その名前に何の意味があるの


(紅蓮の湿地クリア後くらい)

「よう、お疲れさん」


 カナに貸し与えられている宿舎の扉を開けると、蒼色の男が出迎えてくれた。彼は勝手知ったるというように囲炉裏の傍に座り、火を起こしているところだった。

「オレもちょうど来たとこなんだ。すぐ飯の支度するから、もう少し待ってな」

「セキさん」

 ほっかむりを取りながら、カナは彼の名を口にした。乱れた髪を手櫛で整えてから、居間に上がる。

「今日はどうしたんですか?」

「野菜がたくさん穫れてな。集落の奴らが、あんたにってうるさく言うもんだから預かってきたんだ。苦手なもんとかあるか?」

「いえ、特にはないです。 ありがとうございます」

「いいってことよ。あんたには何かと世話になってるしな」

 言いながらセキは、鍋に刻んだ具材をふんだんに入れ、天井から吊り下がっている鉤棒にそれを掛けて、煮込み始めた。
 慣れた手つきで進めていくその様子にカナの視線が引き付けられた。

―――囲炉裏やその周りの道具について、ヒスイとは異なる時代で育ったカナには全く馴染みが無いものだった。


 最初のパートナーにヒノアラシを選んだから火の扱いには困らなかったものの、器具の名称は耳慣れないものばかりで説明書きを読まないとどう扱えば良いのか分からないし、商店で扱っている商品は、クラフト用ならまだしも、仕切りもなくただ並べて置いておかれると、どれがポケモン用でどれが食用なのか見分けがつかない。

 だから、この家で料理は数えるくらいしかやった事がなかった。


 そんなカナとは対照的に、セキは淀みない手つきで作業を進めていく。
 コンゴウ団の長であっても、食事の準備は普段から自分で行っているのだろうか。

 カナは普段は任務でコトブキムラの外で過ごしているし、村にいる時はラベン博士やテルたちとイモヅル亭で食事をするのがほとんどだ。
 あのお店は看板料理のイモモチを始め、美味しいし十分な栄養が取れる食事が多いから。

 それに、次の日にはまた調査で村の外へ行くのだ。

 慣れない食材を使って多大な体力と時間を費やす自分で味付けをした料理よりは、さっさと済ませられる方がいい。自分で作ったものよりも、他人が作ってくれたものの方が美味しく感じられた。


 そんなカナの生活に、最近になって変化が訪れた。
 それが目の前にいる存在だ。
 コンゴウ団の長のセキ。
 大胆で豪快。少しせっかちなところがあるけど、長として締めるところはきちっとしている性格だ。

 時空の裂け目から落ちてきたカナにも初めから分け隔てなく接してくれ、荒ぶるキングたちを鎮めたカナの実力を知ってからは良好な、かつ対等な関係を築けていると思う。

 その彼が最近、コトブキムラにあるカナの宿舎に顔を出すようになった。この世界で天涯孤独であるカナのためにと、野菜や果物などを差入れてくれるのだ。

 はじめは「もらっても料理ができない」と断ったのだが、「ならオレが作ってやるよ」とセキは遠慮するカナに構わず宿舎に上がり込み、今日のように手料理を振舞ってくれた。

 「また作ってやろうか?」というセキの誘いに、カナは「お願いします」と食い気味に頷いた。そのことがきっかけとなり、現在まで関係が続いている。
 だってほんとうにおいしくて、また食べられると思ったら考えるより先に口が動いていたのだ。―――カナは、彼の手料理に胃袋をがっつり掴まれてしまった。


 けれど、と棚の中を探すふりをしながら、ふと思う。

 コンゴウ団を率いる長に、こんなことをしてもらっていていいのだろうか。

 こちらも紅蓮の湿地で調査をする上では、そこで生活している人たちに、‘’ナワバリを荒らしている‘’と受け取られないよう注意を払いつつ活動し、折を見てはコンゴウ集落へ顔を出すようにしている。

 昔からヒスイ地方で暮らしてきたコンゴウ団とシンジュ団。ギンガ団は後からやってきた『よそ者の集まり』で、それぞれの集落とは険悪ではないが良好とまでも言えない、微妙な関係にある。

 今はお互いに害がないため均衡状態にあるが、きっかけさえあれば、それもあっという間に崩れてしまうだろう。誰がどうとか個人の問題ではなく、集落全体に漂う雰囲気というか、大衆の集合意識がそうさせているのだと思う。

