花笑むまどろむ
散髪屋の前で、偶然、ヨネ、ヒナツ、そしてカナの三人が集まっていた。
立て続けに起きていた異変も落着きを見せ、ようやくヒスイのあるべき姿が戻ってきたと、ヨネもヒナツも嬉しそうだ。
それぞれの近況を聞いてみれば、ヒナツは新しい髪型のアイデア探しのために、少し遠い街へ行ってきたらしい。ヨネはポケモンの世話や黒曜の原野で巡回する毎日で、目立った異常もなく平和そのものだという。
良いことなんだけどねと苦笑しつつ、ヒナツの話す街のことについて興味深そうに聞いていた。
「そういえば、カナの方は最近どうなのさ?」
ヒナツから水を向けられたカナは、ポケモン図鑑の表紙を見せた。
「この前、イツツボシに上がりました!」
「へえ、博士の手伝いの方も順調なんだね」
感心するヨネの隣でヒナツも頷いていたが「って、違う! あたしが訊きたいのはそっちじゃなくって」と声を上げた。
ちょいちょいと手招きされ、顔を寄せ合う。髪結のお客さんが来たら、なんだなんだと思われそうだけど、女子三人が顔を寄せあって話し込む間に入れるような豪気な男は、残念ながら近くにはいなかった。
「あたしが聞きたいのは、あんたとリーダーのこと! 最近どうなのよ?」
最後の問いかけは、周りに聞こえないようにと声を潜めた。時空の裂け目が塞がって平和になったのはいいことだけど、それはそれとして、やはり刺激は欲しいもの。いつの時代も、女子は恋バナというやつが好きなのだ。
「セキさんとは、順調ですよ。…たぶん」
たぶん。順調。可もなく不可もなくって感じだと思う。
何しろカナにとって初めての恋人であるから、正解がよくわからないというのもある。
元の世界にいた時、大人びていた同級生が彼氏とのことを嬉しげに話すのを聞いたりしていたけど、まさか、飛ばされてきた異世界で自分がその立場になるとは思わなかった。
メイクも上手でおしゃれだったあの子は、彼氏がどんな人でデートでどんな事をしたかについて、嬉しそうに語ってはみんなの注目を集めていたけれど、恋愛経験値を貯め始めたばかりのカナは、ヒナツやヨネの反応が見れなくて視線を落とした。
膝に置いた湯呑みの縁を撫でながら、思い出すのはこの前、セキとリッシ湖のほとりを散策したときのことだ。
「あの、ヒスイの男性って、デー……えと、二人で歩く時とかって、あまり手とか繋がないものですか?」
ヒナツとヨネは顔を見合わせる。セキとカナの最近の出来事を聞こうと思ったら、カナから恋愛相談をもちかけられている、と。
コンゴウ団の長の妻になるかもしれない少女。遠くない将来に自分たちの上に立つかもしれない存在とはいえ、今はまだ二人からしたらかわいいかわいい妹分だ。力になれる事があれば、話は聞いてやりたい。
先に口を開いたのは、年上のヨネの方だった。
「そうだね、あまりしないかも。あんたのいたところでは、逢瀬の時に手をつなぐのかい?」
「そういうことをするんだと思ってたんですけど……。ヒスイだとポケモンが襲ってくるのであまりそういうことが出来なくて……」
「ああ、たしかにね」
ヒナツが頷いた。
コトブキムラの外で会う時、セキはリーフィアを連れて、先を歩くことが多い。荒れていたり、狭いような道は先にセキが行き、その少し後をカナがついていく。
いつポケモンが襲って来るか分からないので、咄嗟の時にもすぐさま動けるよう、両手は常に空けておく。
手を繋ぎたいと言って、もし断られたらちょっと寂しいから言えないでいた。
「つまり、あんたはセキともっと触れあいたいってわけね」
ヨネの言葉にカナは赤くなったが、その通りなので黙って首肯する。
「別に、恋人だからって外であまりべたべたするものでも無いよね」
「そういうものなんですね……」
しゅんとなったカナに、ヒナツがあわててフォローを入れる。
「あ、でも不満に思ってるんなら、ちゃんとリーダーに言った方がいいよ。ちゃんと話せば、あの人もきっと分かってくれるって」
