「いっやーーー!!見事な禪院フェイス〜ー!ミトコンドリアこえ〜ー!」


その日はカラリと日の当たる穏やかな日だった。ふざけた女は、昼寝でもしようと木陰でウトウトしていた真希と真依の前に現れた。静寂を切るような声にたじろぐも、警戒は怠らない。


「なに、あんた。」


ギロリと睨む。その視線をどこ吹く風とでもいうように女は笑う。彼女は黒い制服を着ていた。まるで、喪服みたいな。


「なに、ちょっと許可が下りてね。禪院の次世代に会いに来ちゃったって訳。君たち名前は?」


女の黒い髪がわさわさ揺れる。上背があり、背骨は定規でもいれたようにぴっしり伸ばされていた。彼女からは女性らしい杏の匂いがする。祭りの屋台の杏飴みたいな偽物じゃなくて、本当のみずみずしい杏の匂い。

重心、ポーズ、そして、足運び。この禪院という呪術界の御三家で、ありとあらゆる人間を見てきた双子は分かる。この女は強い。


「まぁ。言いたくないならいいよ。にしてもマジで父親似だな君達。遺伝子全部禪院に持ってかれたのか?」


ぶつぶつ呟く彼女は真希と真依を見てもう一度笑う。口許にできるえくぼが特徴的だった。

しかし、彼女の纏う空気は相対するように暗い。野良猫が死に場所を探して、飼い主から離れるのに似た、独特の寂しさがある。彼女の狭い背中には大きな悲しみが乗っていた。

それでも笑顔はあくまで明るい。彼女は悲しみや寂しさを重荷として捨てれば良いのに、わざわざ抱えて持っているのだ。愛おしむという言葉が一番合うかもしれない。


「こっからでてくの?」
「よく分かったね。もともとここからは用事が済んだら出てくつもりだったんだけど、恋人に振られちゃってさ、せっかくだし傷心旅行として出るつもり。だから、そんな心配そうな目で見ないでよお嬢方」
「「別に」」


ふーんと足を揺らす。輝く光りに辺りは包まれているのに、彼女が悲しそうな顔をしているから話しづらい。困った、苦しい、そんな顔。ミスマッチな光景に何か話さなければという衝動に駆られた。


「一人で生きてくの?」
「……さぁ。放浪の根無し草ってやつになるのかな。けど人は一人では生きていけないからね。友人でもなんでも作るよ。」
「恋人新しく作らないの?」


彼女は驚いた顔をする。灰色の瞳がまあるくなって、きゅっと弧を描いた。優しげな目付きで二人の顔をみる。なんだかくすぐったい。


「恋人はわかんないけど、絶対家族は作らないよ。もう自慢の家族がいるから。」
「じゃあその家族に会いに行くの?」
「違う。むしろ置いていくよ。側にいても意味がない。ためにならない。それがいやというほど分かっちゃった。____あのジジイはこれを突きつけたくて縛りをしたんだなぁ。性根が悪いよホント。」
「置いていくって、それ本当に家族って言えるの?」
「どうだろね。悲しいけど私がいてもいなくても変わらないなら、私は家族が苦しむ時にたまに帰ってくるだけでいい。自己満足だろね。私エゴな人間だから。____そのせいであの人の助けにもなれなかったな。悪いところかな。」


女の背には黒いリュックサックがあった。両サイドのポケットの先に輪っかが通っていて、ステンレスのマグカップがついている。少し歪んでいるけれど、キラキラ光ってきれいだった。
音が鳴っているから、ついているマグカップは二つだ。大きいのと小さいの。
直感だけど、その恋人の物ではないか。とても大切そうに彼女は持っている。


「死ぬまで私は家族でいるつもり。でもあっちが違うって切り捨てるならそれはそれで良い。だから自己満足っていうのが一番あってるっしょ?」


大人だなと思った。彼女は自分の距離というか、人と自分の間の距離をよく知っているような気がした。


「…まきとまい」
「ん?」
「真希と真依だよ。」
「おねえちゃん」
「別にいいだろこいつだったら言っても。」


女はその言葉に、舌で転がすようにまき、まい、と言った。悪くない響きだった。彼女の舌に乗った名前は自分達が言うより何倍も素敵なものに思えた。


「真の希み、真の依るべね。良い名前だ。すごくすごくいい。」


ぽすっと頭に手が置かれる。節くれだった大きな手だ。普通急にこんなことをされたら嫌なのに、この女の場合は振りほどけない。なんとなくそう思い二人ともされるがままになる。


「こんなチャンスないから綺麗事をたくさん言って、がんばれ、幸せになって、とか言うつもりだったけど君達にはいらないか。うん、姉妹仲良くしなくて良いから、お互いがお互いの家族でいるようにね。私からのお願いだ。」


革靴が目の前を通っていく。
着物が風で揺れて、女の制服と一瞬交わった。影は刹那の間手を握った三人組のように写る。




「お互いもう二度と会わないことを願おう。死ぬなよ。」



ぱっと手を振って、彼女は屋敷から去っていった。






あれから何年か経った。

彼女のこと名前も知らないし、顔も覚えていないけれど、高専に入ってからもたまに彼女の杏の匂いを思い出した。それはすごく不思議な感じで、双子どちらも感じる瞬間が同じだった。

杏の匂いを思い出す時は、ああ、あいつも何処かで同じこと思ってるんだろうなぁと片割れのことを思い出す。二人を繋ぐ、小さな思い出は今も忘れていない。
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21gの月