やっぱり花より、

春の匂いがする。空を見上げ綺麗な空色の中に鮮やかな桃色が散りばめられている様子に目を奪われて長らく足を止めているものだから兄に柔らかな声で呼び掛けられる。何かあったのかと兄さんは笑う。私は素直に楽しみなだけと伝えると優しい顔で俺もだと言い返されるので二人で一緒に微笑み合った。
こんなストバス日和の日に麗らかな一日を仲間たちと穏やかに楽しめるのはある意味リコさんのおかげだ。
事の次第は先週の金曜日。ミーティングの最後に翌週の休日が体育館整備のために部活を行えないことを知らされたバスケ部の皆が各々にその日の過ごし方を話していた時のことだ。

「女子高生を!女子高生を満喫したいんじゃあ〜!!」
「カントク!?」
「落ち着いて!どうどう!」
「バスケ以外にすることがないのかおのれらは〜!!」

リコさんが突然発狂した。しかしリコさんが荒れ狂う理由は実にシンプルで、休日をバスケ以外に使ってみたいとのことなのだ。
態々思い返さなくとも私達の休日と言えば一にバスケ、二にバスケ、三にバスケに、四に勉強会で五にまたバスケ。バスケに全ての青春をかけてると言っても過言ではないほどバスケ尽くしの毎日だ。たまに部活が休みでも生き生きとストバスに向かうか勝手に学校に来て自主練を始めるバスケ馬鹿しかいないこの部で、カントクを務めるリコさんがバスケ以外に使える時間はあまり多くない。その上、男達の口から出るのはバスケバスケバスケそれに限る。このままではバスケのゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
たしかに私達にとってバスケはとても大切なもの。けれども私達は花の高校生。高校生というたった三年しかない花の寿命を部活だけというのはあまり色気がない。ましてや女子高生はこの三年でやりたいことは沢山あるものなのだ。

「ええっと、それじゃあ来週は皆さんも一緒にお花見しませんか?」
「俺と名前はその予定なんだ!」

リコさんを宥めながら私はあるひとつの提案をする。というのが私と兄さんで毎年こじんまり開催していたお花見へのお誘いだ。
丁度来週には満開の予報だったので既に来週体育館を使用できないことを知っていた私は兄さんと来週にでも花見に行こうと話し合っていたところだったのだ。私の提案を聞いていた皆さんが口々に楽しそう、お花見したいなどと賛同してくれたおかげで段々にリコさんの顔が般若顔からちょっと不機嫌なリコさんに戻り始める。ダメ押しで嫌ですかと聞くと、新しい一年生達も部に馴染んできた所なので新歓ついでに丁度いいだろうとリコさんも受け入れてくれたおかげでなんとかご乱心を治めることが出来た。

そうしてやってきたお花見当日の本日は晴天でお花見日和の素敵な日だ。
会場である公園はお花見スポットで有名なのであたりは人と桜で埋め尽くされている。そのせいで中々自分たちの陣地を見つけることが出来ない。兄妹お揃いの高い身長を活かして一緒に辺りを見渡して探していると聞きなれた声の迎えが訪れる。

「いたいた!木吉兄妹」
「お疲れ様。荷物代わりに持つよ」
「お迎えありがとうございます。日向先輩、伊月先輩」

先輩に持たせるのは気が引けたがせっかくのご好意なので甘えるが、二つ持っていた袋のうち少しだけ軽い方を伊月先輩に渡した。男が多いバスケ部では飲み物だけでもかなりの量になってしまうため正直なところ少しだけ重かったので申し出は有難かった。
だが兄さんから受け取った買い物袋の中を覗いた日向先輩の顔つきが次第に悪くなる。

「おい、木吉。...何故!こんなに飴を大量に買って来た!?」
「ああ!美味いぞ!」
「美味いからって花見に10袋の黒飴はいらねーだろうが!?名前ちゃんが着いていながら何故!?」
「すいません...。目を離した隙に勝手に会計を済ませてて」

何があったんだと訴えかけてくる日向先輩からの瞳から目線を逸らす。逸らした先で伊月先輩と目が合ってしまったが気にしない。
........本当に一瞬だったのだ。
目を離したほん一瞬の隙をつかれた。それをしたら私や日向先輩に怒られると分かっているはずなのにこの兄は気づくと既に大量の黒飴を買い込んでいたのだ。買ってしまったものは仕方がないためそのまま持ってきたがさすがにこの飴を経費で落とすのは申し訳なかったので兄さんの自腹を切らせた。

「大丈夫!美味いぞ!」
「そういう問題じゃないって言ってるでしょ!?そもそもいつまで兄さんの黒飴マイブームは続くの!?それそろ1周年アニバーサリーだしいい加減飽きたよ!!?」
「...名前ちゃんも相変わらず苦労してるね」

