4月某日。

春の麗らかな日差しとともに舞い込むでくるものは優しいものばかりではない。
多くの人間にとって変わり目となるこの季節は、ある人にとっては波乱の幕開けでもあるかもしれないし、またある人にとっては穏やかな日々のつながりかもしれない。そして私にとっての今この瞬間は切望していた時でもあり、訪れが恐ろしい時でもあった。

「黒子くん」

無意識に口から零れた言葉は彼の耳には届くことはなく空気に溶け込んだ。
だが、あの日から1度も忘れたことのないあの後ろ姿は正しく彼であると確信した瞬間、私の足は走り出していた。

人間関係はまるで硝子のようだ。
一見するとキラキラと輝いていて素敵なものに見えるのに、それはとても繊細で小さな衝突で簡単にヒビが入ってしまう。それなのに1度ヒビが入ってしまうと2度と元通りに戻ることはなく、修復を怠ればそのヒビは少しずつ大きくなりやがては粉々に壊れてしまう。
じゃあその衝突がとっても大きなものだったらどうなってしまうのか。
答えは簡単、一瞬で粉々に壊れてしまう。
その関係を作り上げるまでに何年、何十年という歳月を重ねるのにも関わらず、崩壊は一瞬で、何気ないことでも壊れてしまうのだ。
その崩壊が私と彼の間に起きたのは去年の夏のこと。もうあの日からは一年近くの月日が流れているのに、私は修復を怠り現在に至ってる。
本当はあの日彼の背中を追いかけるべきだった。追いかけて、話し合って修復するべきだったのだ。
だけどあの日の私には、彼から突き放されたてのひらに残る微かな彼の手の冷たさとじんわりと伝わる痛みを感じながら、ただ彼の辛そうな背中を見つめる事しか出来なかった。

それからの日々は後悔の連続だった。アドレス帳に残る彼との連絡の履歴を遡る度に私の胸は締め付けられ、何度も彼の電話番号へとコールしようとしては指が震えて通話ボタンを押せなかった。
終いには、私は彼との関係の修復を諦めかけていた。大切な親友の彼のことを忘れようとしていたのだ。自分の弱さを隠して、これ以上辛くならないように。
だが、いまこの瞬間は、きっと、神様がくれたもう一度彼との関係を修復するチャンスなのだ。それならば、私は彼の背中を追いかける以外の選択肢はない。
1度逃げた私にそんなこと伝える資格はないのかもしれない。でも、やっぱり、私は彼のことが大切なのだ。だからどんなに辛くても、もう1度罵られようとも、私はもう2度と逃げたりなんかしない。
それに、最近気づいたことがある。
硝子は粉々に壊れてしまっても、もう一度溶かして新しい綺麗な姿に作り直せるんだ。
だから私達もきっともう一度やり直せる。
あの日壊れてしまったココロの破片を一つ一つ丁寧に拾い集めてもう一度作り直そう。また、何度ヒビ割れて壊れたっていい。壊れる度に作り直して、私たちはまた、お互いを分かり合うのだから。
そして、それを幾度となく繰り返していくうちに、私たちの関係は誰にも負けることないほどのキラキラと輝くものになるはずなのだから。

だから、

仲直りしよう。

「黒子くん!」

人混みをスルスルとスムーズに進む彼を必死で追いかけて叫ぶ私の声は多くの人の声で、足音で、風でかき消される。
だけど、私の足は止まることはなく絶えず私は彼の名を呼び続ける。

「まっ、待って、黒子くん!」

彼の足が止まり、彼の瞳が私を捉えようとした時、私は彼の手を掴んだ。
あの頃と同じように、いいえ、きっとそれ以上に努力し続けてきただろう彼の手を、心を、もう2度と苦しめさせないように必死で繋ぎ止めた。

「咲良、さん」
「ずっと、後悔してたの、あの時もこうやって手を掴めばよかったんじゃないかって」
「っ、咲良さんは悪くないです。僕が、僕が貴方を…」
「違うよ、黒子くん。私がそうしたかったの、そうしたかっただけなんだよ」

彼の瞳が揺らぐ。
私はそんな彼の目を見て微笑む。
そして、ずっと伝えたかった言葉を口にする。

「黒子くん、良かったら私と仲直りしてくれませんか?」
「っはい!もちろんです、咲良さん」

ありがとう、弱虫な私。
ずっと私の心を守ってくれて。
だけど、バイバイ弱虫な私。
弱いままでいたくないから、苦しくても辛くても前に向かって歩き続けるよ。



弱虫はさようなら
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