少女の不満と冷たい珈琲

冬休みが終わったからと言って冬が終わるわけもなく、雪が降ったり止んだり繰り返し、人が立ち入らない場所には十数cmほど積もっている。
学生が学生らしく勉学に励む中、もうオンボロに見えないほど修復されたオンボロ寮の談話室に、ため息をつく一人の女子がいた。
彼女の手にはスマートフォンが握られており、画面をすすっとなぞりながら憂い顔でため息を吐いた。

「ミヤ、使い過ぎると僕が怒られるんだからね」
「怒られたって料金請求されるわけじゃないんだからいいでしょ」
「良くないよ、代わりに変な雑用頼まれるんだから!」
「それは…ごめん」

ソファに座り膝の上で寝てしまったグリムの背を撫でながら、ユウは小声でミヤを注意した。
ミヤはしぶしぶといった様子でスマホをユウに返すと、脱力してソファに背中を預けた。
ぐでっと溶けたチーズのようになったミヤを横目にユウはスマホのロックを外した。どうやらケイト先輩のマジカメを見ていたようだった。
自分の事は棚に上げて、なんとなく先輩の投稿を遡っていると自分がした覚えのない"いいね"のついた投稿を見つけた。

「そんなにハッピービーンズデーしたかったの?」

問い掛けに即答したミヤに、自分だけ学校行事に参加出来ない事に不満を持っているんだなとユウは理解した。
ハッピービーンズデーが終わり寮に戻った日、どんなイベントだったのかと根掘り葉掘り言わされたのを思い出した。
学内で行われたマジフトの学園対抗戦はミヤも観戦出来たので、少し欲求が落ち着いたようだったけれど、学内で行われる行事への参加はことごとく学園長に禁止されている。
学園生ではないミヤは仕方ない事と思っていたようだが、ケイトのアカウントに投稿された写真を見て気持ちが溢れてしまった。

「すごく、楽しそうだったな」

ミヤの羨望や諦念、期待などの気持ちが綯い交ぜになった湿気を帯びた言葉がため息とともに漏れた。
スマホをポケットにしまったユウは、ミヤの気が晴れるような事は無いだろうかと目を閉じて天井を仰いだ。
いい考えはすぐには思い浮かばない。だんだん眠くなってきて、気付いたらミヤも隣で眠っておりグリムだけが膝から居なくなっていた。

「エース、デュース、雪合戦しよう」
「いきなりなんだよ。つか、雪合戦てなに?」
「合戦…カチコミか?」
「そんな物騒な遊びじゃ無い!」

滅多に来ないモストロ・ラウンジでドリンク片手に談笑していた。
話の切れ目にユウが唐突に提案した『雪合戦』を二人は知らないという事実に、カルチャーショックを受けた。
ミヤの気晴らしになるような事は無いかと考えた日は何も思いつかなかったが、翌朝外に出ると真っ白に積もった雪が目に入った。
雪合戦ならストレス発散になりそうだと思ったユウは、二人を誘おうと思ったのだ。
二人にルール説明をして再び誘ったユウだったが、どうも二人はやる気になれないようだった。

「おもしろそーだけど、無理だわ」
「ああ、残念だけどな」
「なんか用事でもあるの?」

フラミンゴの世話の当番や来週末までに仕上げなければいけないレポートがあるとかで、放課後は忙しいようだった。
今日は、そのつまらない放課後を乗り切るためモストロで美味しいものをと考え至ったようだ。
当番は寮が違うから手伝えないし、レポートもユウが受けていない授業の物なので力になれそうになかった。
それなら仕方ないと諦めたユウだったが、モストロを出て鏡舎から外に出た時に聞いた二人の「うぅ〜さみ〜」「早く冬終わって欲しいな」という言葉に、もしかしてそれが理由じゃ無いだろうなと疑念が湧いた。

同時刻ごろ、ミヤはケイトと一緒に西校舎の廊下に座ってお菓子とドリンク片手に話をしていた。
二人の間には、すまし顔の美少女が描かれた額縁が飾ってある。
ミヤはケイトに誘われて、学校見学を理由に連れてこられた。用意しているお菓子をどこかで食べるんだろうとは思ったが、まさか廊下だとは思っていなかった。

「額縁から出られないなんて不自由過ぎる」
<あなたも、自由に動ける体があるだけに制限されて辛いでしょう>
「ロザリアちゃん、優しい」

ロザリアちゃんとは、西校舎の廊下に飾ってある絵画の少女の名前だ。
彼女は額縁から移動出来ないため、こうしてケイトさんのような生徒とお喋りして毎日を過ごしているらしい。
写真や絵が動く事に驚く事はなかったが、この場から動けないというのには驚いてしまった。
こんな狭い額縁から動けないなんて、さぞ辛い事だろうとミヤは思った。

<まあ、あなたの世界では絵画も移動できるのね>
「絵の中で探し物をしてくれたりもするの」
<楽しそうでいいわね>
「廊下にいると生徒の秘密の話を聞いちゃったりするんじゃない?」
<うふふ、そうね。それはもう人に言えない事を聞いた事もあるわ>
「こっそり教えて?」
<あら、簡単には教えられないわよ>

あはは、うふふと楽しそうに笑い合う女子の会話を隣で聞きながらケイトは買ってきたアイスコーヒーを吸い上げた。
女の子たちの可愛らしい甘さがアイスコーヒーの苦味で中和されていくのを感じる。
二人が会うことになったきっかけは、ケイトがロザリアちゃんとのお喋りでミヤの話をした事だ。この学園で女の子と話す事が無いため、話してみたいから連れてきて欲しいと頼まれたのだ。
彼女に恩を売っておいて損はないため、ケイトは校舎に興味を持っていたミヤを案内ついでに連れてきた。

「けーくんも仲間に入れてよ」
<あら、私達の会話ガールズトークに水を差すつもり?>
「ごめんねケイトさん。つまらなかったら私を置いて帰っていいので」
「もーしょうがないなあ」

二人は会話に入れるものなら入ってみろというスタンスで会話を続ける。そんな二人を見ていると自分の姉たちのようで、複雑な気持ちになった。
ミヤを置いて帰るのは心配だったので、二人が満足するまで付き合う事にしたケイトは、再びアイスコーヒーを吸う。
かわいい少女達は甘く可愛く砂糖菓子のようでいて、中に刺激的な毒を持っているのをケイトは知っている。
それでもやっぱり、甘く聞こえる会話を中和するようにブラックのアイスコーヒーを口にするのだった。