年下はダメですか
「ボス!」

青年になりかけのまだほんのり可愛らしさが残る呼び声に気づき振り返ると彼の代名詞と言えるような笑顔を向けられる。

「随分と今日はめかしこんでるのぉー。どこか行くのか?」
「今日は同級生の結婚式なの。夜には戻るけど何かあったら賢くんに伝えてもらえるかな?」
「了解じゃ!それにしてもいつにも増して綺麗じゃのぉー」
「ホントに?アイドルに褒められると嬉しいな」

結婚式ともあって普段のスーツとは違い今日は可愛らしいドレスを身にまとっている。普段のスーツ姿からのギャップでそう見えるだけかもしれないが容姿端麗なアイドル達に褒められると嬉しくなる。
調子に乗ってドレスの裾を広げるようにクルリと一回転すると大吾の感嘆の声と共にパチパチと拍手が送られた。そこまでされるとまるで自分がアイドルになったような気分になる。

「あ、そう言えば!F-LAGSにウェディング系のCM貰ったから大吾のカッコイイ姿もみれるね」
「それは嬉しいのぉー!どんなCMなんじゃ?」
「えっとね、たしか資料が机に」

結婚式というワードで昨日もらってきたばかりのF-LAGSの仕事を思い出した。
机の引き出しを開けてF-LAGS専用のファイルを見つけ出す。こういう時にすぐに見つけれようにこの前賢くんにも協力してもらって机の整理をしておいて正解だった。
資料によるとクライアントからの要望は若い子たちの結婚に対するいいイメージをつけれるようなCMとの事だ。そして制作陣としては可愛らしいけど、どこかそこにカッコ良さもあってときめけるようなCMを作りたいとのことなので打ち合わせでタキシード姿なども撮影予定であると知らされていた。

「タキシードか!これは頑張らないといけんのぉ!」
「そうだね。でも大吾は羽織袴も似合いそうだよね」

あくまで個人的なイメージだが大吾は洋装の結婚式より和装の結婚式の方が似合いそうだ。きっとそれはF-LAGSのみんなとプロデューサーである私だけが知っている彼の秘密のイメージの影響もあるのだろう。

「ちなみにボスはドレスと白無垢どっちが着たいんじゃ?」
「え、私?やっぱりドレスかな〜?でも白無垢もいいよね」

私も子供の頃は結婚というものに憧れた。
今は仕事が恋人と言っても過言じゃないほどだが、夢見る年頃の女の子の時代もあったので将来はキラキラで可愛いウェディングドレスを着てどんな人のお嫁さんになるんだと想像したものだ。
だかしかし、それも今となっては夢のまた夢。このままだと独身貴族まっしぐらだ。
でも今はアイドル達の大事な時期でもあるし、恋愛にうつつを抜かしている余裕なんてない。だからこれがベストな形なのだと勝手に自己満足している。

「どっちか着る予定はあるのか?」
「ないない。恋人なんてもう何年もいないよ」

まさかアイドルに自分の恋愛事情を暴露することになるとは思わなかった。うちの事務所のアイドルには若い子も多いため、その様なデリケートな話はあまりしたくなかった。それに大人組は掘り出したらやばいものが聞けそうだからと個人的な偏見で敬遠していた。
そもそも私は女子同士でする恋バナというものも苦手なのだ。肝心の自分の恋愛経験が高校の時にできた彼氏の話くらいしかない上にその彼氏は文化祭特有の空気でできたもので一週間で「なんか違う」と言われて振られた。好きだったわけでもなく特に思い入れもなかったがなんか違うとは何だと友達にやけ食いと愚痴に付き合ってもらったのだけは覚えている。つまるところ恋愛関係の話のネタがないのだ。
恋バナは主に聞く専で生きてきたこの枯れた女にそんなことを聞いちゃうのかと泣きたくなったがいつになく大吾が真面目な瞳で私を見ていることに気づくとそんな感情は波のようにすぐに引いてしまう。

「じゃあわしがどっちも着せちゃる。だからボスはそのままわしが18歳になるまで待っててくれるの嬉しいのぉ」
「大吾?」

するり、と書類を持っていない左手を大吾の手に掴まれ薬指をなぞられる。
まだ自分より若く学生の大吾の自分の手よりも大きな手の熱が、頬の赤みが自分に伝染するのを感じる。

「わしはなまえさんのことが好きじゃ」
「えっ」
「それじゃあ結婚式、気をつけていくんじゃぞ!転んで別嬪さんが傷ついたら大変じゃけぇ!」
「ちょっ、大吾!?」

大吾が走り去ってしまってからのことはよく覚えてない。
置いてけぼりにされた私がどうやって式場に行ったのかも、どんな式の内容だったのかも。どんな二次会だったのかも、事務所に帰ってくるまでのことも全てだ。
ただ同級生で行う予定だった出し物の時に友人達に、

「あんたずっとが赤いけど熱でもあるんじゃない?」
「仕事忙しいんでしょ?倒れないように出し物は休んでなよ」

なんて窘められてずっと座らせられてたことは覚えている。それほど私はずっと人様に醜態を晒してきたということだ。

まだ顔の熱が引かない。
パソコンを前にしてプロデューサーとして仕事を手につけても思い浮かぶのは顔を赤く染めた大吾からの言葉ばかり。
子供だと思ってた。恋愛の対象になんて入ってないと思ってた。
それなのに彼を一人の男の人として意識し始めた自分がいることを知ってしまった。

ああ、どうしよう。英雄さんにしょっぴかれる案件かもしれない。
そんな全く事態の解決にならないことを考え、仕事がこれっぽっちも進まないまま夜は更けていった。




おまけ
「あれ?大吾くん顔赤いけど大丈夫?」
「風邪か?」
「大丈夫じゃけぇ!ちょっと男を見せてきただけだからのぉ!」
「「どういうこと(だ)?」」
「とりあえず意識をしてもらう所から始めるけぇ!」
「「だからなんの話(かな/だ)?」」
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