もうとっくに夢中だよ


 昼の休憩がそろそろ終わる。
 部室を出ると、コートの付近に人だかりができていることに気づく。桃とかにぎやかなメンバーがいて、大石や不二なんかも近くにいる。

「俺、全然知らなかったすよ!―――普段なんて呼んでるんすか?」

「桃、あんまり質問攻めにしたらかわいそうだよ」

 何の話だろ〜面白いことでもあったのかな。

 ラケットを片手に「ね〜」と声を上げながらちかづく。まず俺に気づいてくれたのは、大石だった。なんでか驚いたような表情で俺を見てくる。

「どーしたの、大石?」

「英二、お前に用があるって人が……」

 俺の声に、輪になっていた人だかりが左右に割れる。なんかそういう現象に名前があった気がするけど、それより輪の中心にいた小柄な子に、俺は持っていたラケットを落としそうになった。

「……え、名前?」

「…、英二先輩!」

 人垣の一番奥にいた名前が、俺の存在に気づいた。ほっと安心したように表情を崩す。

 さっきまで困ったように笑っていた顔と違い、俺だけに見せてくれる、好意をにじませた笑い方は相変わらず、すんごい可愛くって……じゃなくて!

「なんでここにいんの? っていうか、人の彼女を取り囲むんじゃないってのー!」

 名前に対してはいつものように優しく問いかけ、彼女をかばうようにメンバーたちの前に立って猫みたいに威嚇する。
 ようやく名前の方を振り返って何もされていないこと(あるはずもないけど)を確認し、頭一つ低いところにある顔を覗き込む。

「今日、部活って言ってなかったっけ?」

 この前電話した時、土曜日はお互い部活があるからまた別の日に遊ぼうという話で終わったのに。

 どうしてここにいるのかと表情で問いかけると、名前は恥ずかしそうに両手を胸の前で握る。

「あ、あの実は、今日は青学と合同練習があって、ちょっとテニス部を見に来たの…」

 確かに名前は自身の学校の陸上部のジャージを着ている。長袖長ズボンで今は素肌が隠されているけど、露出している頬っぺたが赤くなっていることに気づいた。名前は色白だから、日焼けして肌が赤くなった痛々しい姿なんて見たくないなって思った。

 実姉が夏になると鏡の前で丹念に日焼け止めを塗りこんでいる姿を見ている俺は、名前はちゃんと大丈夫か心配でつい聞いてしまう。

「顔赤いけど、日焼け止めちゃんと塗った?」

「え、あ…赤いですか?」

 これは、その、多分違います…と消え入りそうな声で呟く名前。

 止めに入ってきたのは、一番近くで彼女を質問攻めにしていた桃だった。

「、あー英二先輩。 それ以上言うのは野暮ってもんですよ」

「え、にゃんで?」

「ああの…すみません!そろそろ集合かかるので、戻りますね」

 失礼します、と一礼して彼女は持ち前の健脚であっという間に走り去ってしまった。恥ずかしそうに一目散、って感じだった。

 もっと名前と話したかったのに。

 小さくなっていく後ろ姿を名残惜しく眺めていると、桃がおもちゃを見つけた子どものような表情で問いかけてきた。

「英二先輩、いつの間に彼女なんて作ったんですか?! しかもあのジャージ、山吹中ですよね? どうやって知り合ったんですか?」

「なるほど、あの子がいつも話していた子か…」

「ふふ、かわいい子だったね。 英二が過保護になるのも分かる気がするよ」

「データ収集のために、できれば2人の出会いから現状に至る経緯まで詳しく話を聞かせてくれないか」

 桃、大石、不二、乾が話しかけてくる。

 名前と付き合う前は、彼女ができたという部員がいると好奇心からいろいろ質問する側だったけれど、聞かれる側はこんな気持ちだったのか〜とようやく同じ気持ちを持てた。ていうか乾のそれはデータテニス関係なく、ただ恋バナが聞きたいだけだろ。

 輪に入っていなかったメンバーは興味ない風を装いながら、さっきから準備の手が止まっている。

「英二先輩、教えてください。お願いしますよ〜!」

「ぜぇったいだめー!」

 桃が猫なで声で頼んでくるが、俺は断固として拒否する。

 俺の知らない間に俺の彼女と話していた桃が面白くないのと、むやみに多数の部員がいる場で彼女の可愛いところについて話すのは、彼女が無為に消費されてしまうような気がしたから。
 早くこの質問攻めの雰囲気を終わらせてくれと、それが可能な人物の出現を祈っていると、

