マリア様は眠いらしい


 ギンガ団からクラフトのレシピや材料をもらうのを交換条件にして、ポケモン調査への協力をするようになって幾月かが経った。

 この土地に詳しいコンゴウ団の者から協力が得られるのはありがたいと、わたしの申し出に向こうも快諾してくれた。―――もちろん、ギンガ団に協力することは、 リーダーであるセキにも伝えて承諾をもらっている。
(コンゴウ団を空けることが多い点については、若干不満そうな顔をしていたけれど。)


 そして今日。満月の晩を選んでわたしは天冠の山麓の南にある、フェアリーの泉へと来ていた。
 今回の依頼事は、そこのみに出現するというピッピというポケモンの調査だ。

 とても警戒心が強くて普段は滅多に姿を見せず、満月の晩にならないと出現しないという非常に珍しいポケモンだ。
 泉全体を見渡せるよう見晴らしのよい丘の上に来て、岩陰に陣取る。夜はゴーストポケモンの縄張りだから、気を引き締めなければならない。

 おまけに、今夜は冷たい風が吹いている。相棒のキルリアを傍に引き寄せ、体温を分かち合う。
 こちらは厚着をして臨んでいるが、キルリアは首元に襟巻をしているだけ。

 この気温でも平気なようで、着ぶくれしている主を見上げておかしそうにする。―――キルリアが落ち着いている間は、大丈夫だ。相棒を一撫でし、あとはひたすらピッピの出現を待つ。


 芝生を踏みしめる音に先に気づいたのは、キルリアだった。
 ぱっと体を起こし、そちらを見やる。
 遅れてわたしもそちらへ視線を向けると、雲間から覗いた満月の光の下に姿を見せたリーフィアが小さく鳴き声を上げた。

 気安いその様子に、その子が野生ではなく人に慣らされていることに気づく。

「もしかして、セキのリーフィア? なんでここに…?」

「それはオレが訊きたいところだな、カナ」

 リーフィアの後から、セキが歩いてきた。まさか夜更けに山道を越えてきたのだろうか。セキの実力を知っているとはいえ、わざわざ夜の危険を承知してまで来るような場所ではない。

「セキ、どうしたの」

 わたしの問いに、セキの眉がぴくりと動いた。

「どうした、じゃねえ。泊まりだなんて聞いてないんだが?」

「言ったら行かせてくれないでしょ」

「行くなとは言ってねぇ、女が一人で夜に集落を出るのをやめろって言ってんだ。せめて誰かしら連れて行け」

 ごめん、と素直に言えばセキはどっかりとわたしの隣に腰を下ろす。調査が終わるまで一緒にいてくれるようだ。

「ったく、何回言ってもおめぇは変わらねぇな」

 ぶつくさ文句を言いながら、セキはリーフィアを腕に抱える。暖が欲しくなるのは仕方がない。リーフィアは特に抵抗もなく、主に抱き上げられて嬉しそうにする。彼らの間には確かに信頼関係が築かれているのが伝わってくる。


 それから静かな時間が流れ、満月が上天に登った頃。泉のほとりに、小さな光がひとつ、またひとつと現れた。
 光の玉はふよふよと浮かんでいたが、5つになったところで、瞬きの間にそれはポケモンへと変わった。
 ポケモンは基本的に飛ぶか地面を歩くものだという考えだったので、まるで瞬間移動のような出現方法に、息を飲む。

 背中に生えた小さな羽、三角の耳に桃色の体。話に聞いていたとおりの特徴だ。

「……あれがピッピか」

 隣にいるセキがぽつりと呟くのを聞きながら、わたしは鉛筆と用紙を取って、目に焼き付けた光景を紙面に描いていく。

 ピッピの全体から細部を描き、月光を受けて羽がどのように光っているか等ピッピの特徴を走り書きで余白にメモをする。風景画ではないから、不要な景色は含めない。満月の光を受けて、楽しそうに踊っているピッピたちのポーズを大まかに描いていく。

