想いから遠回り

 隣から健やかな寝息が聞こえるのを確認して、ユーリは静かにその身を起こした。そして彼を起こしてしまわないように気をつけながら布団から抜け出すと、寝台の下に手を突っ込んだ。腕を左右に動かし、下に隠していたものを引っ張り出す。

 それは枕だった。両手に抱えるほどの大きさの枕と、そして枕に繋がった一本のマイク。
 これは、フォンカーベルニコフ卿アニシナこと毒女・アニシナの生み出した魔動体験機・夢芝居だ。(彼女は貴族名より後者の呼び名の方を気に入っている)

 魔法の一種で、相手の夢に入る術がある。けれどそれは、関係が近しい者同士でありかつ波長が似ていることが必要とされ、容易なものではない−−−だったのだが、不可能を限りなく可能に近づける天才が、この血盟城にいた。

 ユーリは以前も借りたことのあるそれを借りて、ある人に試そうとしていた。眞魔国を留守にしていた、コンラッドだ。
 あの時から幾らか時間が経ち、ユーリとコンラッドは晴れて両思いになった。

 さて、昼間は優しくて滅多に隙の無い彼は、ベッドの中でどのような夢を見ているのか。
 ユーリは自分の枕と夢芝居を取替えコンラッドの隣に置く。その上に立ってマイクを握る。寝たふりをして……



 薔薇の生垣が迷路のように入り組んだ中に、ユーリはいた。眞魔国の庭園だ。迷子になるからと、ここを歩くときはいつもコンラッドが案内してくれる場所に、ユーリは一人で放り出されてしまった。

「コンラッドー?」

 ここはコンラッドの夢の中だというのに、夢を見ている当の本人はどこにいるのだろう。幾重も重なった生垣の向こうから、人の声が聞こえる。庭師に心の中で謝りながら(どうせ夢だしと)、生垣をかき分けて進む。薔薇の茨はユーリの肌を傷つけることなく、難なく進むことが出来た。便利な夢だこと。

 果たして、生垣の向こうに開けたスペースに出ることができ、そこには夢の持ち主であるコンラッドが立っていた。

「コンラッド!」

 やっと会えた嬉しさを滲ませて彼の名を呼べば、こちらを振り返った。いつもであれば傍に来て手を差し出してくれるところを、彼はユーリに笑みを向けるだけだ。
ユーリが自分で立ち上がるのを待って、「話があるんです」と口を開いた。

「なあに、話って?」

「結婚しようと思うんです」

 は、と口から声にならない音が出た。ぽかんとするユーリに構わず、いきなり現れた金髪が美しい巻き毛の女性がコンラッドに寄り添う。ユーリより背が高くて、目鼻立ちがくっきりした美女だ。コンラッドも満更ではない表情で、彼女の肩を抱いている。

「その人はだれ?」

「俺の恋人です」

 うっとり、見つめ合う二人。潜り込んだ恋人の夢で、自分は一体何を見せられているのだ。

「ちょっと待って、私もコンラッドに告白されたわ!」

 二人の世界に割り込んだのはユーリではなく、また知らない美女だった。栗色の髪を揺らして、金髪美女とは逆のコンラッドの腕に絡みつく。「待って……」ユーリの声は、第三、第四と現れた女性の勢いにかき消された。更に様々な女性が湧いてきて、しまいには押し合いへしあいの大騒ぎ。美女多数にコンラッド一人。

 止めに入る衛兵が現れないのは、これが夢だからか。ぎゅうぎゅうにつぶされる中、コンラッドは幸せそうに笑っている。一瞬で修羅場を作りあげて、何が楽しいというのだ。
ユーリはたまらず叫んだ。……この、

「浮気者−−−!!!」

 目を開けると、美女も庭園も消えていて、見慣れた天蓋があった。コンラッドはすでに起きていたようで、「起きましたか、ユーリ」とユーリの顔を覗き込んできた。大好きな顔に、この時ばかりはとユーリは枕を思いっきり投げつけた。その顔をさっきまで別の人に向けていたくせに!!

 けれど、さすがアニシナの発明品と褒めればよいのか、枕自体がふわっふわであったため、コンラッドは難なくそれを受け止めてしまう。

「どうしたんですか、ユーリ。急に大きな声を出して」

 夢の中のコンラッドに告げたと思った最後のセリフは、思い切り寝言で言ってしまったらしい。彼は寝起きでいきなり枕をぶつけたことに怒りもせず、

「夢の中の俺は、貴方に何をしたんでしょう?」

 と楽しそうだ。その手には夢芝居用のマクラと、マイクが握られている。夜中の間にユーリが何をしていたのか、察しがついているようだ。

「コンラッドのえっち、ばか」

「なぜ?」

「女の子に揉みくちゃにされて、私じゃない人と結婚するって」

「それは、ユーリの夢の中の俺は、随分見る目がないんですね」

 笑いながら言って、彼はユーリを抱きしめた。

「……なんて?」

「見る目がないな、と」

「違う。その前。誰の夢って言った?」

 ユーリは夢芝居を使ってコンラッドの夢に入ったはずだ。けれど彼は、「ユーリの夢の中」といった。
 まさか、とユーリは顔を上げる。コンラッドは当たりだと言うようにユーリの額に口付けた。

「波長が合うと夢の中に入れるというのは本当だったんですね。意識だけはあったけれど、行動は貴方の夢を映したように、俺に決定権はなかった」

 つまり、夢芝居の影響で元々波長の合いやすかったユーリとコンラッドの夢が溶け合い、魔力の大きいユーリの深層心理が大きく働いた結果だと。

「じゃあ、私は自分の見た夢に貴方を招き入れただけってこと……?」

「そういうことになりますね」

 ユーリはがっくりと肩を落とした。夢の中でまで嫉妬するなんて恥ずかしすぎる。

「でも、あれはなかなか面白かったですよ」

「面白いって……、こっちは必死だったのにー!」

「それにしても、夢の中であんなことを言われるとは思わなかった。俺が結婚なんて、ありえないよ」

「だって、夢だし……。本当に他の人と結婚したらどうしようって、怖くなったんだもん……」

 涙ぐむユーリを慰めるように、彼は優しくキスをした。そして耳元で囁く。

「大丈夫だよ、俺は貴方しか愛していないから」

 ユーリは、今度こそ本当の意味で真っ赤になった。


 さて、夢枕の使用報告を楽しみにしているアニシナへ、どう報告したらよいだろう。



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