まばたきのたびに侵食
婚姻を結んだからといって、無理に自分を変える必要はないと、セキは思う。
コンゴウ団の長の許に嫁入りをしたことでカナを取り巻く環境や周囲の対応が変わったのは事実だが、引き続き調査隊に所属することを許したのは、天涯孤独の彼女から何も奪ってやりたくないという気持ちからだった。
そして、カナは純白の凍土をはじめヒスイの大地をアヤシシに乗って駆け回る日々を送っていた。
「―――それで、スナハマダイコンを探すのにはコツがいるんです。全体のほとんどが雪の中に隠れてるから目を凝らして探さないといけないんですけど、晴れてる日は雪面が陽射しでキラキラして、すごく眩しいんです。なので、呉服屋でサングラスを買ってみました」
そう言ってカナは、懐から取り出した黒色の丸眼鏡をすちゃっと装着してみせた。女性の流行りものについてセキには判断つかないところがあるが、無粋なサングラスによって彼女の瞳が隠されてしまうのは惜しいということはわかった。
窘める意味を込めて、さらけ出している白いおでこを指で弾いた。
「あいたっ」
「似合わねぇから外しな。ここじゃ必要ないだろう」
「付けてる人を前にして、そんなはっきり言います? あっ、遮光器なんてのもあったんですよ」
「いい、ポーチから出そうとするな。ついでに眼鏡もしまっちまいな」
カナは何か言いたげに口をもごもごさせていたが、ろくな反論が思いつかなかったのだろう。セキに促されるままサングラスを外し、枕元に置いた。ようやく観念してくれたかとセキの方も張り詰めていたものを緩め、カナの腰元からやんわりポーチを引き抜いた。
「だいたい、今はいらないだろう、これ」
これとはポーチのことで。今とは夜の帳も落ち、さて寝ようかという時間。
二人がいるのは寝間で、布団が二つ、隙間を空けずに敷かれている。
カナは布団の前で正座をしてセキが来るのを待っていてくれて、そういうところが健気で可愛いもんだと思ったが、なぜか彼女は寝間着に調査隊のポーチを装着していた。
何のつもりか枕元にはモンスターボールが置いてある。6つでなく1つなのを見るに、中にいるのは相棒のバクフーンだろうか。
「……備えあれば、憂いなしかと思って」
「何の備えだ、何の」
「野生のポケモン、とか? あの、ポケモンってね、小さいしよく見かけるからって油断したらだめなんですよ。特にパラスとかブイゼルは要注意です。草を揺らしただけでこっちに気づいちゃうんですから。わたしなんて、何回襲われたか分かんないですよ」
褥での彼女は、よく喋る。たとえ押し倒されて至近距離にセキがいようと、場の雰囲気に負けてなるものかとばかりにその小さい唇で色んなことを話し、セキの興味をそちらへ誘導しようとする。
今日あったこと、調査で得た知識、ギンガ団のこと。―――どれも取り留めのない話であるし、これが昼中であったならセキも気の利いた返しをして話題を弾ませただろうが、そろそろ彼女の口を塞いでしまいたくなってきた。耳が彼女の声を拾うがどこか遠く聞こえ、意識は言葉を紡ぐ唇の方へと傾いていく。
「よかったら今度、セキさんも一緒に―――」
「カナ、」
優しく名を呼んだつもりだが、その声は男の色香を多大に孕んでいた。夫のまとう雰囲気が一転したのに気づいたカナが、困ったようにこちらを見てきた。
よく頑張ったと思う。押し倒されながらもどうにかセキの気を削ごうとあれこれ喋り続けたカナも、カナに触れたい気持ちを逸らせながら彼女の覚悟が決まるのを待ってやったセキも。
結果は、残念ながらカナの時間切れ。調査隊の仕事は一旦区切りをつけて、ここからは久方ぶりの夫婦の時間といこうじゃないか。
触れ合う最中、熱に揺れる薄墨色の瞳を見て、セキは口元が笑みの形になるのを自覚した。
―――こんなに綺麗なんだ、隠すなんて勿体ないことするなよ。
囁いた言葉は、正しく彼女の耳に届いただろうか。
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