三廻部はつなと夏油傑の交際は第三者からみてもとてもうまくいっていた。

むしろうますぎるくらい二人は淡々としていた。二人で合うとき、話すとき、出掛けるとき。凪いでいるように穏やかな時間だった。
泥まみれでグチャグチャになる情ではなく、二人がお互いの傷を暖める情。パートナー同士という言葉がなにより合う。


それを見ていた自分として、正直今でも疑問に思うが____果たして彼らが抱いていたのは恋だったのだろうか?恋にするには燃えてはおらず、恋とするには過激さがない。

彼らが恋だと言うのなら恋だったのだろう、と当時はそう納得して、収まっていた。


二人は大っぴらな愛の育みは避けていて、人の前で触れあうことはほとんど無かった。プラトニックな付き合いというやつだ。

しかし、だからといって一般的な『恋人』をしていないのではない。硝子がクズと称する男が、恋人の前だと何処か柔らかくなるのをからかった記憶がある。



そして、同時にその気持ちが分かると思っていた。

三廻部はつなという人間は自立している人だった。

高校生というお年頃だとそういう人間は否応なしに目につくもので、彼女はいわゆる憧れの対象だった。言葉で表すのが難しいが、彼女には子供の匂いがなかった。決して煙草や酒に溺れているわけではない、健全な大人だ。自分のことは自分でして、ちゃんと余裕があるスマートな女性。なんだか彼女と話していると背がピシッとする。そういうところが憧れだった。

____もしかすると、ストレートに感情をぶつけられる人だったからかもしれない。彼女は好きを躊躇わず好きと言える人だった。思春期やらなんやらで、好きを感情的にぶつけにくい自分達から、その素直さは大人びて見えた。

努力家なところも周りの人間から好意的にとられる一因だった。いつも笑顔で強く真面目、鼻につかない険の無い態度。聞けば聞くほど完璧超人に思えるが、彼女は少し抜けたところがあってよく他人に呆れられた。愛される変な人というやつだった。


そんな彼女と親友。

二人の交際は星が落ちるほど早く、唐突で、何気なく始まった。

休み時間に友の口からそれを聞いたとき、自分は口に何をいれていたか。飴?炭酸?少し辛かったからジンジャーエール?とにかく、ごちゃごちゃとした味だった。胸も急な情報に同じくらい整理がついていなかった。マジで?としか喉から音がでなかった。同級生の硝子なんて動揺を露にして火をつけたばかりの煙草を落としていた。

爆弾を落とした当人だけニコニコ笑っているものだから小突いていつも通りの応酬をする。このやろう!と帰ってくる声があまりにも幸せそうだったから、良かったなと簡単に声が出た。それは今でも自慢できる。京都校の歌姫の絶叫と号泣と比べれば幾分どころか格段に良い態度だった。

どちらから告白してどちらから好きになったのかは聞いていない。呪術界に置いて、恋愛はご法度ではないが、自分の心を掻き乱す『ナニカ』であることは変わらない。だから誰も、これからどうするとか、どうして好きになったとかは聞かなかったのだ。なけとなしに始まった二人の恋は何処か遠巻きに見られていた。

夏油傑は先輩との距離を一歩進ませ、先輩は夏油を境界線に入れる許可をした。二人はそうしてお互いが触れあう距離になった。恋人とかアベックじゃなくてそういう文が相応しい始まりだ。


五条は一度、偶然彼らが触れあっている所を見たことがある。任務の合間の春の午後だった。乱雑な先輩の髪を、楽しげに友人がといているのだ。今にも髪の束に傑が唇を落とすんじゃないかと思った。そんな茶化したじゃれ合いだったから。恋人同士だから。
____決して可笑しくはない。

五条自身、尊敬する先輩と親友をいっぺんに奪われた複雑な面持ちだ。

どっちも奪われてなんていないのに彼らの世界、恋の世界、というやつを目の当たりにするとそう思ってしまうのだ。自分達とは違う二人の境界線ができる。悪いことではない、むしろ良いこと。

傑ははつなさん、先輩はあの人、呼び方に感じる境界線。寮は共用スペース以外異性禁制なので、合うのは町で。たまに友人から香る杏の匂い。後輩に茶化される先輩のえーという焦った声。

そういうものが積もり積もって、五条の中に重なって、____ああ、二人は付き合っていると本当の意味で確信した。

そして、柄にもなく祝福した。

彼らが恋人でいられますように。映画を二人でみる時間が長く続きますように。それを見るのが好きだったから。とても楽しかったから。邪気無くそうあれかしと思っていた。





________そんな五条の思いを踏み潰すように、二人が付き合い始め数年経ち、共に町へ出掛けた、その数ヵ月後。夏油傑が呪術師から離反した。

その日先輩は泣かなかった。
漬けていた蜂蜜大根の器を盛大に割ってしまい、震える指先で片付けていた。
そっか、と呟いた彼女に、声を掛けられない自分がそこに立っていた。

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21gの月