先輩達から哀れみの言葉をかけながられながら陣地に向かうと再び労り声が耳に届く。大きく美しい桜の木の下で場所取りをしていたフリとテツヤが朗らかに笑って手を振っているその横で1年生達は畏まって立っていた。緊張が相見えるその表情を緩ませるにはもう少し時間が必要だということだろう。
持っていた荷物をフリが受け取ってくれたおかげでようやく重い荷物から解放された。だが重い荷物よりもフリは私のある荷物の方が気になるようだ。

「あれ、そのボストンは?シートとか足りなかったけ?」
「これは万が一時の保険だよ」
「保険?」
「さあ、リコさん達が来る前にできる準備をしちゃおうか」

誤魔化した私の物言いに全くわからないと表情をみせるフリの背中を叩いて準備を促させる。
こういう大人数で集まる時はは『この紙コップ誰のだ事件』だの『そのお菓子食べたいけど届かなーい要望』等々、人数が多ければ多いほど問題も起こりやすいから予めの予防策が必要なのだ。まだまだやるべき事は山積みだ。

「このお菓子、俺が好きなやつだ」
「これは俺が好きなやつ!」
「皆の好きなものを全般に買ってきましたからちゃんと食べてくださいね」
「さすが...!情報の鬼!」

私とテツヤが紙コップに一人ひとりの名前を書いてるとお菓子振り分け班が騒がしくなる。今回はせっかくのお花見なので私の情報を元にして皆の好きなものをメインに購入してきた。喜んで貰えるのはありがたいが隣でもしかしてマジバのバニラシェイクもあるんですかなんていう期待の眼差しで見るのはやめて頂きたい。流石にテツヤのためだけにマジバに行ってバニラシェイクを買うのは無理だったよ。ごめんね。

「お弁当部隊の到着よ!」
「期待してくれていいよ!何故ならカントクに食材を触らせなかったからね!」
「ちょっと、小金井くん!それどういうことよ!?」
「いや、でもマジで目を離すとすぐにプロテイン入れようとしてたっすよ。...です」

準備ももう終わりかけといった時に賑やかな声と美味しそうな香りが訪れる。もうおわかりかとは思うが今回のお花見にあたりそれぞれに役割分担がふられた。
お菓子や飲み物とその他の備品の買い出しチームが私達、木吉兄妹。お花見の場所取りがフリとテツヤ、1年生それと2号。お弁当チームが水戸部先輩、小金井先輩、土田先輩に火神にリコさん。そして謎の一発芸チームが日向先輩、伊月先輩、福田河原コンビだ。
リコさんのせっかくのお花見なんだから誰かが盛り上げなきゃね(ほしマーク)という一言でできたチームだが誰もやりたくなかったのでくじ引きで決まったメンバーだ。メンバーに一抹の不安を覚えなくもなかったが誰が担当になっても不安なものは不安なので気にしていられない。

「それでは改めて、かんぱーい!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」

準備が終わったところで、各々の好きな飲み物を持って日向先輩の合図で乾杯を交わす。それからは正しくどんちゃん騒ぎだった。水戸部先輩達作のお弁当を舌鼓したり、お菓子を食べたり。楽しくなった小金井先輩が歌って踊りだしたかと思えば、兄さんがいつの間にか近くでお花見をしているおじいちゃんおばあちゃんたちの中に混ざって談笑して、そのおじいちゃんたちと花札大会が開始されてしまったり。一緒に来ていた2号もはしゃいでしまったのか、これまた運悪く遊び相手に選ばれた火神が2号と全力の追いかけっこを始めたりと賑やかで楽しい時間が続いた。
そんな時間が続き、兄さんがトイレに行くといい席を立った頃だ。そろそろ一発芸の時間じゃないと誰かが言った。
その声にいち早く反応を示したのは、

「じゃあまずは俺のダジャレ100連発から」
「つまらん!次!」
「手厳し!何も言ってないんだけど!?」

案の定伊月先輩だったが素早くリコさんに却下される。先輩が一発芸のチームに振り分けられた瞬間から日常生活でも散々なほどソレを聞かされ続けているバスケ部は先輩がすることは分かりきっていたのだ。だがリコさんは普段から聞いてるんだから態々お花見で聞く意味なし!と伊月先輩の一発芸を一刀両断する。流石の伊月先輩もレジャーシートの隅っこでのの字を書いていじけていた。

「じゃあ二年コンビは」
「俺たちは!」
「コントの練習をしてきました!」
「あーうん。じゃあ頑張って」

明らかにそんなに期待はしてませんよという表情をみせるリコさん。だがそれに気づかずに意気揚々とコントを始める福田と河原。内容は...まあなんというか...至って普通。物凄く面白いかと言われればそうでも無いし、物凄くつまらないかと言う訳でもない。しかし、私は1週間の彼らの努力の方に大きな拍手を捧げてあげたい。

「...うん。良かったと思うよ!」
「水戸部も面白かったって言ってるよ!」
「普通が1番コメントしにくいんじゃー!」
「カントク!しっ!!」

カントクのご乱心を土田先輩と一緒に抑えながら二人に拍手を送る。だが皆の反応がイマイチだと気づいてしまったのだろう、伊月先輩と一緒にレジャーシートの隅っこでいじけ始めた。

