おもちゃ箱の喧騒

 城下街の門をくぐったところで、「わあ」とユーリは嬉しそうな声を上げた。門兵から通行許可証を受け取ったコンラッドが、ユーリの頭に優しく触れてフードを目深に被らせる。
 今日は髪染めもコンタクトもしていない。髪染めは地味に時間がかかるので、朝、城下でお祭りがあることを知ったユーリは簡易な変装しかできなかったのだ。

 今日は月に一度、商人が集まって市場を開く日だった。
 広場に続く大通りに露店が並び、国内外から集められた珍しい品物や季節の食材などが陳列され、見るも良し買って食べるもよし、人々は一種のお祭りのように活気づいていた。

「すごい人だね、コンラッド」

「何か見たいものがあれば、俺に言ってください。陛下がお忍びで来ているとばれれば、大騒ぎになります」

「分かってるよ」

 コンラッドの言葉に返答しつつ、既に彼女の興味は出店の方に向いている。魔法具屋の方へコンラッドを連れていこうと袖を引っ張る。

「ねえコンラッド、これは何をするものなの?」

「魔力で動く縫製機ですよ。ミシンみたいなものです」

 これはなあに、こっちのはとあれこれ商品のことについて聞きたがるユーリを見て、どこかの貴族の箱入り娘と思った店主が高価な品物を勧めてこようとするのを断り、コンラッドはユーリを連れて店を離れる。
 この調子では買い勧められたものを端から端まで吟味して、しまいには「使ってみたい」と買ってしまいそうだったから。民の生活に興味があるのはいいことだけれど、

「買いたければ最後にしましょう。お嬢さまが欲しいものは、全部買ってあげますから」

 彼女が欲しいと思うものがあればすべて与えてやりたい。馬で来たが、もし荷物が積めなければ馬車に変えるという手もある。ユーリはコンラッドの言葉を冗談と取ったのか、おかしそうにする。

「そんなに買わないってば。気に入ったものだけにするつもり」

「城には置き場所もたくさんありますよ」

 話を続けようとしたコンラッドの唇に人差し指を当て、しーと囁く。

「お城の話は無しにしよう。 今日は仕事のことは全部忘れて、楽しみましょ」

 噂をすれば影。余計なことは言わぬが花……これはちょっと違うか。とにかく、城下の視察という名目でリフレッシュしに来たのだ。血盟城のことも執務のことも頭の隅に置いやって、今は目の前のものに楽しみたい。

 広場に出ると、露店より大きな天幕が張られていた。商品はなく、木製のステージの上で派手な服を来た男女が朗々と声を上げていた。

「旅芸人の一座でしょう。各地を旅しながらああやって芸を生活しているんです。演目は色々あって、人気の劇作家が脚本を提供したりするんです。民にとっては一種の娯楽ですね」

 ふうん、と相槌を打つユーリの視線はすでに舞台へ向いていた。

 壇上にいるのは複数人の男と一人の女。ユーリが気になったのは、その女性が黒に近い木炭色の服を着て、周囲の男たちの容姿や服装もおよそ見覚えのある色合いに似ていることだったり
 彼かは身振り手振りを交えながら、朗々たる声で女への恋を歌っている。ミュージカル形式の男と女の恋の内容だった。それも複数対一。
 これはもしかして、

「コンラッド、あれって……ストップ。待って、やっぱり言わなくていい」

「あの女性は陛下役でしょうか。となると男性演者はおそらく俺の兄や弟ですね」

「あー! 言葉にしなかったら私の勘違いとか他国のそっくりさんとかドッペルさんで済んだかもしれないのに。自分が劇の題材にされるなんて……」

「よくあることですよ。劇作家は流行りのものを取り入れて脚本を作りますからね。ヴォルフラムとの決闘や魔剣探しを題材にした劇なんかもやっていたんですよ」

「なにそれ初耳!」

 民に人気があるのは嬉しいけれど、自分の行いを劇の題材にされるのは恥ずかしいというか、背中がこそばゆくなる心地だった。

「最後まで観ていきますか?」

 舞台では、深緑色の衣装を纏った男性のターンのようで、女の前に跪き、心に秘めていた想いというのを打ち明ける場面だった。あの長髪からして、グウェンダルか。自分の脳内に本人が出てきて実際にそんなことをされたらと想像しそうになり、ユーリは頭をぶんぶん振る。

「いい、大丈夫! 皆が劇に夢中の間にお店を回ろう!」

 そう言って、コンラッドの腕を引いて人だかりから離れた。


「ユーリ、顔が赤いですよ」

「普通の家庭で育った身には、ああいう大衆娯楽のネタにされるのは慣れてないの!」

 腕を振り解いて彼の脇腹に軽くパンチを食らわすと、痛いなあと苦笑される。

「魔王の真似っ子をしている子どもは前に見たけど……ああいうのが、その、人気なの?」

「え?」

「だから、あんな風に色んな男性と恋愛するのが、民衆の間では人気なのって」

「ああ、まあ確かに女性には受けが良いようです。ちなみに、あの劇は毎回ラストで結ばれる相手が異なるそうですよ。オムニバス形式ってやつですね」

「えっ、そうなの! じゃあコンラッドやギュンターとかのパターンもあるんだ」

 ユーリは照れ隠しにフードを深く被る。

「上王陛下が恋の多い方なので、陛下の事もそう見てしまうんでしょうけれど、不快でしたか?」

 問いかける声はからかいの色が消え、ユーリを落ち着かせる時のように穏やかだった。
 城に戻ったユーリが『民から見た自分』を思い返して落ち込むようなら、コンラッドはきっと対策を打ってくれるだろう。優しい保護者は、ユーリがいやだといえばそれを排除することに躊躇いがないから。

 ユーリは首を横に振った。

「正直恥ずかしいし、積極的に観たいとはならないけど、……みんなが楽しそうだったから、いいんじゃないかな」

 観劇していた人々の顔を思い出す。
 ユーリだって、映画を観て泣いたり笑ったりする。歴史上の偉人(と比べるのは畏れ多いのだけれど)だって、パロディにされたり作品によっては盛られに盛られまくったりしているのだ。ーーーそういうものだと、ユーリは自分を納得させる。そうしないと、あの熱烈な告白シーンを思い出されて、手足をじたばた振り回しなくなってしてしまうからだった。

 ユーリは再びコンラッドの手を取った。今度は袖ではなく、しっかりと手を繋いで。

「行こう、コンラッド」

「はい」

「あーでもおなかすいちゃったなあ。屋台で何か買おうか」

「じゃあユーリのお好きなものを何でも。遠慮なく仰ってください」

「えーと……」

「ユーリが食べたいものでいいですよ」

 繋いだ手に力を込めて、二人は雑踏の中に紛れて行った。



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