「昨日ね、頑張って焼いたんだー!」
そう言って暮らすの女子に笑いながら話している声が届いた。その声の主、名字とぱちっと目が合って、彼女は手に持っていた小さな手提げからチョコレートみたいな色をしたお菓子を取り出した。
「ブラウニー、藤原くんにもあげる」
「あ、どうも」
手のひらにころんと収まったのは、正方形にカットされたお菓子。ブラウニーと言うらしい。猫のシールで封がしてある。うっかり潰してしまいそうな大きさで、そっとポケットの中にしまった。
手作りのお菓子なんてあんまり貰ったことはないけれど、どんな味がするのか少しそわそわした。ブラウニーなんてしゃれた名前のお菓子なんてあまり食べたことがないはずだ。

「たっくみー!昼飯食おうぜ」
昼休憩になるといつも通り樹が声を掛けてきた。屋上で他愛のない話をしながら、昼飯を食べて樹が峠に行こうと誘ってくるのを適当に返事する。
そういえばお菓子貰ったんだっけか、と思い出してポケットを確認すると角が少しだけ潰れてしまったブラウニーが出てきた。
「あ、お前それどうしたんだ?もしかして手作り?!女か!!?」
「手作りとは思うけど、たまたま貰っただけだよ」
「くうぅぅぅ!!拓海ばっかずりぃぞ!」
「そんなこと言ったって、ひとつしか貰ってないし」
「誰から貰ったんだ?」
「…名字がくれた」
「へー、名字か…。結構可愛いよなあいつ」
「うん、可愛いと思う」
「可愛い女子からの手作りお菓子…、羨ましいー!!」
「な、泣くなって、樹」
泣き出す樹にぎょっとしながらも、ブラウニーの袋を開けた。チョコレートみたいな匂いがして、食後のデザートなんてちょっと贅沢なもんだなと思いつつ一口食べた。
「…うまい」
「はあぁぁ、可愛くてお菓子作りできるってすげぇな」
「そう、だな」
「やっぱオレにも一口くれよ、拓海ィ!」
泣きすがってくる樹を振り解きながら、残りのブラウニーを取られまいと口にいれた。本当にうまい。甘い匂いの割りに甘すぎなくて、胡桃っぽいのも入っていて美味しい。たまたま目が合っただけでいいもん貰ってしまったな、と思った。

昼休みが終わるチャイムが鳴る前に教室に戻ると、俺の席の隣で女子としゃべる名字とまた目が合った。
「あの、名字。お菓子うまかった」
「あ、ほんと?良かった!また作ったら声掛けるね」
「え、あ、うん。ありがとう」
「どういたしまして」
名字がにこりと微笑んだと思ったら5時間目のチャイムが鳴った。また、作ったら俺にお菓子くれるんだ。そう思うとなぜかちょっと嬉しくなった。

帰りのホームルームが終わって立ち上がろうとしたら目の前に名字がきた。
「藤原くん、次お菓子何がいい?」
「え、何でも?俺お菓子の種類とかわかんないよ」
「そっか、じゃ今度は違うの作ってくるから。またね!」
自分の言いたいことだけ言って、名字がバイバイと俺に手を振って友達の輪に入っていった。何だろう、今日は急に話しかけられたな。ぽりぽりと頬をかいて、昼休みに食べてしまったブラウニーの味を思い出す。あれ、結構好きな味だったかもしれない。


◇◇◇


あれ以来、名字はお菓子を作る度に俺にお菓子をくれるようになった。
パウンドケーキ、クッキー、スコーン、チーズケーキ、バターケーキ。他にも知らなくて名前の覚えられないお菓子を色々な種類で月2回くらいでくれた。

放課後、名字が声を掛けてきた。屋上に行きフェンス越しにグラウンドを見た。
「名字の作るお菓子ってほんとにうまいと思う」
「ほんと?拓海くんにそう言ってもらえるとやる気になる。今は趣味だけど、製菓の学校行きたくて」
名字が照れくさそうに笑ってから『みんなを実験台にしてたの』と耳打ちをしてきた。少し驚いて名字を見るとくすくすと笑っていて「もしかして俺も?」と聞くと頷いて笑った。
「実験台は冗談だけどさ、色んな人に食べて欲しくて」
「でもさ、名字はお菓子女子にばっかあげてたよな?」
「男子で友達なんて少ないし、藤原くんぐらいだよ」
「たまに樹にもくれるけど、俺には結構くれてた…。と思う」
「そうかな?」
はぐらかす名字の横顔を見て、ふと彼女の耳が赤いことに気がついた。
「お菓子作るのもプロってあるんだろ?なったらまた食べさせて欲しいって言ったら厚かましい…かな」
「…いいよ。なったら連絡していい?」
なんとなく名字の目が見れなくてこくりと頷いた。
「あ、やっぱりなってなくてもお菓子食べて欲しくなったら連絡したいです…」
名字の言葉に思わず視線をやると、上目遣いでこっちを見られていて少し考えてからまた俺は頷いた。
メッセージアプリのIDを交換すると名字がスタンプを送ってきた。猫のスタンプで『ありがと』と書かれていた。『どういたしまして』のスタンプを送ると名字が笑った。
名字がスカートのポケットに携帯電話をしまった。
「ねぇ、藤原くん。どれが一番美味しかった?」
しばらく貰った色んなお菓子を思い出してみたけど、これだと思った。
「…チョコレートみたいなやつ。胡桃入ってて最初にくれたやつ」
「…ブラウニーだ」
「それ。うまかった」
「そっか」
嬉しそうに名字がひとりで微笑む。
「製菓の学校頑張るからね!話聞いてくれてありがと!あと連絡先も!」
「ああ」
「またね、藤原くん」
手を振って名字が屋上の扉のドアへ駆けていった。

たぶん名字が初めて俺にブラウニーをくれた時から、ただのクラスメイトより少しだけ仲の良いクラスメイトになっていたと思う。お菓子をくれる度にちょっと嬉しいが俺の中で積もっていった。
いつからか名字に『どうぞ』と渡されるのが当たり前になっていた。そのことすらも嬉しい一部だった。

名字にとっての将来の夢のためのお菓子作りは、これからも日常に溶け込んで。
運転することが日常の俺と同じなんだろうなとぼんやりと思った。

目指すゴールも方向も違うけれど、名字に対してなんとなく仲間意識みたいなものを俺は確かに感じていた。






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