霊圧がどんどん濃くなってきて、更なる不安が募ってくる。そんな時だった。彼の声が聞こえた。いや、本当にこれは彼の声なのだろうか。呻き声をあげている。まるで獣のような。何かを訴えるような。怖気づいた私は、それでも心を奮い立たせて向かう、彼の元へ。
やっと彼の姿が目に入る。しかしほっとする様子では全くなった。

彼が、彼がなにかに切られそうになっている。
私は考えるのをやめた。気づけば彼の前に飛び出ていた。

それは、一瞬の事だった。

遠くで私を呼ぶ、愛しい彼の、彼の声が聞こえる。ああ、それに返すこともできない。
目の前が真っ赤に染まる、とはこういうことを言うのか。身体が熱い。まるで燃えるように、沸騰するように。切られたのだ、目の前にいる男によって。痛みは、まだ無い。ただただ身体が熱くて仕方ない。きっと興奮しているせいだ。いや、これは興奮ではない。満身創痍なだけかもしれない。一撃でこんなになるとは。私は弱い。
私の熱さとは裏腹に、男は冷ややかな目をこちらに向けていた。普段の私だったら、震え上がるような冷たい、冷酷な目。男はいったい何がしたいのか、つい先程まで共に死神として、働いていたのだろうのに。ましては、彼の部下だというのに。

「まさか、君がくるなんて。しかも君が平子真子を守るとは、いつもと逆で実に面白いね。いつもは守られてばかりだというのに」

男はそう言って、笑う。冷めた笑いだ。熱いはずなのに、何故か心は冷たい。怖い。
悔しい、悔しい、悔しい、
でもそうだ、私はいつも守られて生きてきたのだ。
仲間に、友人に、恋人である、平子真子に。

私と深く関わっていない人たちは、皆は私のことを強いという。三席になるのだから、それだけの実力があるのだと。しかし、それは身体能力と死神の力だけ。私は精神的に弱い。それを仲間、親しい友人、そして誰よりも、真子はよく知っている。
この男とは、あまり関わったことがなかった。それなのに、見透かされるなんて。なんて恐ろしいのだろう。

真子も私の大切な仲間、友人たちが揃って突っ伏している。何故こんなことになったのか。全ての元凶はこの、私の目の前にいる、藍染惣右介という男なのだろう。

「なんで来たんや、」

気力を奮い立たせて、真子が私に問う。しかし、私はの問いに満足のいかせる答えを持っていない。ただ、嫌な予感がしたから来たのだ。そんなものでは真子は納得しないだろう。私はただ黙るしか出来なかった。
急に愛染が俊敏な動きを見せる。視線を私から逸らしたと思えば、そこに居たのは十二番隊隊長浦原喜助だった。

それからの事は、あまり覚えていない。愛染が私に与えた傷は、思った以上に私の身体に深く侵食していて、血が足りなかった。結局私は、足でまといにしかならなかったのだ。
気づけば、十二番隊隊舎にいた。私の身体は包帯で覆われていた。それでも、血は止まらず、溢れ出しているようだった。

後ろを向けば、真子が何故だろう、虚の仮面を被って座っていた。顔は、見えない。しかし、この状態でも起きている様だった。

「 名前 …」

きっと、これが最後だろう。彼と会うのは。
真子が、私の名を呼ぶ。それはとても苦しそうで。いつの間にか私は泣いていた。真子がこんなふうになってしまったのが悲しくて、愛染が許せなくて、それ以上に自分が不甲斐なくて。

「真子、真子っ…」

涙は溢れんばかりに出てくる。少しでも真子の近くに寄りたくて、にじり寄る。汗が、血が、零れても気にならなかった。多分私はもう少しの命なんだろう。自分で分かっていた。自ら死にに行くなんて、なんて馬鹿なんだろう。それでも、あの一太刀が真子に当たらなくてよかった。あれが真子に当たれば、彼は死んでいたかもしれない。
気づけば、真子の腕に抱きしめられていた。弱い弱い、それでも今の全てであろう力で。真子も私が永くないことを悟っているのだろう。表情は見えないが、そう感じた。
二人で抱きしめあった。

「真子、貴方はどうか生きて…。生き延びて…」

最後の気力を振り絞って、微かな声で言葉を紡ぐ。真子は聞こえたのだろう。私を抱きしめる力が微かに強くなる。最後に、真子を守れてよかった。そう呟いて、今の自分ができる限りの笑みをうかべた。真子は泣きそうな顔をしていた。ねぇ真子、最後に笑って、そう言うと、下手くそな笑顔を彼は浮かべた。

離れたくない、愛してる、愛してる。

そうして私は事切れた。