに鬼は愉快そうに、だって囮にしたやつの前で食われる時の絶叫って面白いだろ?っと、ケラケラ笑う。

「お、とり、」

 そうか、俺は■■に囮に使われたのか。
 やっと状況が理解できた俺に、お前のせいだからな!!と■■は怒鳴り声を上げた。

「お前がちゃんとこいつの気を引いてればッ!!俺はこんな目に合わずに済んだんだよ役立たずっ!!」
「なんで、そんなこと、いうん、だよ」

 震える声で問いかければ、鬼の歪んだ顔の横で、目を釣り上げた■■は今まで溜まっていたものを吐き出す様に叫び出した。

「お前のことが嫌いだったからに決まってんだろっ!!この際言ってやるけどな!!ずっと目障りだったんだよっ!!
頭が良くなけりゃあの頭のおかしい連中欺くのに使おうと近づくわけねえだろッ!!
いつもいつもいい子ちゃんぶりやがってッ!!気色悪いったらありゃしねぇ!!」

吐き出される言葉を信じたくなくて、どこか他人事に様に頭を過ぎていく。混乱で目が回って、視界がだんだんと歪んでいく。

「俺、ともだち、だって、」

 初めて素で話せる友達ができたと思った。初めて仲間ができたと思った。

「道具が友達なんてものになれるわけがねぇだろ」

 お友達ごっこに付き合ってやったんだから感謝しろ、と、そう言った■■は、ひどく冷たい目をして、歪んだ顔を俺に向ける。
 なんで、そんなこと言うんだよ。今までのこと全部嘘だったのか?
 全部、俺を利用するため…?

「騙される奴がバカなんだよッ!!」

 そう鬼の様な形相で唾が飛ぶくらいに大口で声を張り上げて。
 その時、ずっと黙っていた鬼がぐふふふっと笑い出す。壊れた関係が大層面白らしい。

「お話はもう済んだかなぁ?」
「ひっ?!、い、嫌だっ!!、た、たすけろ」
「、」
「今すぐ俺を助けろって言ってんだよ!!!」
「ギャハハハッ!!何をいうかと思えば散々罵倒したやつに助けろとかっ!!なんだこいつら傑作だなっ!!こんな面白れぇ糞餓鬼見たことねぇよ!!」

 本当はもっと見てたいが腹が減ったから喰っちまうけどな!!と、そう言った鬼は大口を開け、やめろと叫ぶ■■の腕をしゃぶる様に口に含み、骨の砕ける音とブチっと肉の裂ける音を立てる。
 瞬間、絶叫が響き渡った。死にたくない助けろ痛いいやだと喉が張り裂けてしまうのではないかという叫びが木の葉を揺らした。
 俺は頭を鈍器で殴られた様な衝撃が抜けず、体が動かなくて、その光景を見ていることしかできなかった。
 次第に■■は、お前のせいだお前が死なないからこうなったんだと支離滅裂に俺に呪詛をぶつけてくる。雨の様に降ってきた血潮はやはり生暖かくて鉄錆の匂いがした。血をすする鬼は■■の声を聞くたびに笑い声をあげ、ぼとりと腕だったものが落ちる。

──────ああ、なんだ、ここが地獄じゃないか

 助けても馬鹿だと裏切られて、信じても裏切られてこの世はどうしようもないクソみたいな世界でしかない。

 生き地獄って、きっとこんな世界のこと言うんだな。
 他人事の様に叫び声を聞いた。耳に膜がかかったみたいに音が遠い。
 次第に、ビクビクと痙攣して、動かなくなっていく■■の破損した体に、ああ、死んでしまったんんだなと地面に落ちていく体を目線で追った。
 よかったな、地獄から解放されて。

 ぼうっと上を見上げれば、鋭い爪が俺の服を引き裂き、赤い三本の線を引く。次は俺が殺されるんだ。でももういいかもしれない、疲れた。なんだか、途方もなく、疲れてしまった。
 このまま死ねば、きっと楽になれるよな、転生なんてもうしなくていい、新しい人生なんて、生き地獄なんていらない。

 覆い被さり、体を痛めつけてくる鬼に身を委ねた。悲鳴が聞きたいのか、強く腕を掴まれればぐしゃりと音が立つ。
「なんだお前、生きながら死んでんじゃねぇか!甚振りがいがねぇ餓鬼だな!!」
 悲鳴を上げてなんの意味があると言うのだろうか。だんだんと意識が遠のいていく。もういいやと俺の腕を握るのに飽きたらしい鬼は大口を開けた。血が混じった唾液が腹に垂れる。

───────やっと解放される

 目を閉じれば端から涙がこぼれた。

 その時だった。大きく風が揺らいで、ザシュッと、何かが切れる音とともに、ごとりと重たい物が落ちる。
 なんだろうか、と思い、目を開いた時には、覆いかぶさっていた鬼は首から上がなく、大きく揺らいでばたりと横に倒れた。

 なんでこのおにがしんでいるんだろう?

 キン、と何か金属音がして、そっちを向けば、炎を思わせる羽織を着た男がそこにいた。風でなびいた羽織の下に刻まれた《滅》の字に、ああ、何て事だ、と、酷い頭痛がした。

「よく生きていたな、」

 振り返ったその人の顔は、俺が見たことのある、“記憶”にある人物。
 それは、なんて非情なのだろう。
 俺の周りの惨状を見て、酷く心を痛めた様に顔を歪めたその人は、もう安心しなさい、手当をしよう。直ぐに治るからな、と優しい声色で語ってくる。
 嫌だやめてくれ俺はそんなの望んでない。伸ばされた手を振り払えば、怯えてると思っているのか、また大丈夫だと声が落ちる。

「なんでころしてくれないの」

 死にたかったのに、なんで邪魔をするんだと言えば、男は息を呑んだ。酷く、胸を痛める様な顔をして、俺に手を伸ばしてきた。嫌だと暴れれば傷口から血が溢れる。
 思わず泣き叫びながら声を上げれば、首に強い衝撃が走って、プツンと意識が途切れた。