毛糸玉でつくったおつきさま


 きつく絡めていた指を放し、はあ、と息を吐いた。

 下も上も境目なく触れ合っていて、最後はもう互いに際限なく行為に耽っていた。
黒曜の瞳を甘く溶かして舌っ足らずにコンラッドを求めてくるユーリに、コンラッドの方も夢中だった。止めるのは気が済んだからではなく、このままずるずると続けると明日の執務に響くと考えてのことだった。

 事後の余韻に浸るように、細い腰を抱き寄せる。すると乱れた息を落ち着けていた恋人が、えっ、と小さく声を漏らした。

「…続き、するの?」

 今日はもういい、満足、とその表情が言っている。
 可愛い勘違いをしてきたユーリに、コンラッドは首を振った。彼女が望むなら望む分だけ与えてやれるけれど、彼女の限界がどのくらいであるかはコンラッドの方がよく分かっていた。黒曜の瞳が瞼の奥に隠れてしまう前に、身体を清めておくべきだろう。

「眠る前に、身体を清めないと。 歩けますか?」

 間を置いて、うん、と子どもっぽい返事が返ってきた。
 先ほどまでコンラッドに抱かれ、匂い立つような色香を放っていたというのに、既に半分夢の中に落ちそうになっている彼女の肩を揺すり起こす。

「分かってるの。ちゃんと、行くから…」

「抱いて連れて行ってあげましょうか?」

 その場合は浴室の中まで一緒に行って、なんなら洗って上げますよ、とは心の中で付け足す。素面の彼女相手ではなかなかうんと言ってくれないことだけれど、今回はどうだろうか。

 コンラッドの期待は残念ながら叶わず、大丈夫と返されてしまった。
 照れが込み上げて、落ちかけていた意識が戻ってきたらしい。

 上掛けで胸元までを隠しながら身を起こしたユーリは、床に散らばっていた衣服の中から寝間着を拾い上げる。袖を通して前を引き合たところで、思い出したようにコンラッドの方を見た。

「…コンラッドはどうするの?」

「俺も風呂に入るので、部屋に戻ります」

 魔王の寝室には浴室があるとはいえ、護衛であるコンラッドが一人で使うのは遠慮された。一度部屋に戻る意志を伝えると、ユーリが手を伸ばしてコンラッドの腕を取った。

「戻ってきて、一緒に寝てくれる?」

 白い手を取り、己の胸に引き寄せて握り込む。片手で容易く掴めるけれど、コンラッドは真綿に包むように両手で包み込んだ。

「もちろん。いい子にしていてください」

 ユーリが疲労を滲ませた足取りで浴室へと入るのを見届けた後、コンラッドも自身の衣服をまとっていく。

 シャワーの流れる音が聞こえてきた直後、ドアの向こうから微かに悲鳴が聞こえた。
 次いで、コンラッドを求める声。己を呼ぶ声が吸い込まれるように小さく消えてしまい、ある予想を胸にコンラッドが浴室へ飛び込んだ時には、既に彼女の姿はなかった。

 湯船にたっぷりと張られた水面には、明らかにシャワーとは異なる波紋が広がっていた。
 コンラッドは、ため息をついた。こんなことになるなら、一人で行かせるのではなかった。

ーーーシャワーを浴びるよう勧めなければ、彼女を還さずに済んだのに。

「行ってらっしゃいぐらい、言わせてくれたらよかったのに」

 恋人への想いを乗せて、届かない願いをつぶやく。
 眠たそうにする彼女に腕枕を貸し、腕の中に閉じ込めておけばよかった。ーーー一抹の後悔を抱いても、それを慰めてくれる存在はそばにはいない。

 この世界からいなくなってしまい、次の訪れを待つだけの時間がやって来てしてしまった。
 シャワーを止め、湯の栓を抜く。

 浴室から出ると、室内は先程までと全く違って見えた。

 彼女のいない部屋はがらんとしていて。暖炉の火は燃えていたが、部屋の温度は先程よりも下がった気がした。

 部屋の中、一人きりで佇むコンラッドを、月だけが見つめていた。



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