うまく均して恋を型抜く
カナといえば、いつも濃藍の髪を後ろで結っていた。
そして、結った髪と赤いマフラーを靡かせながらアヤシシを駆る姿が強く印象にあったものだから、耳の位置ほどで切り揃えられ、薄茶色に染まった髪を見た時、誰だか分からなかった。
―――否。カナと分かりはしたのだが、頭で理解するのに暫しの時間を要してしまった。
その間を別の意味で捉えたのか、カナはセキを見上げたままこてんと首を傾げる。
「…思い切って短くしてみたんですけど、どうでしょうか?」
「誰に…あぁ、いや、何でもねぇ。その髪型も似合ってるぜ」
「えへへ。セキさんにそう言ってもらえて良かったです」
首元が涼しくなってまだ慣れないんですと、カナは短くなった髪を撫でる。
カナは、ヒナツの所で切ってもらったのだと、セキに一番に見せれてよかったと笑う。
せっかくカナが可愛いことを言ってくれているというのに、セキの胸中は波立つように落ち着かなかった。
なぜ急に髪を切ったのかと、その理由にばかり気がいってしまう。
女性にとって髪は大切なものだ。その髪をばっさり切ってしまうなんて、よほどのことがあったのではないか。
けれどカナの表情は、セキと会えたのを純粋に喜んでいるようで、そこに悲しみの色は欠片もない。
セキの心中など知らずに、新しい髪型の感想を聞けたカナは満足そうに、次の任務があるからと正門の方へと駆けていった。
その後ろ姿に、今まであった一つ結びが無くなったのを見せつけられ、彼女が門を出で行くまで見送ると、その場にしゃがみこんでしまった。
「……いったい、どこのどいつだ」
カナに告白されてそれを拒み、彼女に髪を切らせるほどの強い想いを抱かせた男というのは。
そしてその男よりも出遅れたという事実を突きつけられた。
****
群青の海岸にあるベースキャンプにて、カナは集めた材料でクラフトを行っていた。
調査隊の仲間たちからの視線を背中に受けつつ、せっせとねばり玉を拵えていく。
(うーん……気になるなあ……)
カナと共に群青の海岸に行くことになっていた警備隊の人たちは、門の所に来たカナを見た瞬間、皆一様にひどくびっくりしていた。
そりゃあ、いきなりあれだけ長かった髪を切ったのだからある程度の反応は来ると予想していたけれど。
でも、何も言ってこない代わりにしきりにこちらを見られるのはあまりいい気がしないというもの。
言いたいことがあるならはっきり言ったらいいのに。
自分ではこの髪型を気に入っているし、セキも似合うと言ってくれたけれど、ちょっと自信がなくなりそうだ。
ラベン博士が傍へと来て、そっと声をかけてきた。
「カナくん、大丈夫ですか?」
「ラベン博士。 大丈夫って、何がですか?」
「その、ボクは今までポケモンの研究ばかりやってきたのでこういう方面のケアには不得手ではありますが。カナくんの心身が一番大切です。もし調子が悪いようでしたら、今日の調査はもう休んでもいいですよ」
「?……ありがとうございます。でも調査も始まったばかりですし、これが終わったらもう一周してきますよ」
「……何も男性は彼だけというわけでもありませんし、カナくんにはこれからも機会はたくさんあるわけですから」
ラベン博士の話を聞いてはいるけれど、まったく話が読めてこない。頭に疑問符を浮かべるカナの表情に気づき、ラベン博士もそこで「おや?」という顔をする。
「カナくん、髪を切ったのは―――」
「イメチェンです。長いとよく木に引っかかるので、いっそ無い方が動きやすいかと思って」
野生のポケモンを追って木々の間を抜ける時に枝に絡まってしまったり、オヤブンや複数で襲ってくる野生ポケモンから身を隠すために狭い所に潜り込むなどの際にしっぽが引っかかったりするので、いっそ短くした方が動きやすかろうと切ったのだ。
一言で言えば、気分転換だ。そこに深い理由はない。けれどカナにはなくとも、周囲の男性たちはそうは思わなかったらしい。
ラベン博士曰く、女性が長い髪(元から短い場合は置いておいて)を切るのはよっぽどのことで―――今でも自身に起きた不幸を断ち切るために、あえて髪を切ってしまう女性も珍しくないとのことだった。
年頃でもあるしと、警備隊のメンバーは「ショウが失恋し、未練ごと髪を切ったのだ」と気遣っていたらしい。
カナが、「失恋なんてしてませんよ、これは気分転換です!」と叫んだために調査隊内での誤解は解けたけれど、その後会ったキャプテンのガラナやススキもカナを見て一様にたまげ、そしてどこから聞き付けたのかシンジュ団のカイも駆けつけてきて、彼らに同じ説明する羽目になった。
―――カイたちに何でもないということを説明しながら、カナはセキの様子を思い返した。
コトブキムラで会った時、セキの様子は普段と変わらなないように見えた。
気にしていたことと言えば、「誰に」髪を切ったのかということぐらいだし。でも、似合うと褒めてくれた。
(逆に気にもされてないってことは、脈ナシってことなのかな……)
カナは短くなった髪を一房摘む。
ヒナツやヨネを始め、彼の周りにいる女性は髪の短い人が多かった。
彼の好みがそうというわけではないだろうが、彼の近くにいる女性を参考にしてみたら、その目に映りやすくなるのではないかと、正直、ちょっと、期待していたのだ。
****
正門をくぐった途端に待ち構えていたセキに捕まり、カナは彼にもまた勘違いをさせてしまっていたことを察した。
−−−カナが一々理由を言わなかったのもあるが、髪を切ったからと言って失恋したと見なすのは早合点が過ぎないだろうか。ムラのみんなも、目の前のセキも。
だいたい、普段のカナの態度から憎からず思われていることに気づいてくれてもいいのではないか。
会えばご飯に誘ったり、髪を切ったことを真っ先に知らせたりと、日々アピールしているはずなのだけど。
放牧場の方へ引かれる間、そんなことを考えていると段々もやもやしたものがむねにこみあげてきた。
掴んでいた腕を放され、セキがこちらに向き直った瞬間、口火を切ったのはカナの方だった。
「セキさん、わたし、失恋したとかじゃありませんから」
「なっ…、そうなのか?」
まさか先に言われるとは思ってもみなかったというように、セキは目を瞠る。
「髪を切ったのは、気分転換です。似合うって言ってくれて嬉しかったんですけど、セキさんは別のことを考えてたんですね」
ようやく己の勘違いに気づいたセキは、痛いところを突かれたような顔をし、「……変なこと言わせちまって、悪かったな」と謝った。
「別にいいです。誤解も解けましたし。それより、ね、セキさん」
短くなった髪に手を添え、カナは首を傾げる。−−−朝、セキに初めて見せたときのように。
「わたしは結構気に入っているんですが、どうでしょうか」
失恋とか未練を断つとか、そんな大仰な理由はない。
ただ、好きな人に可愛くなった自分を見せたいという、年相応に恋する子なら誰もが思うこと。−−−カナの意図を察して、ようやくセキの胸につっかえていたものが消えた。
「前のも良かったが、今のもアンタによく似合ってるぜ」
そしていつもより少しだけ近い距離で見るカナの顔は、今まで見た中で一番に思えるほど、きらきらとしていて。真正面から受け止めたセキの胸に、それはすとんと落ちてきた。
「……参ったな。勘違いして、いもしねえ恋敵に嫉妬しちまうくらいには、アンタにやられてるみたいだ」
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