心臓をくすぐるのがお得意で

 国中のお菓子が血盟城に集められたのかと思うほど、血盟城内はお菓子の甘い匂いが漂っていた。どこに行っても誰に会っても、皆がお菓子を手にしていた。

 陛下から頂けた嬉しそうにするメイド、閣下が練兵場の前で配っていたと同僚と連れ立って向かう兵士―――皆が今日というイベントに、浮き足立っていた。

 ユーリが地球から持ち込んだ「ハロウィン」。異世界の風習を持ち込むのはどうかと思ったけれど、楽しそうに飾り付けを進める周りの様子に、ユーリも徐々に乗り気になった。

 用意してもらった衣装は、黒マントに黒いワンピース。スカートの裾にはレースが付いている。
 その背中には骨飛族を模した羽、頭には三角帽子を被り、魔女に扮した。お菓子の入ったかごを持ち、場内を練り歩く。
 お菓子をねだって回るのではなく、人に会う度にユーリは「トリックオアトリート」というお決まりの台詞とともに、お菓子を渡した。

 仮装した子どもが各家を回ってお菓子を貰うのがハロウィンの醍醐味ともいえるけれど。
 眞魔国でのハロウィンは、仮装した者がお菓子を配り回ることになったらしい。

 例の決まり文句をはじめハロウィンの仕様についてユーリは説明をしたのだけれど、人伝に話が広がるうちに「この日だけは何もせず(何もしない代わりに)お菓子をもらえる」という前半部分がメインになった。

 主催者側の方にお菓子作りはたまた代わりの実験に強い意欲を示した者がいたことからも、ユーリも「ならそういう方向で」と二つ返事で了解した。

 この日のために城下で買い集めてきたお菓子はなかなか順調にはけていった。この機会に、ユーリは普段なかなか接する時間のない人たちの顔をよく見て、一人ひとりとちゃんとおしゃべりをした。―――使用人たちが夢中になる理由の一つが、これだった。

 高位の者たちは、下位の者から物を受け取るというのは相手の忠誠心など気持ちを受け入れるという意味が強く、おいそれと物のやり取りなどしない。逆もしかりで、高位の者から下位の者へ物を与えるのはその者の誉を称えるときなどだった。

 けれど今日、渡されるのは手作りであったり街で売っているような、ささやかなお菓子。
 意味合いなんてないけれどそれでも彼らはこのイベントに乗っかった。仕えている主から物をいただけるなんて、滅多にない機会だ。重要な意味があるわけでも、忠誠心を試すような重い意味合いではない。純粋に、「お菓子をもらい、時間を共有する」ことを楽しみたかった。

 主催者側の一人であるアニシナは「毒味か実験か」のどちらが良いかと希望者こともにたあを募ったり、グウェンダルのところでは彼の配るお菓子の噂を聞き付けた兵士たちによって長蛇の列が形成された。

 ヴォルフラムやグレタ、村田はお化けの仮装をしてユーリの元へやって来たので、四人でお菓子交換をした。

 魔王の居室に戻ったユーリは、ソファに座るとようやっと肩の力を抜いた。

「疲れたけど、楽しかったー」

「お疲れ様でした、陛下」

「陛下はやめてよ、名付け親」

 一日中城の中を歩き回り疲れたけれど、テーマパークで遊び歩いた後の疲労感と達成感があった。コンラッドのいれてくれた紅茶も、いつも美味しいけれど今日はまた格別の美味しさに感じられた。

「コンラッドもお疲れさま。ずっとついて歩いてたから、疲れたでしょう」

「楽しかったですよ」

 そう笑ってくれるけれど、仮装もしていないし彼は別段お菓子を配ったわけてももらった側でもない。護衛兼世話係として、常と変わらずユーリと一緒にいた。せっかくのハロウィンなのにと勿体なく思っていると、

「ところで、俺には言ってくれないんですか?」

「へ?」

「ほら、アメリカだと仮装した方が言うじゃないですか。『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』、と。まだあなたに言われてないです」

 言いながら、ユーリの三角帽子をテーブルに置く。マントを抜いで羽も外したユーリの姿は、コンラッドの目には、可愛い可愛い少女にしか見えなかった。
 コンラッドはユーリの隣に腰掛け、頬にかかる横髪を指で払いながら、その柔らかな頬を撫でた。

 今日、彼女がしていたように、話す相手と目線を合わせ。彼女が接した誰よりも近い距離で、何度も口にしていた台詞を求める。

「トリックオアトリート」

 そして、コンラッドは用意していた答えを返す。彼女を傍で見ながら、ずっと楽しみにしていた。

「じゃあ、悪戯の方を」

「お菓子じゃないの?」

「あいにくと、今は何も持っていなくて」

「……」

 ならなぜ言わせた、とユーリの顔が言っている。まさかここにきて、本場のハロウィンを知っている人から、お菓子じゃない方を求められるとは思っておらず、ユーリは面食らった顔をした。

 本場のハロウィンでは、生卵を扉にぶつけたりとお菓子をもらえるまでイタズラの限りを尽くすらしいけれど。

 ユーリ自身、悪戯をする準備なんてしていなかったし、お菓子しか持っていない。そのお菓子も尽きている。

 どうしようかと考えた結果。

―――むに。

 コンラッドの頬を摘まんで、左右に引っ張った。間抜けな顔にならないのは、もって生まれた顔の良さのせいか。
 コンラッドとユーリの視線を合ったまま。銀の散った薄茶色の瞳が、物足りないですと続きを促してくる。

「悪戯してみてください。俺が『降参』して、お菓子をあげたくなるまで」

 そんなの無理、とユーリは始めこそ拒んでみせたせれど、「ならこちらから」としかけてくるコンラッドの悪戯にもうどうしようもなくなって。

 結局、コンラッドが満足して『降参』してくれるまでユーリは「悪戯役」を続けるしかなかった。



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