ホントのキミがいればいい

生まれた頃から一緒の幼馴染のベットに寝転びながら私は言う。

「ねね、真。猫かぶってみてよ」
「...頭沸いてんのか」

私の親愛なる幼馴染様は外面だけなら完璧な優等生だ。いや、訂正しよう。優等生なのは外面だけじゃない。
例えば、IQ160と言われているあの瀬戸くんが一目置いているほど成績は優秀だし、教師に近所のおばちゃんそして私の両親含む全ての大人達からの評価はピカイチだ。そしてバスケ部の主将と監督も兼任しているから文武両道と言っても過言ではない。その上、本性を知らない相手に対しては誰に対しても優しい。
その例を挙げればキリがないほどで。つまるところ、幼馴染様は絵に描いたようないい子ちゃんなのだ。

だけどそれはあくまで他人の目を欺くための猫かぶり。
この男は本性を知っている者に対してはとことんひどい男なのだ。幼馴染の私を顎で使うし、バカをすれば足蹴りもしてくる。酷い時は教科書の角で殴ってくる。手加減知らずのその殴りはめっちゃ痛い。暴力反対だ。
だが私なんかへの雑な対応はまだ可愛いもので部活のメンバーに対しては鬼だ。それ以上にもっと酷いのはバスケの試合のお相手さん。試合中の真は人の面をかぶった悪魔と言ってもいいと思う。
相手選手へのラフプレーはお手の物。しかもそれを審判のわからないところでやり遂げる。そしてそれをレギュラー全員で行っているのもまた恐ろしい。これを悪魔と呼ばずになんて呼ぼうか。
この間の試合の相手の誠凛の選手にはより一層酷かった。バスケに関しては何も関わり合いがないのに私が代わりに菓子折り持って土下座して謝りに行きたくなるほど酷かった。正しく外道。まあ、結局は負けてたけど。正義が勝つとはこの事なのだろうか。

だがその猫かぶりが私に対して行われたことはない。この共に生きてきた17年間一度もだ。己の母親の前ですら行う猫かぶりを私は一度も体験したことがないのだ。
そうなったら一度は体験してみたいなと思っても何も不思議なことは無いだろう。
それに一度も体験したことの無いおかげで一緒にいるときに他の人に猫かぶりをしている姿を見ていると普段の真とのギャップが酷すぎて鳥肌がたってくる。同時に笑いもこみ上げてくるので、必死に笑いを耐えるが結局後からデコピンという名の鉄槌が下る。それならば普段からその猫かぶりで私にも対応してくれればいいのにと何度愚痴を零したかわからない。常に猫をかぶっててくれればいつかは適応できるのに真は頑に拒み絶対にそうしないのだ。

「なんでお前の前で態々猫かぶんなきゃいけないんだよ。疲れんだろ」
「純粋に興味が湧きました。減るもんじゃないし別にいいじゃん」

はーやーくーコールをし続けると清々しいほど綺麗な舌打ちが聞こえてくる。真は意外と私が頑固なことを知っているのでこのような時の諦めは早いのだ。勝った。完全勝利だ。
寝転がった体制から正座に切り替えてその時を心待ちにする。なんせ初体験だ、ちょっとだけ心が踊る。

「...名前さん。お茶でも持ってこようか?」
「...ぶは!」
「...てんめぇ」
「痛い痛い痛い!!笑ってごめんなさい!」

つい笑いを耐えれなくて零してしまうと真に顔面を掴まれる。
女子の幼馴染にする所業とは思えない。私はボールじゃないぞ!
第一、真は沸点が低すぎるのだ。もしかしたら成長期で骨にばかり栄養がいってしまい脳にカルシウムが足りないのかもしれない。今度煮干しを差し入れてやろう。
あ、でもひん曲がった性格はカルシウムでは治らないから意味はないのか?

「でも、なんで私には猫かぶりしないの?コロコロ変えて逆に疲れない?」
「...いやなんだよ。お前に対して猫かぶりすんのが」
「えっ?」

舌打ちが聞こえたかと思うと手首を引っ張られて真の顔が近くなる。そして突然のことで目をつぶることも逃げることも出来ない私の唇に真の唇が重なった。
小さなリップ音と共に満足気な真の顔が視界に広がるがあいにく私はそれどころではない。

「バァカ。名前は本当の俺だけ知ってればいいんだよ」
「えっ、あっ、う、うん?」

触れた唇が火傷しそうなくらい熱くて、熟したトマトのごとく真っ赤に顔を染めているであろう私は現状についていけず置いてけぼりにされたままだ。

「じゃあそういうことで。あとお前、心の準備ができてないならいい加減に人ベットに寝転がるのやめろよ」
「...うっす?...了解しやした?」

パニックになっている私を放置して、真は本当にお茶を取りにってしまう。
...え?つまりどういうことですか?真さん、詳しい説明を求めます。

扉が閉まる音と同時に先程真に言わてたことをガン無視で私は再び真の枕に顔を埋めた。いつもは安心する真の香りが今は鼓動を早くさせる原因になってソワソワして落ち着かない。なんだか猫かぶりとはまた違った真の一面を新たに知ってしまった気がする。
そしてふと自分の首を自分で絞めたことに気がつく。この赤い顔の戻し方を知らない上に戻ってきた真にどんな顔を見せればいいか分からない。こんなの17年間生きてきて初めての経験だ。

「てかさっきの私のファーストキスじゃん」

乙女の大切なファーストキスを意味もわからずに奪うなんて。本当に私の幼馴染様は悪魔のようだ。
今、私に出来るのは真の枕に顔を埋めて怒りやら恥ずかしやら全てを込めて足をばたつかせることくらいだった。



あとがき
みくり様リクエストありがとうございます!初花宮さん夢楽しんで頂けましたでしょうか。ご不満な点があればすぐに書き直しますので御遠慮なく仰ってください!
この度はリクエストありがとうございました。