私たちは、どう見えているだろう。
兄と妹−−−まず顔立ちが違いすぎる。彼は茶髪に特徴的な瞳なのに対し、こちらは作り物の赤茶色の髪と瞳だし、何よりコンラッドはとてもかっこいい。名付け子の欲目を差し引いても。
恋人同士―――というには距離があって、知人と言うには近すぎる距離感。
お忍びの令嬢とそのお付き―――これが、一番しっくりきそう。
平服の裾をつまみ、庶民的な格好をしたコンラッドの衣服と見比べる。何度もお忍びを重ね、民の生活を眺めるうちに、ユーリの目も見慣れてきた。
城下町の人たちと同じような形に服を仕立ててあっても、彼らの着ている布とユーリのものとでは、質感が違った。血盟城の中にいたら粗末に見えるかもしれないが、民の中に入ると良家の子女程度に見える。
噴水台に腰かけ、コンラッドに買ってきてもらったばかりの魔王まんじゅうをかみ袋から出す。
魔王陛下の似顔絵(ほど精巧なものではなく、髪の黒い女の子という記号的な)が描かれたお菓子の味は、地球で食べた黒糖まんじゅうとそっくり。というか、ほぼそれだ。
民に親近感を持たせるためだというなら、とても画期的な方法だと思う。
感心するユーリと対照的に、コンラッドは魔王まんじゅうを始め、新しい魔王陛下の人気にあやかったような商品があることに、どうやら反対らしい。
一口食べる?と半分に割ったそれを差し出せば、彼は受け取ったもののなかなか口に入れようとはしなかった。
「どうしたの? 甘いものは好きじゃなかったっけ?」
好き嫌いのない人だと思っていたけれど。
コンラッドは首を振る。
「……やはり、顔を描くなら別の物にした方がいいんじゃないかと」
肖像画を街中に飾るでもいいし、貨幣に顔を描くでもいい。
食べ物に描いたとして、顔を半分に割ってかじりつくのはどうなのだと、コンラッドは眉間に薄く皺を刻む。
(そういう顔をするとグウェンに似てるんだよね)
自分の顔の描かれたまんじゅうに、ユーリは躊躇なくぱくりとかじりつく。
当の本人が気にしていないのだから、別に構わない。おなかに入ってしまえば、普通のまんじゅうと何も変わらないと思う。
昔の女王さまだって、切手に自分の顔が描かれるのを許したのだ。
美味しいよ、というユーリの押しの一言で、コンラッドは魔王まんじゅうを食べた。一口で、口の中へと消える。
人の食事するところを見つめるなんてあまりよろしくないかもしれないけれど、つい見つめてしまう。
「甘いものを食べると、しょっぱいものが欲しくなるんだよね。…あ、冗談だよ、だから財布に手を伸ばさなくていいから」
懐から財布を出そうとしたコンラッドをすかさず制止する。
「食べ物じゃなくて、……そう、書店に行きたいの。それから雑貨屋に行って、手芸道具を揃えたい」
グレタが今度帰ってきたときにアクセサリーを作るのだと、今日はその道具を買いに来たのだ。
スカートについた砂などを払いながら立ち上がる。
コンラッドはユーリの被っている布に触れ、目深になるよう整えてやる。そうしてから、フードを被せる方が名目になるほど、かわいらしい形をした頭をぽんぽんと撫でる。
フードの下から唯一見える口元が嬉しそうに綻んだ。そこに口付けてやりたい衝動を抑え、「行きましょうか」とコンラッドはユーリの手を握って歩き出した。
屋台が立ち並ぶ通りには、様々な商品が並んでいる。
食べ物はもちろんのこと、木彫細工や鋳物などの工芸品もあるし、民芸店の店もある。行き交う人々の波にユーリが飲まれないよう、コンラッドは歩を緩やかに進む。
露天商たちが大きな声で客を呼び込み、活気を感じた。
コンラッドと一緒に歩いていると、人々の視線が集まってくる気がした。それは、彼が人目を惹く容姿をしているせいなのか、それとも、彼と連れ立って歩く布で顔を隠した自分に向けられたものなのか。
「この辺りは雑貨や魔道具なんかを扱う店が並んでいます。もう少し奥に行くと輸入品を揃えた店も知っていますが」
ユーリは露店に近づき、品物を吟味する。色とりどりの布が上から垂れ下がり、見る人の目を楽しませつつ商品の展示をしている。
台には、細かく区切られた木枠の中にブローチやボタンなどの小物が収められている。店番に出てきた店主の女性はそんなユーリから、傍に立つコンラッドを見つけると「あら、」と目を瞬かせた。
「あなた、お城の隊長さん?」
「ええ、そうですが」
「やっぱり。前にルベン亭の喧嘩を収めてくれた人でしょう。魔王さまの行列にいたのも見たよ」
おかみさんとコンラッドの間に挟まれたユーリが、「そんなことがあったの?」と目だけで問うてきた。酒の席での騒ぎを仲裁しただけで、喧嘩に巻き込まれたわけではない。当事者の片方が兵役に当たっていた知り合いだったので、仲裁の役目を買って出た。相手も酒を飲んでいたのでそれなりの対応はさせてもらったが、それに尾ひれがついて噂になっているらしい。
「大したことじゃありませんよ。心配しなくても大丈夫」
「わかった」
やり取りを見ていたおかみさんは、二人の関係に考えを巡らせたようで
「もしかして、隊長さんの良い方かしら?」
「そう見えます?」
思わずユーリは訊いた。
「あら違ったのならごめんなさい」
「いえ、違うんです。良いって思ってるのはわたしの方で、向こうは分からないんですけど……」
おかみさんはにこにこと笑って、赤くなったユーリの顔を覗き込んだ。
「まあ、初々しくて可愛らしい方ねえ。お似合いだと思うわよ。 ねえお嬢さん、隊長さんに何か仕立てて上げたらどう?」
「か、考えておきます……これ、ください」
ユーリは早々にビーズ1袋といくつかボタンを見繕い、購入した。
露天の間から路地裏に入ると、ユーリは赤くなった頬を隠すように両手で押さえた。
「変なこと口走っちゃったかも……おかみさん、笑ってたよね」
「気にすることないですよ。可愛い反応と思ったんでしょう。事実、俺はあなたの恋人に思われて嬉しかったですよ。思いがけずあなたの気持ちも聞けましたし」
「さ、さらっと恥ずかしいこと言わないで……」
恥ずかしくて、フードを深く被り直す。顔が見えなくなるのを残念に思いながらもコンラッドは笑う。後頭部に手を添え、ユーリの顔を上に向かせた。そうしてしまえばフードの防御は意味をなさず、コンラッドは触れるだけの口付けを与える。人目の届かないのをいいことに、更に二度三度と繰り返す。
「……ていうか、おかみさん、わたしの顔見ても何にもなかったね」
「ありませんでしたね」
「国民に顔を覚えてもらえていない王さまってのも、なんか複雑かも」 ← top