「それなら最後に俺のコレクションを使った関ヶ原の戦いの説明を」
「なんの時間だ!授業か!」
「あー!!石田三成ー!!!」

日向先輩が最後に得意げに話を始めようとした瞬間、石田三成(フィギュア)を山折りにしたかと思うと豪快に太陽に向けて投げ飛ばしてしまう。実に良いフォームだった。
そしてレジャーシートの隅っこでいじいじ隊に一名追加だ。

「お前らやる気あるんかー!」
「ありすぎるくらいあるよ!」
「が、頑張りました!」
「1週間ネタを練りに練りました...!」
「三成...無念...」
「リコさん、どうどう」

ご乱心状態のリコさんに果物のタッパーを持って近づき、再び話すために口を開けた瞬間にリコさんの口の中に爪楊枝に刺した一口大に切られているパイナップルを入れる。

「甘くて美味しくありませんか?」
「...美味しいわ」

もう一個どうですか?今度はミカンが食べたい。などと会話をしてデザートを食べているうちにリコさんの怒りが段々と静まってくるのが分かる。

「こうして皆でゆっくりご飯食べてお喋りしてるだけでも楽しくありませんか?」
「それも、そうね。ちょっと言いすぎたわ。...それに名前ちゃんの顔がいいからそれで良しとするわ」
「...ありがとうございます?」

リコさんのご乱心が収まったことで再び賑やかな時間が流れ始める。
私たちの過ごす時間の流れはあまりにあっという間すぎる。やりたこと、見たいもの、知りたいことは両手で抱えきれないほどにあるのにそれをする時間が足りない。
だからせめてこうして普段の日常の延長線である賑やかで楽しい、それでも穏やかで心落ち着けるこの時間を大切にしたいのだ。

「あの、木吉先輩が全然帰って来る気配がありません」
「うお!?なんだ黒子か。...って、はあ!?」
「どこ行った!?」
「あの天然は!!」

だがしかし、そんな穏やかな時間をぶち壊す存在が約一名。正真正銘私の兄だ。
確かにトイレに行ってくると席を離れたきりかれこれ20分ほど戻ってこない。迷子かまたどこかで道草をくっているのかのどちらかだろう。

「おーい!あっちにコートあったぞー」
「まじで!?」
「でもボールない!」

探しに行くかを皆で悩んでいるうちに帰ってきた兄は良いんだか悪いんだか分からないことを教えてくれる。でもこうなるだろうことを私は実は想像していた。

「そんなこともあるかと思いまして。じゃじゃーん」
「ボール!」
「さすが名前!」
「てか、結局バスケかよ!!」

兄さんがコートが見つけてこなくても結局は誰かがバスケしたいと言い始めていたはずだ。そのときは近くのコートを探しに行くか学校に行ってバスケをすることになってただろう。
そんな未来が簡単に予想できてしまった私はボストンバッグの中にボールを入れて持ってきておいた。
だって私達は花より団子ならぬ花よりバスケなのだから。

全員で片付けをしている途中、私は再び桜の木に見入っていた。
あと数週間もしたら花が散ってしまい葉だけになってしまうであろう桜の木。花を咲かせ、その花をゆっくりと散らし、葉になり寒い冬を超えてまた花を咲かす。それを幾度となく繰り返してきた桜の木は強く逞しく、そして美しかった。

「名前さん、来年もまた皆でお花見をしましょう」
「...うん、絶対にまた来ようね」

少しだけ感傷的な気持ちになっているいる私に黒子くんはいう。ああ、そうだよね。来年、来年がまたある。来年もまたこのメンバーで笑い合いたい。そしてその翌年も、ずっとずっと先も何年経ってもこの皆で笑い合い続けていたいのだ。この大切な時間を守り続けたい。
このメンバーで高校生活を満喫できる時間は着実に短くなっている。先輩達が卒業すれば学校で顔を合わせることもなくなるし、私たちだって卒業すればバラバラの進路を辿ることになる。
そうやってバラバラの道を進み始めて多くの年月が過ぎ去ってもたまに顔を合わせてバカをして笑ってみたり、たまには真面目な話をしてみたりして、いつまでも笑いあって支え合えるそんな関係で居続けたいのだ。

「おーい!名前も黒子も置いてくぞー!」
「はやくはやくー!」
「はーい!置いてかれちゃうから行こう、テツ!」
「はい、名前さん」

だけど、せめてその時が来るまではお別れの寂しさには気付かないふりをしてただただ笑いあっていよう。この大好きな皆と一緒に。


あとがき
高村ささみ様リクエストありがとうございます!誠凛でワイワイしてるお話だったのにちょっとしんみりした感じにしてしまってすいません!あと進級したあとの話なのに木吉兄がナチュラルに存在してますが謎時空ということで目をつぶっていただけると嬉しいです。
この度はリクエストありがとうございました。