あなただけに揺れたい
昼休みの生徒会室。
ぱちり。ぱちり。
資料をホチキスで綴じる音が室内に響く。
わたしが作っているのは、今日の放課後の会議で使用するA4サイズ、8枚綴じの資料だ。生徒会メンバー分、会議に参加する各委員長の分、予備も含めると結構な量になる。
「……ふぅ」
ひと通り作り終えて、わたしは息をついた。
時計を見ると、お昼休みも半分を過ぎたところだ。
昼休み中には資料を綴じ終えて、内容を頭に入れておきたい。
作業を続けようとしたとき、コンコンというノックされる。次いで「入るぞ」という声とともに、生徒会長で彼氏である手塚くんが入ってきた。
「あ、て…会長。 どうされたんですか、昼休みに」
わたしは手元から顔を上げて尋ねる。
「いや、教室へ行ったらお前が生徒会室に行ったと聞いてきたんだが―――」
言いながら、手塚くんはわたしの手にあるホチキスと資料の束を見て顔をしかめた。
「一人でやっていたのか……」
「平気ですよ。これでもわたしが庶務なのですから」
わたしは冗談めかして胸を張って言った。
「それにこのくらいの量なら、一人でぱぱっとやった方が気も楽ですし」
すると手塚くんは、ますます渋面になった。わたしは教師に内職が見つかった学生のように肩を小さくする。
「そういう問題じゃないだろう。 お前、食事は取ったのか?」
「あ、えっと……今からです」
隣の席に置いておいたお弁当袋を会長に見えるように持ち上げてみせると、手塚会長は呆れたようなため息を漏らした。
「まったく……。俺がやるから、お前は食事にしろ」
そう言って、会長は有無を言わせずわたしの持っていたホチキスと資料を取りあげた。そしてそのまま流れるような手つきで書類をまとめていく。
あっという間に出来上がっていく資料の束に、わたしはお弁当を出したままつい眺めてしまう。
「すみません、わたしの仕事なのに……」
申し訳なくなって言うと、手塚会長は手を休めずに答えた。
「気にするな。俺はこういうことは得意なんだ」
手塚くんは表情一つ変えずに、そう言った。―――数秒置いて、わたしはそれが彼の軽口なのだということに気づく。不器用なそれに思わず笑ってしまったわたしを、手塚くんはちらと見て、すぐに目をそらした。
「ほら、出来たぞ」
出来上がった資料の束を差し出してくる。
「ありがとうございます。―――では、いただきますね」
「ああ」
受け取ったそれを数え、きちんと部数が揃っていることを確認する。
手塚くんは自分の分の昼食を広げ始めた。彼もここで食べるつもりのようだ。というか、手塚くんもお昼まだだったのか。
「会長もまだだったんですね」
「ああ。―――お前と一緒に食べようと思ったんだが、いいか?」
その言葉に驚いて顔を上げると、手塚くんと目が合った。少しだけ不安そうな眼差し。
「そっ……もちろん、いいよ」
慌てて答えると、「よかった」と彼は目元を和らげた。生徒会室という場所がわたしと彼を生徒会長と庶務にしていたけれど、今の手塚くんがそういうものを求めているのではないと察し、わたしも素を出すことにした。
お弁当箱を開けると、サンドイッチが入っていた。ハムレタスとたまごサンド。わたしが好きな具だ。
さっきまで感じていなかったはずの疲れが一気に押し寄せてくる気がして、目の前の食事に舌鼓を打つ。
サンドイッチを食べ進めるわたしの隣で、手塚くんも自分のお弁当を開けていた。
お互い黙々と食べ進める。手塚くんは食事中の会話はあまり好まないタイプのようだ。食事のときはこうして静かな時間が流れるのだけれど、居心地が悪いとかそういうことはない。
静かな時間の中で食事を済ませ、お茶を飲み終えて一息つく。
この穏やかな時間はとても好きだ。
普段、教室や廊下で会うときは周囲に生徒がいるので、こうして学園内で二人きりになれる時間というのはとても貴重だ。
場所は生徒会室とはいえ、二人っきりでちょっと意識してしまうこともあるわけで。
ちらりと横目で手塚くんを見る。
かっこよくて、頼りになって、優しい人。
こんな人が自分を選んでくれていることが未だに信じられないくらいだ。
好きだと告げたのはわたしから。手塚くんはその場で告白の返事をくれた。
でも、まだキスはおろか、抱きしめてもらったことない。手は何度か繋いだけれど、手と手を重ね合わせる程度のもの。
わたしはもっと、手塚くんと恋人らしいことがしてみたいだけだ。
一緒にどこかに出かけたり、デートをしたり。
でも、手塚くんはどうなんだろう。わたしが、手塚くんとキスがしたいと思うのと同じように、手塚くんもそう思ってくれるているだろうか。
そんなことを考えながら見ているものだから、視線を感じたのか手塚くんがこちらを見た。ぱちりと目が合う。
「さっきからどうした?」
「えっ、いや……」
「何か言いたいことがあるなら言ってくれ」
「その……手塚くんとキスしたいな、って思ったり」
「――っ、突然お前は何を言い出すんだ?」
「ごめんなさい、」
あわてて謝ると、手塚くん息を落ち着かせて
「まったく、お前という奴は……俺だって男なんだぞ」
そう言った手塚くんの顔はほのかに赤く染まっていて。わたしは今更ながら自分でとんでもないことを口走ったのではないかと思い至った。
「その、ごめんなさい。 せっかく二人っきりになれたんだからって思ったら、つい本音が……」
自分で言っておいて、何を言っているのだろうと考えがまとまらない。
わたしも真っ赤になった顔を伏せてうつむく。
しばらくそうして俯いていると、手塚くんがふっと笑みをこぼした気配がした。そしてそのまま、わたしの頭にぽんと手を乗せる。
ゆっくりと撫でられる感覚がくすぐったくて、わたしは小さく身をよじらせた。
「こら、逃げるな」
髪を撫でていた手がわたしの頬へと移動し、顔を上げるよう促される。
見上げた先で、手塚くんは優しく微笑んでいた。そして――そのままゆっくり近づいてくる。
あ、キスされるんだと思ったときには、もう唇同士が触れ合っていた。
触れるだけの、短い口づけ。 すぐに離れていったそれに、わたしはぽかんとして目の前の手塚くんを見つめた。
「……すまない、嫌だったか?」
少し不安そうに聞いてきた彼に、慌てて首を横に振る。「そうか。よかった」と、彼はほっとしたような表情を見せた。
もう一度、手塚くんが小さく呟き、ゆっくりと端整な顔が近づいてくる。
今度はさっきのより長く。互いの唇の柔らかさを確かめるように、角度を変えて何度も重なり、次第に深くなっていった。ふわふわした気持ちになってきて、目の前の彼に夢中になる。どれくらいの間そうしていたのかわからなくなった頃―――小さく音を立ててようやく唇が離れた。
熱に浮かされた頭でぼんやりと手塚くんを見上げると、彼の耳が赤く染まっていることに気づく。
我に返ってみれば、ものすごく大胆なことをしてしまった気がしてきた。思い出したように羞恥心がこみ上げて来て、顔がどんどん火照ってくる。
でも、どうやらこういうことをしたいと思っているのはわたしだけではなかったようだ。それがわかっただけで、何だか嬉しくて仕方がない。
「……そろそろ昼休みが終わるな。戻るか」
「う、うん」
手塚くんの言葉に大きくうなずいて、二人並んで生徒会室を出る。
午後の授業まであと少し。
少し軽くなった足取りで、わたしたちは教室に向かって歩き出した。
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