そんなものなのかなと思いつつ、カナはこの世界の男女の恋愛についてきちんと知っておきたかった。
「ちなみにヒスイの男性は、どんな女性が好きなんでしょうか?」
ここでカナが誤ったのは、興味本意からくる質問だったために、問いかけの主語を大きくしたこと。
間が悪いのは、恋人に逢いに来た男がその質問を聞いてしまったこと。
なので、「話を聞かせてくれや」と怖い笑顔を浮かべたセキに#name3#が攫うように連れて行かれた後、ようやくヨネは己の失策に気づいた。
―――ヒナツとヨネが、カナに言ってやれなかったことがある。
男女は人目につくような場所でべたべたするものでは無い、というのが世間一般の認識である。それは手を繋ぐこともそうだ。はしたないと見られてしまうから。
けれどその分、家の中では互いに身を寄せ、仲睦まじく時を重ねる。
二人は、妹分の無事をシンオウ様に祈った。
****
直接耳の中に響くような湿っぽい音が、どうしようもなく#name3#を恥ずかしくさせているのだと、この人は気付いていないのだろうか。
ていうか、こんなに胸の音がどくどく煩くて、顔だって火が出そうなくらい熱いのに、なのにちっともいやじゃないって思ってしまう思考に、自分が一番びっくりしている。
息継ぎの仕方は最初にセキが教えてくれたから苦しくはないのだけれど、ちょっと舌が疲れて来たから休ませて欲しいな、と思ったり。カナが意識を他へ向けていると、それを咎めるようにセキの指先がこしょこしょと耳の裏をくすぐるものだから、身体がぞわぞわして仕方がない。
薄く目を開けても、水の膜を張ったような視界では、セキの表情はぼやけてしまって見えない。
―――セキさんは、どんな顔をしているのだろう。
目元に触れたら分かるだろうかと左手を伸ばすと、別のことと捉えたセキに手を取られて、指同士まで深く絡められた。
口から漏れ出る声がおさえきれなくて、いよいよ耳をふさぎたくなってきた。そろそろやめて欲しいという意を込めて、カナはセキの腕に手を添える。
何度か懇願を重ね、向こうの気が済みようやく放してくれた頃には、#name3#はオヤブンから逃げ切った後のように息も絶え絶えという状態だった。
くったりと寄りかかるカナを見下ろすセキは、とても満足そうに口は笑みを描いている。
琥珀の瞳が弓なりに細められ―――瞳の奥に、抑えた感情が見え隠れする。
「……」
「な、カナ。こんな色男ほっといて、余所見すんのか?」
「してない、です……」
顎に指を添え、上を向かせられる。琥珀の瞳が弓なりに細められ―――瞳の奥に、抑えた感情が見え隠れしていた。
「オレに不満があるってなら、直接言ってくれ」
「不満なんて、ないですよ。……ただ、セキさんはあまり外で手をつなぐのとかいやなのかって、思ってて」
「手ぇ?」怪訝そうにするセキに、カナは掻い摘んで散髪屋でのことを話す。
逢瀬のときに、手をつなぎたいこと。でも男女は外でどう振る舞うべきなのかが分からないので、ヒナツたちに訊いてみたと。
話す最中、セキはずっとカナの髪を撫でていてくれた。
宿舎の中ではでくっついていられるのに、外に出れば距離を保たれる。初めての恋人にカナは舞い上がりすぎているのかもしれないが、ちょっと物足りないというわけなのだ。
セキとしては離れて歩くのは、くっついていると野生のポケモンの的になりやすいのを防ぐためだし、前を歩くのは彼女より先に危険に気づくためでもあった。
まあカナが望むなら、次は原野あたりに誘ってゆっくり平地を散策するとでもしようと、次の逢瀬の計画を立てる。あそこはブイゼルやコリンクにさえ気をつけていれば危険も少ない。
その計画をカナに話せば、「楽しみです」と嬉しがった。
花が綻ぶようなその笑みも、腕に抱いた柔らかさもすべてが愛しくて、だから決して離れてくれるなよと思いを込めて、艶やかな髪に口付けを落とした。
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