羊飼いは星を数える

 ノックをしても返答が無く、「陛下、入りますよ」と断りを入れてから王の寝室に入る。
 ベッドはもぬけの殻。室内に人の気配はなく、視線を巡らせたコンラッドはバルコニー への入口が開いているのに気づいた。

 風を受けて薄いカーテンがはためくのを手で避けて外に出ると、彼の最愛の少女が夜空を見上げていた。ネグリジェの上にガウンを羽織っているとはいえ、まだこの時期の風は冷たい。

「ユーリ、そんな薄着で外に出ないでください」

「ねえ、今日は星がよく見えるよ」

 ユーリが手に持っているのは、夜空を丸く切り取ったような図盤だった。星見の塔からもらったというそれは、この季節に空にある星をその位置に写し、点同士を線で結んであった。ユーリは手元のそれと空を交互に見比べていた。

「ギュンターが教えてくれたのだけれど、今日は流れ星が多く流れるんだって。ついでに星座の勉強をしようと思って、前にもらったこれを引っ張り出してきちゃった」

 両手で図盤を持っているため、ガウンが肩から落ちそうになる。コンラッドはそれをかけ直してやった。彼女の首元で交差するように巻いて、体を冷やさないようにしてあげる。

「ふふ、ありがとう」

「寒かったら、我慢しないでくださいよ」

「うん。 コンラッドも一緒に見よう?」

 ユーリにいやだと言われても傍にいるつもりだったコンラッドは、「喜んで」と彼女の隣に立つ。ユーリの手元を覗き込むために、彼女に身を寄せる。とくん、心臓の鼓動が大きくなったのはどちらだろうか。コンラッドかもしれないし、ユーリの胸から聞こえたものなかも知れない。

「たしかに、よくできている。地球で同じようなものを見たことがあります」

「そうね。―――でも、向こうとは星座の形が全然違う」

 ユーリの声に微かに寂しさが滲んでいたのに、コンラッドは気づいた。

「同じ空の色で、同じように星があるのに。繋がっていないのね」

 空に見える星の光。あの光のどれかは地球だったりするのだろうか。それとも、ここは本当に異世界で、宇宙の中にあってもそこはそっくりなまったくの別物なのだろうか。

「……なんてね。今日、星の勉強をしたから、ちょっと考えてみただけ」

 自分の発言が失言だったと思ったのか、恥ずかしくなったのか、慌てて「違うからね」と言い添える。

「別に、ここでの生活がイヤになったとかじゃないからね。今日も一日楽しかったし、ごはんも美味しかったよ」

 コンラッドは彼女を安心させるように、優しく笑って見せる。

「いいんですよ。ユーリが思ったことなら、なんでも話してください。一人で抱え込まず、俺にだけは言って欲しい」

 ユーリが小さく、キザと呟いた。その声はばっちりコンラッドに届いた。

「―――あ、流れ星」

 ユーリは両手を組んで、願い事を唱える。星が燃え尽きるまでは一瞬のことだったけれど、ユーリは心の中で眞魔国の平和を願う言葉を3度繰り返した。
 また1つ、夜空に銀色の光が走る。さらにまた1つ。綺麗ね、感想を言おうと隣を見上げると、コンラッドが夜空ではなくこちらを見ていた。微笑みをたたえて、ずっと見られていたことに気づき、妙に気恥ずかしくなる。

「コンラッド、星が綺麗だよ……?」

「そうですね」

「ちっとも上を見てないのに。 なあに、星より君の方が綺麗だよとでも言おうとしたの?」

 冗談のつもりで言った。ここでコンラッドも乗っかって、いつもの軽口とかとっておきのジョークが返ってくるのを期待して。何か、ユーリが笑えることを言って欲しかった。この意味ありげな雰囲気を、別のものにしたくて。

「星よりも、ユーリを見ている方が好きなんです」

 コンラッドはユーリの手を取ると、指先にそっと口付けを落とす。夜風に冷えてしまってい指先に、急激に熱が集まる感じがした。

「そろそろ冷えてきましたね。部屋に戻りましょう」

 ユーリはどうやら彼に口実を与えてしまったらしい。

 彼の瞳に散った銀の虹彩がまるで星の様だと思ったけれど、それは結局、言葉になることはなかった。



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