昼食時、賑わう声が響き渡る廊下をすり抜けてあの人たちが集まるあの場所に向かう。
歩を進めるごとに賑わう声は遠のき、目的の場所に辿り着く頃にはドア越しに微かに聞こえるあの人たちの声だけになっていた。
遮っていたドアを取り除いても私の存在に気づいてないことに少しの悪戯心が芽生えて、兄と犬猿の仲である主将さんに私たち兄妹お決まりの挨拶を耳ともと呟く。

「このー木 なんの木 気になる木ー」
「うわ!?木吉!?え、木吉!?」
「「「咲良ちゃん!!?」」」
「はい、木吉咲良です」

驚きを隠せない皆さんに自己紹介を済ませ、私が座れるように隙間をあけてその場所を微笑みながら優しく指示してくれた水戸部さんにお礼を言いながら座らせてもらう。小金井さんの水戸部はなんでそんなに落ち着いてるの!という嘆きの声は水戸部さんと一緒に聞こえないフリをした。

「っんん!咲良ちゃんがなんで誠凛に?」
「誠凛に入学したからですね」

リコさんの質問に簡潔に答えると我が兄の同級生兼部活メンバーの皆さんの驚きの声が再び屋上にこだまする。
こんなに驚いてもらえると驚かした甲斐があるななんてのんきに思っていると、リコさんに頬を抓られ鉄平もなんで黙ってるのよ!と怒られる。はは、それは兄さんに言ってください。

「俺はてっきり咲良ちゃんはもっと強豪校に行くもんだと思ってたよ」
「色々ありまして。あ、リコさんこれよろしくお願いします」

伊月さんに宥められながらもまだ怒りを露わにしているリコさんにある紙を差し出す。

「え、これって入部届け!しかも、仮じゃなくて本のほう!どうやって!?」
「武田先生にお願いしたらくれました」
「武ちゃん!?いや、それだけじゃなくてコレ、まじにしていいの?」

日向さんのいうコレとは本入部届けのことだろうか、それとも志望動機の欄に記入した一文のことだろうか。
___どちらにせよ私の答えは決まっている。
私は大股で柵に向かい、できる限りの大声で叫ぶ。

「1年!木吉咲良!絶対に皆さんと日本一のバスケ部になってみせます!!」

兄さん達とは違って、他の生徒の誰にも聞こえていないかもしれない。
それでもいいのだ、私の気持ちはこうやって叫べば皆さんには伝わるはずなのだから。

「これで伝わったでしょうか?」
「...後から、後悔したって遅いんだからね!」

少し目尻に涙を浮かべるリコさんに抱きつかれ、日向さんに髪の毛を揉みくちゃにされる。

「これからよろしくお願いしますね、先輩方!」


///


「シャツを脱げ!!」
「「「え”え”え”〜〜〜!!」」」

体育館に響き渡るのは驚きと困惑の声。
ワックスが塗られたばかりの綺麗な体育館に真新しいシューズで踏み入れるとなんだか感慨深い気持ちになる。
準備を終え、ドリンクなどを抱えながら体育館に訪れた私に気がつくと日向先輩達が各々に労りの声をかけてくれる。

「カントク生き生きとしてますね」
「まあ、端から見れば異様な光景だけどね」
「...確かに」

土田先輩と共に苦笑いを浮かべると今度はリコさんの悲鳴が体育館に響いた。
何事かと思えば、突然目の前に現れた黒子くんに驚いたことが原因のようで改めて黒子くんの身体数値を見たリコさんはなんだか腑に落ちないという表情をしていたが、日向先輩の言葉で練習が開始された。
初めての練習は改めて覚えることは多いものの、兄さんの練習を幾度となく見てきたこともあって問題なく終えることできた。
困ったことと言えば、先輩達と普通に話しているからか男の先輩として同級生達に接され、それを逐一訂正しなければならなかったことと、

「咲良さんがここまで薄情な人だとは思いませんでした」

現在進行形でプリプリと怒りを露わにしている黒子くんのご機嫌取りをしなければいけないことくらいだ。

「許して黒子くん!純粋に伝える時間がなかっただけなんだ」

私達は練習を終えた後、近くのマジバに向かっていた。
その道中、どうやら私がバスケ部のマネージャーをしていたことに心底驚いたらしい黒子くんは、どうしてマネージャーをする全く言ってくれなかったのだとご立腹していて、私が奢ったバニラシェイクを口にするまでは終始プリプリとしていた。バニラシェイクで機嫌を直してくれるなんて可愛いななんて思ったことは心のうちに隠したまま、私もチョコシェイクを啜った。
そうして席に着いた私たちは、改めてこれまでのこと、そしてこれからしたいことを互いに語り明かした。

「なるほど、帝光でそんなことがあったんだ」
「はい。でも僕はもう一度誠凛で頑張るって決めたんです」
「そっか、それなら私も応援するよ」

心に広がる苦味を口に広がるチョコシェイクの甘さで緩和しながら、私は黒子くんに小指を差し出す。
キョトンとした表情を見せる彼に指切りしようと告げると私の行動に納得したようで同じように私の小指に自身の小指を添えた。

「これからは何かあったらすぐ相談すること!嘘ついたら今度はガチで怒る!指切った!!」
「...随分と強引に指切りをされてしまいました」
「これはもうやったもん勝ちじゃん?」

なんですかそれと納得いかないようなそれでも嬉しそうな表情で笑う彼に安心してもう一度チョコシェイクを啜る。

「それにしても本当にバスケ部のマネージャーをしてくれるんですか?」
「もちろん。皆の活躍を一番近くところで見守るよ」
「...本当にもう弓道は、」
「出来ないよ。日常生活するのでこの肩は精一杯みたいなんだ」

事故に遭ってから昔みたいに動かせなくなった肩を撫でてから顔を上げると悲しそうな黒子くんの瞳が見えた。
___ああ、やっぱりキミは変わってない。
優しくて、人を思いやれる素敵な人だ。

「そんな顔しないで!リハビリの甲斐が有って日常生活はそんなに困ってないんだから!」
「でも、そんな辛いことがあった時に僕は貴方に…」
「それはもう終わったこと!気にしない!」

ぐいっと柔らかい黒子くんの頬を抓りながら次そんなこと言ったら今度はもっと痛く抓るからねと脅すように言うとすでに痛いですという抗議の声が唱えられる。

「でもカントク達には内緒ね?あんまり心配かけたくないから」
「咲良さんがそう言うなら...」

私たちは笑い合って再び小指を合わせる。今度は強引にではなく互いの意思で。
交わす約束はただひとつ。

「「一緒に日本一になろう/なりましょう」」




交わる小指と未来の約束
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