土地勘が無くても分かりやすいかと思って、待合せ場所を渋谷のハチ公前にした。地名を聞いた彼は「ユーリの名字ですね」と興味深そうにしていた。でも残念、姓と同じだからといっても特別なものは特にないよ。
東京という都市は、ビルと人の集まりだ。
土曜日のハチ公前。皆が待ち合わせに使う名所。スマホで連絡を取り合う人たちの中、私にはそんなもの必要なかった。
左右に行き交う人の波の向こう、背の高い男性が立っていた。
日本人の多くいる中に彼がいると、飛び抜けて高く見える。眞魔国では彼と同じくらいかそれより高い人もいたので気にならなかったけれど、すらっと縦に長くておまけに見目の良いコンラッドは、白い襟付きのシャツにカーキのスラックス、そしてサングラスというカジュアルな出で立ちに、集まった待ち人たちの中で―――私には、彼一人だけ彩度が高く見えた。
スマホが必要ないと言ったのは、そういうこと。どこにいるのか連絡したりせずとも、彼がそこにいてくれたら、すぐにわかるから。
まだ約束した時間の15分前だというのに、もう到着して待っているのが忠実な彼らしい。時間に余裕をもって到着したのはこちらも同じだけれど、果たして彼はいつからいるのだろう。
ユーリがあと少しで辿り着くというところで、二人組の女性が彼に声をかけた。クール系な美人さんだ。大学生か、社会人だろうか。英語には自信があるようで、外国人であるコンラッドに臆すことなく話しかけている。コンラッドの方も、笑顔を浮かべて答えている。楽しそうな光景を眺めていると、こちらに気づいたコンラッドが右手を軽く掲げた。
「ユーリ」
「―――おまたせ、コンラッド」
二人の女性をその場に残して、こちらに駆け寄って来たコンラッドに挨拶する。二人組の女性は連れが来たことを残念そうにしながら人混みの中へと入っていった。その子たちの姿が見えなくなったのを確認し、コンラッドに視線を戻す。
「なにを話しかけられていたの?」
「この近くで甘いお菓子のある店があれば、教えてもらおうかと。貴方をエスコートするのに、俺はまだこの土地のことが分からないので」
「なんだ、そんなこと。今日は私がコンラッドをエスコートするから、そんなこと気にしなくていいの!」
コンラッドが自然に左腕を差し出し、そこに右腕を絡めて歩き始める。
眞魔国では、コンラッドにエスコートされるばかりだったけど、東京観光なら私の方に任せておいて欲しい。何回か遊びに来たことがあるので、周辺の施設は知っている。
「ユーリ、楽しそうですね」
上機嫌なユーリを見て、コンラッドが言う。
「ふふふ。東京の街をコンラッドと歩いているなんて夢みたいで」
「俺もです。ユーリはよく、この街に来るんですか?」
「うん。休みの日とかに友だちと遊びに。でも待合せって初めてしたから、珍しいコンラッドを見られて満足!」
「俺が話しかけられるのを見ていたんですか」
「うん。ついて行っちゃったらどうしようってどきどきしたけど」
「俺がユーリより他を優先すると?」
ありませんよ、とコンラッドは否定する。
「そうかな。コンラッドはモテるから、わっ―――」
絡めていた腕を解いてユーリの肩に回し、大人とぶつかりそうになったところで自分の側に引き寄せた。おかげでぶつかることはなく、相手はユーリを邪魔そうに見て、次いで隣にいるコンラッドがこちらに鋭い視線を向けているのに気づくと、足を早めてその場から去った。
「ごめんね、コンラッド。人混みが久しぶりで」
「気をつけて。ユーリ、俺の傍を離れないで」
雑踏にかき消されないよう、あえて耳元で彼女の好きな低さで囁いてあげれば、顔を朱に染めたユーリがこくんと首を縦に振る。
眞魔国では、もっと色んなところを触れられたりそれ以上のこともしているので慣れているつもりだったけれど。東京という現代感覚が戻った場所で、肩を抱き寄せられただけで「コンラッドかっこいい…」と何度目か分からない感想を抱くユーリの顔は、流行りのアイドルグループを間近で見て「尊い。好き」以外の語彙力が消失した女子高生のそれだった。 ← top