 そんな中で、セキはカナに気さくに話しかけてくれる。
 民への見本として、まずは長がギンガ団へ友好的な態度を示そうとしているのだろう。こちらとしても邪険にされるよりは、情報や物の交換の機会が多いに越したことはないので、友好的な態度を取ってくれるのはとても有難いと思う。


「……カナ、器は見つかったかー?」

 まとまりきらない考え事に、セキの怪訝そうな声が終止符を打った。

「えっ、あ、あります。今持っていきますね!……セキさん、リーフィアたちにもごはんあげますか?」

「おう、すまないが頼む」

 木椀を2つセキへと渡し、それから相棒(パートナー)たち用にと器になりそうなものを見繕う。なにしろこの家の住人はカナひとりだから、今の頭数に対して食器の数が圧倒的に足りないのだ。
いい加減、食器を調達しようかなあ。



 その日、セキが作ってくれたのは野菜とアラを味噌で煮込んだ鍋料理だった。この地方の伝統的な料理なのだと言う。

 カナはこの世界にも味噌があることに感動しつつ、セキがよそってくれたごはんをぱくぱく食べ進める。椀の中身をほぼ平らげたところで、こちらに向けられるセキの視線に気づいた。

「…、見すぎじゃないですか?」

「すまん、うまそうに食べると思ってな」

 謝りつつも、彼の表情には笑みが混じっている。
 ごはんに夢中になっていたのは事実だけれど、子どもっぽいと思われたようでちょっと恥ずかしかった。

「セキさんの作ったごはんがおいしいからですよ」

「お、そうかい。嬉しいこと言ってくれるじゃねえの。オレもいい旦那になれるかね」

「なれるんじゃないですか」

 思わずどきりとした。旦那。―――セキは何となしに口にしたのだろうけれど、その単語はカナの心にさざ波を立たせるものだった。
 コンゴウ団の長だし、未婚であるからやはりそういう話も来るのだろうか。

 料理が上手で気遣いもでき、長としての立場もあり、加えて見目良しと来たら文句のつけ所なんてないと思う。少なくとも、カナはそう思っている。
 だけど彼にだけはこの気持ちに気づかれたくなくて、何にも思ってませんよと言う風に返答をしたのが、かえってつっけんどんな感じになってしまった。怪しまれてないといいのだけれど。

 胸に引っかかったものを流し込むように、椀の中の汁を飲み干す。

「おかわりいただいてもいいですか?」

「おう、たんと食って大きくなれよ」

「もう! 子ども扱いしないでください」

 セキさんが声を出して笑った。

「そんな風にむくれてるうちは、まだまだ子どもだよ」

―――それは、セキさんがわたしのことを子どもだと思っていたいだけじゃないんですか。

 頭に浮かんだ反論の言葉は。声にすることなく、カナは心の奥にしまい込む。

 セキのことがすきだ。かといって、彼とどうこうなりたいとは思わない。

 カナはギンガ団の中の調査隊に所属することを許されているが、コトブキムラの住民として受け入れられたわけではない。

 調査隊服を与えられ、寝る場所があって、ご飯が食べれて、任務をこなせば給金がもらえる。

最低限の生活が保障されている。満たされている。けれど。どこまで行ってもカナは「時空の裂け目から落ちてきた得体の知れない人間」だ。

 カナの姿を見てヒソヒソ囁き合う人はいるし、怪しげなものを見るような目で見てくる人もいる。

 カナの後にコトブキムラへ移住してきた人たちがすでになじんでいる部分にすら、カナはまだ入れていない。それはやはり、「この世界の人間ではない」からだろう。人々とカナとの間には隔たりがある。

 カナは、言葉にされなくても、周囲から常に要求されている。
 住民に害をなす存在でないということを。村の役に立つ存在であるということを。
 時空の裂け目から来る異変と、自分は無関係であることを証明しろ、と。

 証明し続けたところで、受け入れてもらえる日は来るのだろうかと不安に押しつぶされそうになりながら。

 心を鈍くして、何でもないようにする―――こちらにきて身に付けた処世術の一つだ。

 普段はそうやって心に蓋をしているけれど、不意に感情が溢れてこようとするときがある。それが、セキといるときだ。

 はじめは信仰で対立し合っている片方の集落の長だったのに。
 彼の人となりを知るうちに、いつしか一人の異性として好きになっていた。

 セキのことはすきだ。けど、この気持ちに蓋をして、カナはセキが望むように何も知らない子どものふりをする。

 そうすれば、何の気兼ねもなくこの人とまた会えるから。



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