君はこの先、何度も何度も裏切られるよ。
そしてその度に、君は血を流すほどの苦しみを味わい、時には死にたくなるほど辛いかもしれない。
―――それでも君は、立ち止まらずに進めるかい?
*****
沸騰した血が末梢に至るまでの血管を巡り、筋肉が引きちれんばかりの痛みが全身を襲った。
力を入れることもままならなくて、糸を失った人形のようにぱたりとその場にくず折れた。
慣れない人間の土地で魔力を使用したため、体の消耗は激しくて、視界が大きくなったり小さくなったりする。
塞がれてしまいそうな視界の窓を無理やりこじ開け、地面と顔が接触する前に己を受け止めた男の顔を見た。
「コンラッド」
「まったく、貴方という人は……」
大シマロンという人間の土地で、彼女は天候を変えてしまうほどの強大な魔術を行使した。
国王の膝下で。そのため会場自体に張られた法力の加護も尋常ではないというのに。
相変わらず無茶をする、と心中で息つきながら、彼女の視線を正面から受け止める。
上様モードの面影はすっかり消え、黒曜の瞳には動揺と怒りが入り混じった複雑な色が滲んでいた。
コンラッドは視線を動かして、ユーリの体の状態を確認する。露出している肌の至るところが傷だらけなのが見え、胸がわずかに締めつけられたが、コンラッドは浮かべた表情を崩さなかった。
魔力によって形成された雪の精たちは形を失い、無数のぼたん雪となって会場内に雪を積もらせていく。
天上から銀片が降り注ぐ中、豪雪に阻まれて兵士たちは入って来れない。下方でのざわめきが聞こえる、登るのに四苦八苦しているのだろう。
白と黄色の、敵国の軍服。信じられない。
握った腕の感触。信じたい。
―――生きている。左腕もある。
どれだけ、会いたいと思っていたか。
「…生きててくれて、よかった」
耳鳴りがする。鼓膜の近くで銅羅を叩かれているみたいだし、頭の中で脳みそが地団駄を踏んでいるようだ。コンラッドがわずかでも腕を捩れば、ユーリの力の入っていない手なんて振り払われてしまうだろう。
そうなるより先、彼に伝えたいことがあった。
「無事でいてくれて、本当に……」
「それはこっちの台詞ですよ」
血の気の失せた手に、コンラッドが手を重ねる。離れていこうとする気配を察して、ユーリは彼の腕を掴んだ。
「さあ、下に降りましょう。ここもいつ崩れるとも知れない」
放してたまるもんか。この手を放したら、また遠く、自分の知らない場所に行ってしまうくせに。
「ユーリ、手を」
聞き分けのない子を諭すように、名付け親が名を呼んでくる。
いやだ、と心から叫んだ。けれどそれは音にならず、背後から伸びてきた透明な手がユーリの視界を覆う。
女の人の囁き声が聞こえる。
魔術を使いたいと求めても出てきてくれなかったのに、どうして今なのか……。
「やだ。いやだ、行かないで」
焦点の危うい目で訴えられ、無理やりにでも目を閉じさせようかとコンラッドが逡巡した時、がくんとユーリの体が傾いだ。
苦しそうだが眠りについた者の呼吸音が聞こえてくる。気を失ってくれたことに、コンラッドは安堵する。
かつての主君と再会するのはもっと後、このような状況下ではなく、その時の二人の立場に相応しい場所でと思っていた。
なのに、まったく予想していなかったタイミングで人間側の宗主国の属領代表として現れたのだから。
このような場所での再会に、衝撃を受けたのはこちらも同じだった。けれど取り乱す彼女の姿を見たら、逆に冷静でいることができた。
地上を見下ろせば、鉄格子から抜け出した彼女の仲間たちが舞台の真下にたどり着いたところだった。複雑な表情を浮かべる彼らから、コンラッドは腕の中のユーリに視線を戻す。
「また、お会いしましょう」
―――待っていますから。
手放したくないという気持ちに蓋をして、目尻を濡らす雫を優しく拭い取った。 ← top