 そしていつの間にか、セキはピッピたちの方からわたしの手元を見るようになっていたけど、構わず鉛筆を走らせ続ける。

 ピッピたちは満足気な様子で、来た時と同様に瞬く間に姿を消してしまった。消える間際、右手を掲げて左右に振る仕草を見せたのだが、もしかしたらその行動に秘密があるのかもしれない。



「上手いもんだな、これ」

 簡易な天幕を張り、天冠の山麓で朝を待つことにする。
 焚き火の明かりを頼りにセキが見ているのは、わたしがひたすらに描きあげたピッピたちの絵だ。

「見たのをそのまま描いただけだから、まだ雑だよ。帰ったら清書しないと」

 いつもであれば夜の調査を終えたらさっさと眠りに就くのだけれど、あの幻想的な光景がまだ胸をどきどきさせていて、頭の中にいくつも構図が浮かんでくるうちは鉛筆を手放せそうになかった。
 今は木の板を下敷きに、図鑑用の下描きを描いているところだ。

 野生ポケモンのスケッチ及び調査隊の子たちが収集した情報からポケモン図鑑に添付する絵の提供―――それが、わたしがギンガ団のラベン博士から依頼されている仕事だ。

 昔から絵を描くことは好きだった。だから、ラベン博士からその依頼を受けた時は二つ返事で了承した。
 自分の好きなことを仕事にできる以上に、自分の中にある才能を認めてもらえた気がしたのだ。コンゴウ団の中では特技でしかなく、両親からは生活の糧にもならないただの遊びと思われていたから。

「……なるほどな、学者先生が助手に欲しがるわけだ」

 焚き火の爆ぜる音と被さって、セキがぼそりと呟いた。

 セキに、絵を見せるのも随分久しぶりだ。
 昔は一緒に遊ぶこともあったけれど、セキはヨネや相棒のポケモンたちと集落の「外」に行くのが好きな子どもで、対してわたしは集落の中でポケモンの絵ばかり描いていた。

 あの頃は紙とか鉛筆がもったいなくて、地面が絵かき帳代わりだった。今は、コトブキムラができたおかげでそこを中心として物流が豊かになってきており、昔より物が入手しやすくなった。

 わたしが今使っている鉛筆や紙も、コトブキムラで手に入ったものだ。

「カナ。そっちに行ってもいいか?」

「えっ?!」

 寒いんだよと、セキはびっくりするわたしに構わず身を寄せてきた。

 平地と変わらな装いで来るからだとか、天幕の中に毛布があるよとか言いたいことが頭の中でぐるぐるしたが、セキの反対側にリーフィア、わたしの方にはキルリアがくっついてきて、あっという間に団子状態になり、抜け出せなくなる。
 わたしの動揺を見抜いているくせに、キルリアは楽しそうにくすくす笑う。

「ちょっと、寄りかからないで。重いよ」

「まあまあ、いいじゃねえの」

 小さい頃はよく冬の日とかにヨネたちとおしくらまんじゅうをして遊んだが、まさかこの歳になって同じようなことをポケモンも交えてセキとするとは思わなかった。というか、成人男性に身を預けられると、単純に重いし、これでは絵が描けないではないか。

「なあ。カナは調査隊に入りてえのか?」

「そういうわけではないよ。 わたしは、ポケモン図鑑を作る手伝いをしたいの」

 自分より年下の調査隊員たちにヒスイのことを教え、ポケモンのことを教えてもらいながら、図鑑の完成を目指して働いている。
 それにわたしのことを言うならセキだって、ずいぶんコトブキムラに入れ込んでいると思う。

「図鑑ができてコンゴウ団のみんながポケモンのことを知れたら、役に立つでしょ。絵がついていたら、字の読めない子にも分かりやすいだろうし」

「へえ。よく考えてんだな」

「そりゃ、わたしだってコンゴウ団の一員ですから」

 なんだか嬉しそうなセキが、更にこちらに体重をかけてきた。

「うっ、重いよー!」たまらず肘で押し返すと、可笑しそうにしながら少し身を離してくれた。何も面白いことなんてないのに、どうしてそんなににこにこしているんだろう。

―――でもわたしがその理由を知るのは、もう少し先のことだった。


 夜空に浮かぶ満月は相変わらず美しく、天冠の山麓を照らしていた。



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