朝の匂いと日々のくずれ


 枕を引き寄せようと伸ばした手は、布ではなく自分以外の温度を見つけた。

 温かな感触に触れたままゆっくり目を開けると、見慣れた壁と窓は無くて、代わりに飾り気のない壁とそこに立てかけられた剣が目に入った。自分の剣じゃない。あんなに重たそうな剣は、ユーリはまだ持たせてもらえていない。

 その剣を軽々と扱う手の持ち主は、ユーリを後ろから抱きしめた体勢で静かに寝息を立てている。ユーリが枕を探して見つけたのは、腕枕をしてくれているコンラッドの左腕だった。

 昨晩、眠りに就くときは彼の胸元にくっついていた覚えがあるから、ユーリが寝返りを打っても変わらずずっと左腕を下にしてくれていたらしい。

 コンラッドの部屋に泊まるのは初めてではないけれど、ユーリの部屋で寝る回数の方が多いから、こうしてコンラッドの部屋で、彼より先に起きるのはなんだか新鮮だった。

 初めて入ったときは私物の少なさに驚いたし、長期不在から戻ってきた今もあまり室内の様子は変わっていない。そんな中で、棚の一角に置かれたアヒル隊長が大事そうに置かれていた。

 コンラッドが地球で過ごしていた時に自分があげたものらしい。らしい、というのはユーリがまだ乳歯も生えていなかった時分の頃の出来事で、コンラッドから聞くまで自分があげたものだと知らなかったからだ。そんなアヒル隊長は、今は室内側にしっぽを、棚の壁側へ顔を向けている。昨日ユーリが部屋主の目を盗んでそうした。彼の上に乗っているときに、『幼少の象徴的存在』である無機質な黒目と目が合うと気まずい心地になるからだだった。

 今は何時だろう。
 起き上がるにしても、巻き付くようにおなかへ回っている右腕を外さないとならない。
両の手で腕を持ち、そっと持ち上げる。コンラッドを起こしてしまわないように気をつけながら―――ユーリは腕の中から横に移動していく。

 抜け出せそうというところで、ベッドについていたユーリの手首が掴まれ、二本の腕によって上掛けの中に引き戻された。
 
 一体いつから起きていたのか―――それを悟らせなかった当たり、もしかしたらユーリが起きるより前から彼は意識はあったのかもしれない。
 寝起きらしからぬ爽やかな笑みを浮かべ、腕の中にユーリを閉じ込めた。起きたばかりで体に力の入らなかったユーリは、彼の良いように押し倒されてしまった。

「もう、起きてたなら言ってよ」

「すみません。キスしてくれるかと期待していたんですが」

 コンラッドは悪いとは微塵も思っていない声で謝った。

「離れるなんて、そんな寂しいことしないでください」

「ごめん」

 ユーリは目線を逸らす。部屋に帰ろうとしたことは、多分見抜かれている。
 侍女に、コンラッドの部屋に泊まると言って来なかったので、戻ろうかと思ったのだ。

「部屋にいなかったら、侍女がびっくりするかも」

「それなら大丈夫ですよ。俺の方から伝えておきましたから」

 だからもう少しいてください、と甘く囁かれれば、ユーリに断る理由は残っていなかった。再びコンラッドの腕の中で眠る体勢を整えると、まだ眠そうな彼に訊ねた。

「何時から起きてた?」

「少し前です。あなたの可愛い寝顔を見ていました」

「……ばか」

 照れ隠しで悪態をつくと、コンラッドはおかしそうに笑う。それから、髪を撫でてくれる。それが気持ちよくて、ユーリは猫のように目を細めた。

 一番鶏が鳴くまで。もう少しの間、温かな胸に甘えるのも悪くない。



top