「お前たち!練習時間はとうに始まっているぞ!」

「て、手塚〜!」

 ナイスタイミングとばかりに手塚がテニスコートへやってきてくれた。

「菊丸、桃城、気が抜けているようだな。グラウンド50周!」

「りょーかいっと、サンキュー手塚!」

 いつもなら絶対に聞きたくない手塚の言葉だけど、俺はこの場から抜けれるんだったら理由は何でもよかった。


◇ ◇ ◇


 名前たちの陸上部は、15時過ぎに引き上げて行った。ちょうど帰っていく団体に気づいて遠目から名前を探すと、こちらを見た彼女と目が合った。
 小さく手を振る彼女が可愛くって、やる気の出た俺は疲れなんて吹っ飛んでタイブレークに試合に勝利した。

 練習が終わって気が抜けた途端、疲れがどっと押し寄せてきた。
 くたびれた体を引きずって部室に帰ると、桃が待ってましたよとばかりに近寄ってくる。

「英二先輩〜、彼女さんの写メとかないんスか?」

「ふん、桃には見せないよーだ!」

「ええっ、なんでですか?!」

「俺の知らないとこで勝手に名前と話してたからだよ!」

「そんな〜。向こうから『英二先輩いますか?』って話しかけて来たんすよ! 他校のジャージだったし、事情くらい聞いたっていいじゃないですか〜!」

「ならすぐに俺を呼んでよ!」

 なんでみんなして取り囲むようにして彼女と話してるんだよ。
 名前が俺に会いに来たなら、すぐ呼んでよ。部室で名前にメールを送っていた自分を恨む。―――ていうか、名前も休憩中に顔を出すなら事前に一言メールしておいてくれていいじゃないか。

 本来ならもっと会えたかもしれない時間が、様々な理由によって短くなってしまったことに、がっかりせずにいられない。

「ごめんね、英二。初めて彼女さんを見たから、つい…」

 不二が申し訳なさそうに謝ってきた。それにちょっと毒気を抜かれた俺に、

「せっかくだし、写メとかないの?」

 すぐにムッとした顔に戻った。狙いは結局そっちか。
 にこにこといつもより笑みが濃いあたり、からかい半分なのかもだけど。大石も積極的には止めず、こちらを気にしている。
両手を合わせて拝んでくる桃と、ノートとボールペンを手にする乾。
 ………。

「……1枚だけだかんね」

 ロッカーのテニスバッグからスマホを取り出し、アルバムを開く。

 スワイプして画像を探し、この前彼女とデートした時に撮影したとっておきの1枚を選択した。
 イルミネーションと、ライトで煌めく噴水をバックに笑う彼女。

 彼女が欲しがっていたマスコットのキーホルダーをプレゼントした後すぐくらいに撮影したものだから、彼女の笑みがきらきら輝いている。彼氏の欲目を抜きにしても、自分でもきれいに撮れたと思う。
 画面を見せると、桃や乾だけでなく、気にしていたメンバーがわらわらと集まってきた。

「めっちゃくちゃ可愛いじゃないっすか! 英二先輩、まじで羨ましいっす!」

 食い入るように画面を覗き込む桃が歓声を上げた。

「先輩呼びってことは、彼女は後輩なんだよね? 何歳差なんだい?」

 人の間から覗き込むタカさんからの問いに「1コ下。中二だよ」と答える。

「どういうところが好きなんすか?」

「…べっつに、かわいいとこが全部好きだよ」

「ひゅー!」

 囃す声にいよいよ照れくさくなり、そろそろしまおうとしたところで、ピコンとメッセージが来たことを通知する。

 トークアプリを開けば、話題の中心である彼女からのもので。

『青春台駅で下りたんだけど、よかったら一緒に帰れませんか?』

 それを見た瞬間、急いで着替えを再開する。 名前がくれた制汗剤を体に吹きかけ、制服へと着替える。最後にロッカーに備え付けの小さな鏡で顔を確認し、よしと気合を入れる。

 青春台駅まで走れば10分もかからないだろう。名前におおよそ着く時間を知らせる。すぐに既読マークがつき、ネコが両腕で大きく丸印を作ったスタンプが返ってきた。

 菊丸の様子から状況を察した不二が

「よかったね、英二」

「うん! じゃーみんな、お疲れさま! おっさきー!」

「お疲れ様です!」

 部室を出た直後、中が一気に騒がしくなった。引き続きの話題で盛り上がっているんだろう。休み明けの部活でまた追及されるかもしれないけど、かまわず走り出した。



 彼女のかわいいところが好きだ。
 俺に「可愛い」って言ってほしくて影でいろいろ努力してるとことか。俺を見つけて嬉しそうに綻ぶように笑って駆け寄ってくるところ。―――一途に、俺を好きだって言う目で見つめてくれるところ。

 彼女のことを一番知っているのは自分がいい。だから、俺の知らない彼女の顔を知っているっていう人がいると、ついやきもちを妬いてしまう。

 なんで他校に行っちゃったのかという不満はあるけど、途中下車して待っててくれる彼女のそういうところが好きでたまらない。

 早く会って、彼女を近くで感じたかった。



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