床とは違うものを踏んでしまった感触に、ユーリは何度目か分からない「ごめんなさい」を言った。このままだと、コンラッドの足の甲に大きな青あざができてしまいそうだ。
舞踏会などで貴族たちの社交の場に出ることが増え、いつまでも「ダンスは苦手で」と彼らの申し出を断るのも難しくなってきた。
そのため、魔王としてみっともない所は見せたくないからと、コンラッドにダンスの教えを請うた。
再来・船上パーティーでのダンス教室。
楽団の生演奏の代わりに魔動機からワルツのような音楽が流れているし、コンラッドとユーリは軽装だ。
練習を始めてはや一時間。相手役(という名の『踏まれ役』へ名称変更されてしまいそうだ)のコンラッドに、そろそろ申し訳なくなってきた。
「足、大丈夫……なわけないよね、ごめんね」
「これくらい平気ですよ。ほら、ステップが乱れている」
左左、右右、左、右……とコンラッドが言うのに合わせて足を動かす。視線を足元に落としてステップを確認するユーリ。
対してコンラッドはとても楽しそうだ。その腰をささえるように添えられた彼の手は大きくて力強い。
(なんか、いいかも……)
顔を上げるとすぐそこに彼がいる。
いつもより距離が近い。ふわりと香る彼の匂い。耳元にかかる息遣い。そして何より見つめ合う瞳の距離。
頬に熱が集まるのを感じた。
「どうしました?」
そんなユーリの様子に気づいたコンラッドが顔を覗き込んでくる。慌てて目を逸らす。
「いや、なんでも……」
「そうですか? じゃあ、もう一度最初から行きましょう」
リズムが体に染み付くまでやりましょうと、教育者魂に火のついたコンラッドは容赦がないようだ。けれどコンラッドの言うように、一度踊り始めれば体は自然と先程教わった動きをし、徐々に覚えていくものだ。
次第にステップが滑らかになったきたユーリを見て、
「うん、だいぶ良くなってきましたよ」
「ほんと?」
「ええ」
コンラッドは汗ひとつかいていない涼しい顔で微笑んだ。
「最後にもう一回だけしましょう。今度はもう少しゆっくりしたテンポで」
「うん、分かった」
さっきと同じように手を取られ、腰に手を添えられる。流れる音楽に合わせるようにして足を運べば、先程までのぎこちなさも消えて滑らかに動けている。一曲踊り終え、コンラッドの腕から離れる。
「お疲れ様です」
「ありがとう、コンラッド」
嬉しげに笑ったユーリは、それから眉を下げた。
「…あとは、舞踏会でちゃんと踊れるといいんだけど」
「俺で良ければ、いくらでも練習に付き合いますよ」
言いながら、彼は踊る時に髪を結んでいたユーリのリボンを解き、癖の付いたところを手櫛で直してくれる。
それから、コンラッドは女の子がころりと落ちてしまいそうな笑みで囁いた。
「知らない相手と踊る時は、俺とした時のことを思い出して」
ユーリがダンスの相手を気に入って、コンラッドから離れてしまわないように。彼女の奥深いところに自分という存在を焼き付けてほしい。
愛しい人が自分を頼ってくれて嬉しい反面、知らない男に横から攫われやしないかと不安に思う時があるのだ。
「うん、そうする。ワルツもチークも、これで行けそう」
「チークもですか?」
コンラッドが笑みを含んだ口調で、聞き返してきた。まだ実際にダンスで披露したことは無いけれど、船上パーティーで彼が言っていたことは覚えている。
揺れていればいいんでしょうと、ユーリはコンラッドにじゃれつくと、コンラッドは抱擁するようにユーリを受け入れる。
「俺としては、それに入る前にダンスを終えて欲しいところですけどね」
そうは言うけれど、互いに難しいと分かっている。もし相手よりユーリの立場の方が下であれば断れないし、臣下であるコンラッドは二人の間に割って入ることは出来ない。
ユーリはそれに是とも否とも答えず、コンラッドに抱きつく腕に力を込めた。
「コンラッドが一番だよ。だから、エスコートはよろしくね」 ← top