降り積もる想い

 久方ぶりに休暇を使い、コンラッドは城下へと来ていた。一緒に行きたがる陛下を宥めて一人で来たのだが、常の幸福のツケが請求されたかのように、今日はなかなか忙しい休日だった。

 品物を取りに行った先で請負人がトラブルに巻きこれてしまいそれの仲裁をし、収まったと思いきや今度は品物の取り違えが発覚し、誤って持って行ってしまった人物を探したりと、今の今まで城下を駆け回っていたのだった。そして無事に目当ての物を入手できた時には、既に日が暮れかけていた。このまま帰ったところで夕食の時間には間に合わないのは明白だった。それならと、たまたま目に付いた酒場にてアルコール度数の低い飲み物と食事で済ませようとしたのだ。

 身なりのいい男が、酒場のカウンターで一人食事をしている―――店の女たちの目には、大層な上客に映っただろう。
 コンラッドのもとへ食事が運ばれてしばらくすると、露出の高い服を着た女が隣の席に座った。彼女は終始、食事を進めるコンラッドへ甘い笑みを向け、2階へと誘ってきた。けれど、

「―――そろそろ帰らないと。主人もいい加減、待ちくたびれているだろうから」

「あら、まだいいじゃないの。夜はこれからなんだし、もう少し楽しんでから帰ってもバチは当たらないんじゃない?」

 唇と同じ色に染めた爪が、コンラッドの肩をなぞる。布一枚隔てた先にあるものを求めて蠱惑的な指が触れてこようとするのを止めさせる。

「休暇は今日一日だけなんだ。門が閉じるまでには、城に戻りたい」

「あらそう、残念……。貴方の心を縛っているのは、どんな方なのかしら。さぞ美人な方なんでしょうね」

 真っ赤な唇が弧を描く。女が煽ってくるのを涼し気な笑みで受け流し、

「愛らしくて、いつもこの国のためになることをなそうと一生懸命な方だよ」

 思ったことがすぐ顔に出るところとか、無鉄砲なところがあって危なっかしくていつも気がかりだ。何度言っても直らないけれど、民のためを思って争いを無くそうと一人でも戦うことを知った、強くて愛らしい主だ。

「まるで王様にでも仕えているような言い方ね、色男さん」

 コンラッドは微笑を浮かべた。これ以上粘ったところで彼の気持ちは動かないことを察した女は、

「……ごちそうさまな気分だわ。今日は残念だけど、また今度来てね」

 コンラッドは店を後にした。

*****

 城に着く頃には、月が上天に登っていた。彼女はもう眠ってしまっただろうか。城下へ出かけると告げたとき彼女も行きたそうにしていたが、授業と執務が溜まってきており、補佐を務めているグウェンダルの眉間が海峡のように深くなるのを見てしまったため、泣く泣く諦めたのだ。置いていかれることに寂しそうにする彼女に、「お土産を買ってきますから」と約束していた。

―――今日のうちに渡したかったが、渡すのは明日以降か。

 人知れずため息を吐き、自室の扉を開けようとした時。「閣下、お戻りでしたか」
 一人の兵士が駆け寄ってきた。自分の留守の間、ユーリの護衛を依頼していた者だ。

 彼はコンラッドに礼の形を取り、

「報告したきことがございまして、帰りをお待ちしておりました」

「陛下に、何かあったのか?」

 兵士には有事があればすぐに白鳩便を飛ばすよう命じていた。厳しくなったコンラッドの目線に、兵は無意識に背筋を伸ばした。

「陛下はその…、閣下の帰りをお待ちになっていたのですが、何かあったのではないかとずっと気にされておいででした」

 それから、と兵は続ける。

「陛下からご伝言を預かっております。『夜食を部屋に置かせてもらったので、良ければ食べてください』―――とのことであります」

「そうか。陛下は、いつ頃休まれた?」

「つい先程であります」

「わかった。今日一日ご苦労だったな。戻って休め」

 兵は一礼すると、踵を返した。すぐの角を曲がるのを見届けると、コンラッドは自室には入らず、歩き出す。目指す場所は、主の許だった。


 ノックをして部屋に入ると、そこには明かりのついた室内に佇む、小さな影があった。
 ベッドの上に腰掛けてこちらを振り返った彼女は、コンラッドの姿を認めるとぱっと顔を輝かせた。

「おかえりなさい。コンラッド」

「ただいま、ユーリ。こんな遅くまで起きていて大丈夫ですか?」

 むう、と唇を尖らせた。そんな仕草すら愛らしくて、酒場で出会った豊満な女性の姿なぞ薄らいでしまう。

「…コンラッドが遅いから心配してたの。危険はなかった?食事はちゃんと取った?」

「ええ。すみません、外で食べて来たので、夜食はまだ手を付けてないんです」

「ああ、いいの。外で食べてるんだろうなって思ったんだけど、もし食いっぱぐれたらかわいそうだなと思ってしたことだから。それより部屋に勝手に入ってごめんなさい。ヨザックにお願いして一緒に入ったから、何も変になってないと思うけど」

「ありがとう、ユーリ。嬉しいよ」

 彼女の隣に座り、そっと肩を抱き寄せようとして―――

「あっ、待って。今日は、そういうのいいかも……」

 やんわりと、彼女の方から拒絶される。

「どうしました……?」

「コンラッドから、知らない匂いがする……」

 暗に別の女性の存在を仄めかされてしまい、コンラッドは苦笑するしない。

「酒場に行ったので、近くの人の匂いが移ったのかと。すみません、不快な思いをさせてしまいましたね」

「ねえ、コンラッドの今日の用事って、その……」

 言いにくそうにする彼女の問いの先を察し、コンラッドは緩く首を振る。

「違いますよ。俺が今日城下に行ったのは、『これ』を受け取るためなんです」

 そう言って、コンラッドは長方形の箱を取り出した。片手に乗るほどの大きさのそれ。
留め具を外して中を開けると、中に銀色の簪に似た髪飾りが入っていた。青の石がはめ込まれ、花の意匠が施されたそれは、町の銀細工師に頼んで作らせたものだった。

「わあ、綺麗」

「気に入ったようで良かったです。この前、髪が少し伸びてきたと言っていたでしょう。城下に店を出している職人なら顔見知りなので、相談したら作ってくれたんですよ」

 髪飾りを手に取ると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。胸が熱くなる。

「遅くなったことだけど、ユーリが不安に思うことは何もなかったよ。いくつかトラブルに巻き込まれて、収めるのに時間がかかってしまったんだ」

「そうなんだ。怪我とかはしなかった?」

「ああ、このとおり何ともないよ」

 両手を軽く広げて、衣服に傷や乱れが無いことを見せる。黒曜の瞳にほっと安堵の色が灯り、コンラッドの腕の中に飛び込んできた。

「おかえりなさい。髪飾りをありがとう」

「ただいま、ユーリ」



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