「文太さん、私じゃ駄目ですか!?」
突然の台詞に文太はぎょっとして煙草を落としそうになった。いや、駄目も何も歳がぴったり20歳も離れている。近所の名前ちゃんは赤ん坊の頃から知っているが、まさかこんなこと言われるだなんて想像もしていなかった。それにどちらかと言えば、拓海に歳が近い。年齢だけで言えば、全然文太の娘でも可笑しくない。
『文太おじちゃん好き!名前、豆腐屋さんになる!』
『文太さんの作るお豆腐一番好き』
『お豆腐屋さんの仕事って大変なんですか?』
まぁ、好意を感じなかったとは言わないが、流石に20歳も年下だぞ?と文太は思う。
「私のこと女として見れませんか?」
そう言いながら名前が文太の手を握った。若くふっくらとしたハリのある柔らかな手に文太は思わずため息が出た。
「ほら、見てみな。手だけ並んでもこんなにも違うだろ?」
握られた手を名前の目の前に持って行き見せつける。文太の節くれ立った指と骨張った手の甲にははっきりとしわがある。名前の手とは比べものにならない。
「歳なんて関係あるんですか?私ずっと文太さんのこと…」
それ以上は言わせてはならない。と思い、煙草を手に持ち名前の顔に近づいた。
「それ以上言ったら駄目だ。…わかったな?」
名前と文太の鼻が触れるか触れないかくらいまでの距離でそう言うと、名前の顔がみるみる真っ赤に染まった。握られていた手の力が抜けていく。
「…っ!!」
「大人には大人の余裕があんだよ。だからガキはガキらしくしてろ。な?」
煙草を持っていない方の手で、名前の頭をなでてやる。そしてまた煙草をくわえ直した。ひとしきりなでて、その後ふーっと煙草の煙を名前に吹きかけた。
「…文太さん、臭いです」
「そりゃあそうだろうなぁ」
「ガキじゃないです。もう高校卒業します」
「高校卒業したぐらいじゃガキのまんまだ」
「…そんなこと言ってたら、文太さん歳どんどん取っちゃいますよ?」
「…うるせぇ」
わしわしと名前の頭をなでた。なでたというよりは、髪をくしゃくしゃにしてやるに近い。
「わーーー!もう!髪ぐちゃぐちゃになる〜!」
文太から離れて髪を撫で付ける名前の姿に思わず笑みがこぼれた。
「あっ!今可愛いと思いませんでした?」
「…思ってねぇよ。豆腐やるやら今日は帰れ」
よく見てやがると思いながら、文太は豆腐を袋に入れて名前に手渡した。
「私、早起き得意です。豆腐屋のお嫁さんなれると思いますよ?」
「寝言は寝て言え。ほら、暗くなるから早く帰れ」
「…また明日も来ていいですか?」
「豆腐買うならな」
「もちろん。また明日!」
「おう。気をつけて帰れよ」
手を振る名前の姿を見ながら、煙草をふかした。
もう少し自分が若ければ、と思うことはない。
「…また、明日か」
嫌いじゃないからこそ、しんどいなと思い文太は溜め息に等しい煙を吐いた。
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